2.6
式見と出会ってから休みを挟んでちょうど一週間経った日。
しゃぶらせ事件については何も言われなくなったが、僕と式見が一緒にいるところは何人かに目撃されているようで、今度はそっちが一部のクラスメイトの話題に上がり始める。
かといって当の本人達へ直接的に聞くのは京本くらいで、他は外堀を埋めるように別の話題から――僕の場合は式見のことを――引き出そうとしてくる。
そんな中、この日も男子から式見に関するある件で話を振られた。
「おーい、蒼一! ちょっと来いよ」
「なに?」
「蒼一、これ見たことあるか?」
「式見がテレビ出てた頃の映像。結構昔のだけどアップされてて――」
そう言いながらクラスメイトの男子がスマホの画面をこちらに向けようとしたので、僕はそれを制止する。
「いい。僕は見ない」
「な、なんで?」
「式見の過去の貴重映像だぞ?」
「別に興味がないから」
僕がきっぱりと言うと、二人の男子は「ちぇー」とつまらなさそうな反応はしたけど、それ以上は追及してこなかった。
この短い期間でも式見のことはそこそこ知ったように思っていたが、そういえばテレビに出たことがある件をすっかり忘れていた。
でも、この一週間の話の中で式見がテレビ出演について口にしたことは一度もない。
確かに式見は見た目や雰囲気からただならぬものを感じさせるが、それが芸能人に通ずるものかと言われると、何か違うような気がする。
ネットで調べれば一発でわかるだろうけど、それこそ式見のパーソナル過ぎる情報なので、最初から見るつもりはなかった。
「あっ。このほうれん草のごま和え、初めてお弁当を分けてもらった時にも入ってたやつじゃない?」
「おお。よく覚えてるな。一週間に一回は入ってると思う」
「そうなんだ。じゃあ、今日はその玉子焼きとほうれん草と……」
そして、その日の昼休み。恒例になりつつある式見とのお昼ご飯タイムの時に、僕は……式見がテレビ出演していた件が頭から離れていなかった。
いや、動画を見なくて良かったとは思っているが、内容が全く気にならないと言えば嘘になる。
天才少女という呼ばれ方から天才的な頭脳の持ち主だと勝手に思っていたけど、何か一芸がある人も天才と呼ばれることはあるだろう。
ここ数日間で式見が見せた天才的な言動といえば……何もない気がする。どちらかといえば紙一重で馬鹿に見えてしまう言動の方が多かった。
それならば身体能力で何か秀でている面がある?
体育はサボりがちだったのは、実はあまりに運動ができ過ぎて他では相手にならないから?
いや、やっぱり式見は見た感じだと身体能力よりも頭脳面の方が……
「ねぇ。ソーイチって自慢できる特技や特徴って何かある?」
そんなことを考えていると、式見は突然僕の思考を読んだかのような質問をしてくる。
「きゅ、急にどうした?」
「そんなのソーイチが言った後に、私の素晴らしい特技を解説する前振りに決まっているじゃない」
「素直に言うのはいいことだと思うが、僕を踏み台にするのはどうかと思うぞ」
「もう、冗談じゃない。本当はソーイチの趣味特技を聞きたくなっただけ」
式見はからかうような笑いを見せながら僕の発言を待つ。
だがしかし……
「僕の特技は……」
「特技は?」
「…………」
「…………」
「……ない」
「いやいや。マジで踏み台にするつもりなんか――」
「違う。マジでないんだよ。特技と言えるような頭脳や身体能力を僕は持ち合わせてないし、特徴的なところも……自分では思い付かない」
そう言ってしまうと盛り下がるのはわかっていたが、特技や美点に対する僕の考えはずっとそうだった。
僕ができることは大抵、他人もできることで、その他人は誇れる特技や美点を持っているのだ。
何か一つでも特技や美点があれば、僕だって――
「でも、ソーイチは真面目って評価されてるんだから、それが特技でもいいんじゃない?」
「……まぁ、そうなるか」
「うん?」
「いや、何でもない。それより本題に入ったらどうだ」
「お待たせしちゃったわね。でも、せっかくだからソーイチに当ててもらおうかしら。私の特技を」
「そんな急に聞かれても……」
口ではそう言いつつも僕は直前まで予想していた内容を整理し始める。
僕がこの短い期間で式見に驚かされたのは……急に背後から現れた時だ。
あの時は考え事をしていたとはいえ、話しかけられるまで完全に気付かれなかったのは、式見の能力の一つだと言っていいだろう。
つまり、式見の天才的な能力とはスニーキングミッションの遂行力であり、そこから想像するに式見は……スパイや忍者の家系だったのだ!
その才能をテレビに見つかってしまった結果、バラエティ番組で鬼ごっこ系の企画に参加させられるようになってしまったのだろう。
だが、それをずばり当ててしまうのは調べてしまったと思われる可能性があるので、僕の答えは――
「……気配を消して歩ける、とか?」
「ぶっぶー 確かに周りに悟られないように教室から出るのは得意だけど、それは特技じゃなくて周りがあんまり私のことを気にしてないだけだから」
――普通に外れだった。
まぁ、途中から想像を広げるのが楽しくなってしまったので仕方がない。
「正解は……ちょっと舌が長い、でした!」
「……どういうこと?」
「実際に見てもらう方が早いわね。んあー……」
式見は僕の方を向きながら口を開くと、出てきた舌は顎に届く手前くらいの長さがあった。
だが、長さよりも実物をほとんど見る機会がないであろう女子の舌を見ていることに意識がいってしまう。
「どほ? ながひでひょ?」
「し、舌出したまま喋るな!」
「んっ……どしたの? そんな顔真っ赤にして?」
「べ、別に。というか、ご飯食べてる最中に口の中見せるのは良くないと思うぞ!」
「そう? そういうのも好きな人はいると思うけど?」
「僕が良くないって言ってるの!」
「まぁまぁ。で、これだけ長い舌を持つ私の特技って何だと思う?」
式見は続けて問題を出すけれど、変な方向に意識を持っていかれた今の脳内では、変な想像しかできなかった。
「……全然わかりません」
「ふっふっふ。実は私、口の中でさくらんぼの茎を結べちゃうのだ!」
「それって……舌の長さ関係あるのか?」
「わかんないけど、長いから色々できると私は思ってる。それでね、さくらんぼの茎を結べる人はキスが上手いって言うから、私はすっごくテクニシャンってこと」
「…………はぁー」
「えっ。微妙な反応をされる気はしていたけど、そこまで落ち込むことある?」
「落ち込んでないが……凄く時間を無駄にした気がする」
「なんでよ!? もっとキスが上手いことに対して驚くべきでしょ!?」
「あんまり聞くべきではないと思っていたが……実践したことあるのか?」
「もちろん……ないわ!」
予想通りの答えが返ってきて、徒労感がさらに増してしまった。
結局、式見が何の天才としてテレビ出演していたかわからなかったけど……少なくとも舌の長さやさくらんぼの茎を結べることは関係なさそうだ。
でも、これでよくわかった。他人の過去は無暗に探ったり、勝手に想像したりしていいものではないと。
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