1.3

 五時間の授業が終わった直後。僕は敗北感を味わいながらもすぐに席を立って廊下に出る。

 四六時中見張る必要はないと言われたけど、出だしから見失ってしまうとは何とも情けない。

 京本の話を聞くまでは、少しくらい授業に出ているものだと思っていたが、式見は正真正銘のサボり魔だったのだ。

 ただ、勢いで出てきたけど、どこを探せばいいかさっぱりわからない。僕が式見について知っている情報が少なすぎる。

「柊くん、どうしたの? そんなに慌てて……」

 そんな僕の様子に驚いたのか、今峰が追ってくるように教室から出てくる。

「いや、その……今峰、改めてさっきありがとう。おかげで助かったよ」

 そこで素直に話せば良かったものの、僕は誤魔化してしまった。

 頼まれたばかりのことを失敗した負い目があったせいだ。

「もう。二回も言わなくてもいいのに。柊くんは真面目だね」

「あ、ああ。それでその……今峰は式見について何か知ってることある?」

「えっ? 式見さんは――授業をよく休みがちだけれど……」

「やっぱりそうなのか」

「でも、学校自体は結構来てるみたいだよ。授業に出てない日も校内で遭遇することもあるから」

「遭遇って、具体的にどこで!?」

「うーん……これって場所はない気がするなぁ。校内で偶然見かける感じだし」

 徘徊系のレアモンスターかよ。というか、校内をうろついている癖に授業に出てないなら、サボり魔として認識されていそうなものだが……僕が噂を聞いたのが男子の間だったから、女子の間ではまた違うかもしれない。

 でも、おかげで少しだけわかった。式見を探すには――手当たり次第にやるしかないと。

「あとは……休んでいてもテストの成績は優秀ってことくらいかな。詳しくは知らないのだけれど、天才少女って呼ばれてテレビに出たことがあるみたい」

 学年トップクラスの成績である今峰がそう言うなら、式見が天才少女の話も間違いないようだ……決して京本の発言を疑っていたわけじゃない。

「ありがとう今峰。僕はちょっと用事があるからこれで!」

「え、ええ。次は化学の移動教室だから早めに済ませてね」

「あっ、忘れてたよ。助かる」

 僕は一旦教室に戻って文房具と教科書を持ってから急いで校内を探し始める。移動教室ならちょうど良かったと言いたいところだけど、休み時間は十分間しかないから急がなければならない。

 まずは二年生の教室がある二階を見ていく。教室前の廊下は否が応でも目立つから、探すなら短い休み時間だとあまり人が行かない場所だ。その中でサボりに最適そうな場所は図書室だと思ったけど――図書室の先生からはこの時間帯に人は来ないと言われる。

 次に一年生の教室と共に音楽室や美術室がある三階。芸術系の教室は授業がない限りは鍵がかかっているし、特に用事がない二年生が三階をうろつくのはこれまた目立つので当然ながらいなかった。うちの学校の屋上は常時閉まっているので、屋上もサボれる場所ではない。

 最後に移動教室で使う実験室がある一階に降りていくが、一階からは外に出ることもできるので、一番見当が付かない。漫画やアニメでサボり場所にされがちな保健室を見に行ったけど――

「来たことはあるけど、最近は全然見かけてないわ。柊くんもここでは会ったことないでしょう?」

保健室の水(みず)樹(き)先生にはそう言われてしまう。病弱じゃなかったのかよ。

 そうして休み時間が残り二分になった頃。僕は見切り発車で探し始めたのを後悔していた。

 各階を隈なく探したわけではないから見落としはあるだろうし、何なら式見が校内にいる保証はない。

 そもそもどうして僕が知り合ったばかりの式見のために、こんなに息を切らしているのか。

「はぁはぁ……授業に遅刻したら本末転倒だ……」

 そう思いながら探すのを諦めて移動先の教室に向かおうとした時だった。

「あっ、真面目な模範生徒クン」

 どこからともなく式見が湧いて出る。いや、実際は実験室近くの廊下をふらついていた式見と偶然出会っただけなんだけど……シンボルエンカじゃなくてランダムエンカだったのか。

「お、おま……結局ここに……はぁはぁ……」

「大丈夫? さっきの授業は体育じゃなかったはずだけど。そんなに興奮するようなラッキースケベでもあった?」

「ち……違う! な、何ぬるっといなくなって――サボってるんだ!」

「別に授業に出るとは言ってないし。もしかして……私のこと探してた?」

「そうだよ!」

「へぇ……本当に真面目だね」

 式見は謎の微笑みを見せながら感心する。

 でも、僕が欲しいのは言われ慣れた言葉ではない。

「いいから授業行くぞ! あと一分しかないけどちょうど近くに――」

「授業に出て欲しいならもう一度指を噛ませて」

「はぁ!? な、何を言って――」

「あっ、噛む必要はなかったわ。咥えるだけでいいから」

 式見は淡々と訂正するが――どっちにしてもおかしなことを言っている。

 だけど、考えている間に時間は過ぎるので、僕は右手の指を差し出す。

「……なんで小指?」

「いや、なんとなく……」

「最初に小指を出したあなた。実は意外な性癖を隠していて――」

「なんで占いが始まってるんだ!? あと、でたらめ言うな!」

「もう、ちょっとしたジョークじゃない。それじゃあ――」

「は、早くしてくれ! このままじゃ遅刻する!」

「……柊くん?」

 僕が催促したタイミングで、聞き覚えのある声が背後から呼びかけてくる。

 そこには今峰が心配そうな表情で立っていた。

「今峰!? なんでここに……」

「柊くんが慌てた様子だったから、本当は何かあったんじゃないかと思って――」

「――はむっ」

 しかし、式見はそんな今峰などお構いなしに俺の小指を咥えた。

 そして、今度は――第二関節から指先まで舌でなぞってくる。

「うっ……」

 その瞬間、僕は噛み付かれた時とは違う情けない反応をしてしまう。

 本当なら気持ち悪いと感じるべきなのに、背筋に走ったのはどちらかといえば……快感に近いものだった。

 だが、すぐに自分の反応を後悔する。

 なぜなら、今峰の表情心配から若干の軽蔑に変わっていたから。

「ひ、柊くん……」

「ち、違うんだ、今峰! これは――」

「お、お邪魔してごめんなさい!!!」

 そう言い残して今峰は走り去ってしまった。

 それに追い打ちをかけるように、始まりのチャイムも鳴ってしまう。

 ……結果的に僕は授業に数分遅刻してしまったし、先ほどの件で唯一信じてくれていたかもしれない存在も失ってしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る