アンドロイドとfireworks【一話完結】

sasada

1話完結

 「ハカセ、これは一体なんというものですか。」


 彼女が放った言葉は一言一句違わず、全て記録してある。その中でも、とりわけ多かったのがこの言葉だ。彼女は人型アンドロイド、我が社が開発した「ココロ」を内に搭載した実験機だ。起動してすぐ流暢な言語を話すその秀才ぶりには舌を巻くよりない。夏生まれの彼女は、「様々な刺激を与えることによってその成長と変化を記録せよ」という上層部の意向によって、私に連れ出されることになった。


 初めて外に連れ出された彼女は、あれは何だ、これは何だと忙しなかった。目を輝かせて私の知識を吸収する彼女はとても愛らしく、世話を焼きたくなる。道端に生える植物一つ一つに興味を示し、夕食後の手伝いを条件に植物図鑑のデータを交渉してきたこともいい思い出だ。もうそろそろ、私と肩を並べる知識量だろう。明日の外出の時に聞いてみようかとも考えている。さて、そろそろ本題に入ろうか。


 彼女は散歩や植物も皆好きだったが、とりわけ彼女が気に入ったのは夜だった。それも、自然の暗闇だ。何をどうしたとて機械なのだから、煌びやかな街並みが好きなのだろう、と勝手に決めつけていた私にとって、このことは嬉しい誤算であった。なぜなら、同じように私も暗闇が好きだったからだ。私たちは、私の仕事や予定の合間を縫って暗闇を旅し、記録した。その時の彼女の様子は、まるで生命を宿した絵画のようにありありと今でも思い出せる。


 ある日、私なりに彼女へのサプライズを用意してみた。いつもと同じように飛行車に乗り、山へと向かう。そこに辿り着いた私たちは、周囲の景観を損なわないよう車の外観を保護色に変えると、今度は徒歩で目的地へと歩みを進めた。直接行くこともできたが、歩くのが通の楽しみ方である。どこにいくのか。と問う彼女の質問をはぐらかし続けながら、我々は山に沿って築かれた階段をただ一心に登った。


 頂上を見据えあと十数段に差し掛かった頃、色が私たちを照らし、辺りに炸裂音がやまびこのように響いた。何かしらの兵器だと思い、地面に伏せ警戒心を露わにする彼女の肩を抱き、安心させると私は説明した。あれはfireworksというものだと。職人の気がはやったのか、それとも山道を楽しむ私たちがのんびりとしていたのか、想定より早く始まった催しが順を追って炸裂する様を、私たちは石造の階段の途中から眺めた。人生の少しを沈黙が間借りする。それらが一旦小休止に入り、とりあえず頂上まで登り切ってしまおうと次の段に足をかける私の背を彼女の言葉が引き留めた。


 「ハカセ、どうしてfireworksはあんなに綺麗なのですか」


 そうだな、と私は返答に困ってしまった。この人生の中で、物事を美しいと思うことは多々あれど、その理由を突き詰めたことは無かったからだ。苦し紛れに私は、『いつか終わってしまうからだよ』、などという風に言ってしまった。そんなに気にする必要のない一言だとも思うのだけれど、あんなこと言わなければ良かったのではと考える日がある。


 その日から彼女はfireworksの虜になった。どれくらいかと言えば、将来の夢がfireworksになるくらいであった。そこら辺りでとどまって仕舞えば良かったのだけれど、私がつい、余計なことを言ってしまったばかりに彼女は終わりの虜になった。手始めに、シリーズものの映画を見ることが少なくなり、短編のものを好むようになった。次に、道端の動物や虫をより気にかけるようになった。料理の手伝いを条件に、昆虫図鑑をねだったことはいうまでもないだろう。そして、己がアンドロイドであることを、終わりがないことを恥じるようになった。


 いつしか彼女は私の端末を使い、毎晩fireworksの映像を壁に映して観ることが習慣になった。そのことが周囲に知れ渡ると、彼女はfireworksと呼ばれ始めた。ただ、いかんせんその言葉は名前として呼ぶには長く、気づけばハナビという言葉に落ち着いた。同僚の中の、古典に秀でた奴が名付けたらしく、はるか昔に零落した国の言葉で、fireworksを意味するらしかった。


 私が彼女のことをハナビと呼ぶのに慣れて少し経ったころ、彼女はfireworksを自分で作ると言い始めた。言い分を聞くに、自分がfireworksになれないことには残念だが、自分がそれを作ることができるなら、自分のことを綺麗だと言えるのではないだろうか、という発想に至ったらしかった。生きるという概念からは程遠い、ハナビらしい良い考えだとその時の私は思った。そして、彼女がその目標を達成できるよう最大限協力しようと思ったのだ。


 社の決まりで我々社員は八日に一回、つまり週一で施設の治療を受けることになっている。麻酔を吸引し、気づけば治療が終わってるという感じなので、私には一切負担のない治療ではあるが、気がかりなのはハナビについてであった。今までは施設まで連れてきていたけれど、ハナビの成長が順調であることから、その時だけ別の研究員が代理で見てくれるようになった。ことが起きたのは、それから数週間が経った時であった。


 先週と同じように治療が終わり、機械から身を起こした私は幾度も連絡を試みたらしい痕跡を端末に見つけた。鼻を刺すような火薬の香りも、黒く焼けこげた芝生も、その時だけは私には関係なかった。研究室兼自宅に駆け込んだ私を迎えたのは、もう虫の息のハナビだった。明らかに只事ではない彼女の呼吸は、それが偽物であることを私に忘れさせた。その口が何かを言おうとしていることに気づき、膝をつきゆっくりと耳を近づける。ハナビは私に傷付いた手を近づけ、あのときのような輝いた目で、


 「あのね、私もfireworksになれたの。」


と言った。その手から迸っていたのは紛いもない火花であった。


 ハナビはfireworksを打ち上げる最後の段階、つまり火薬の調合まで自力で漕ぎ着け、そこで事故を起こしたのだと後に私は聞かされている。リスクを顧みず、危険な行動を起こしかねないアンドロイドは商品としては相応しくないという上層部の意見から、彼らを擬似的な人間として販売するこのプロジェクトの凍結が決まった。ハナビにも当然廃棄処分が下される。最後に一言でも、と思うことはなくもなかった。けれど結局、私が管理不行き届きで叱られるのが関の山だったろうから、どうしようもなかった。通知書を手に、居間のテーブルに配膳された2人前の食事を眺める時間は虚しくて堪らなかった。


 あの日から1週間後、私はまた治療のために施設に来ていた。出向くのは億劫で、また何かが起こったらと募る不安もあったが、起こりうる何かももういない。いつもの通り、麻酔を処方する先生のもとに行こうとすると珍しく呼び止められた。どうやら、今回は面談があるらしい。誘導されるがままに付いていくと、面談室には、いつもの先生に加え物々しい面持ちの男が二人ほどいた、どうしたのだろうか。


 先生は私に、仕事のことから生活のことまで様々なことを聞いた。同僚とうまくやれているか、最近よく眠れているか、好きな音楽はあるか、と。特段怒りっぽい性格ではなかったのだが、しらみつぶしに聞いてくる様に無性に腹が立った。これでは人生の決算のようではないか。怒っている自分に驚いたのもまた事実である。椅子を跳ね飛ばしながら立ち上がり、先生の胸元に掴み掛かろうとする。医師は慣れた手つきでそれをかわし、男たちが私を無理に抑え込んだ。あり得ないほどの音を立てて私の腕が床に叩きつけられた。確かに私は、自身の手から湧き起こるとても綺麗な花火を見たのだ。私の嘘から咲いたのだろうか。嗚呼、とても綺麗だ。

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