第31話:瑠璃も真実も照らせば光る⑪


 「体質って、この巾着モドキのこと? 確かに理屈がよくわかんなくても使えたし」

 「んー、半分正解。それはうちの血筋の人しか扱えない、アルバレスでいう上級魔法道具みたいなものなのね? だからユフィが突然殺意の波動に目覚めるとか、なんやかんやあって道を踏み外すとかでもない限りは問題ないの。……ホントにやばいのはね、今その中に入ってる子たちよ」

 「エイルとかうーちゃんたち? そりゃあ珍しい子ばっかりなのは知ってるけど……」

 『めぇ?』

 あまりよろしくない環境でも元気よく育ってくれたが、あの子たちはユフィが選んで植えたわけではない。他の植物を育てていたら、側から勝手に生えてきたのだ。その経緯の生き証人であるところのバロメッツことうーちゃんと共に首を傾げたところ、アスカは妙に遠い目になった。

 「えーっとね……ほら、小さい頃、一緒にバラを育てたことがあったでしょ。花が咲いた後のこと覚えてる?」

 「後? いや、正直育てるのが楽しすぎたことしか」

 「だよね、うん。あの後ね、あんまり綺麗に咲いたから、切り花にしてあちこちにおすそ分けしたのよ。……そしたら、寝室に飾って下さってた人の病気が治った」

 「はい!? なんかの間違いじゃなくて!? 普通に薬が効いたとかっ」

 「間違いないのよこれが。ちょっと前に余命宣告されてて、あと何日生きられるかも分かんない状態だったのよ? お花が大好きだから、せめて近くにおいてあげたいってことだったの。ちなみにそれが今の王妃様だったりするんだけど」

 「ああ、それなら俺も聞かされた。言葉に出来ないほどの恩があるから、出来る限り賢者殿の力になってあげてほしいと。今回でいくらかは返せたかな?」

 仰天したユフィをよそに、まさかの身内が救われていた殿下はいたって落ち着いている。相変わらず爽やかな調子で言って下さるのに、アスカはちょっと笑って軽く頭を下げて見せた。

 「もう十分すぎるくらいですよ。――ユフィが世話した植物はみんなよく育つし、薬効なんかがものすごく高くなるし、なんなら時間の経過を無視して聖樹霊木になる。神話伝説レベルの子たちが集まってくるのも、あなたに直接お世話してほしいからなのよ。

 こういう体質を持ってる人のことを、アルバレスでは昔から『クローリスの愛娘』と呼んで奉ってきたの」

 春の女神クローリスの加護を受けた、万緑ばんりょくに愛される奇跡の乙女。現れればまず間違いなく素晴らしい功績を打ち立て、若くして聖女に列せられるのが通例だ。しかし一方で『ぜひうちの嫁に!』と望む王侯貴族が押しかけて大騒動になったり、注目を集めたがゆえに周囲の人間関係が悪化したりで、その辛苦から心身を病んで早逝する、という事例も少なくない。

 「王妃様とか施療院の重症患者さんが助かったのはいいわよ? だけど自分が得することしか考えてない、人の皮を被った魑魅魍魎みたいなヤツも多いからね、上流階級は。何が悲しくてうちの可愛い娘をそんな外道にくれてやらにゃならんのよ、ったく……!!!」

 「おーいアスカ、ちょっと落ち着こうか。だいぶ本音が漏れてるぞー」

 「あ、そ、そう? ……ごほん。だからね、そんな能力を持ってるって、有象無象に知られるとえらいことになるし。それが万が一堕神おちがみに伝わったりしたら、ドーピングで一気に復活しようと企むに決まってるじゃない? その辺が心配だったんです、はい。

 そしたら運よく、堕神あいつの方からこっちに来てくれて一網打尽に出来たし。ユフィのこと大事にしてくれそうな旦那さんも見つかったしで、今とっても安心してるとこ」

 「…………言いたいことはいろいろあるけど、とりあえず事情は分かった。それで、このずたぼろになった神殿なんだけど」

 「ああうん、それはいいの。事前に女神さまから直で『構わん、いてもうたれ!!』ってメッセージが来たから、バチとかは当たらないはず!」

 「ホントにそんな言い方だったの!?」

 「いやー、声が聞こえたわけじゃないからねえ。それこそ私がやってた念話っぽくて、勢いと雰囲気でそう訳した!」

 いいのか、それで。二十年余りに渡る怒涛の追跡劇の結末としては、どうにもあちこちが大雑把すぎないか、母よ。

 はーぁ、とため息をついて脱力する。巾着モドキを何度も使ったし、走り回って叫んだからもうクタクタだ。だがしかし、もうちょっとだけ確認しておかなくては、うっかり寝落ちも出来やしない。

 「……で、二人ってこれからどうするの? お母さんはともかく、お父さんはおば様んとこに帰っちゃうの?」

 「いやあ、俺があそこにいたのはユフィのためだったから。邸の人たちに挨拶してからになるけど、もとの家に戻って来るよ」

 「え、あの家? 人手に渡ったんじゃないの?」

 「それはなー、アスカがいろいろ頑張ってくれて」

 「ふっふっふ、実はまだ持ち家です! 名義だけ変更して手放した風を装いました、明日からでも入居できるわよ~」

 「そういう裏技使ってたんだ……まあいっか。あ、わたしも時々帰るからねー」

 「「えっ」」

 母の真似をしてしれっ、と付け加えたところ、両親が面白いように固まった。よし、掴みはオッケーだ。一気に畳みかけるぞ!

 「だってさあ、十年くらい誰も住んでなかったんでしょ? お掃除しないとホコリとかすごいんじゃない? うちの子たちって大半は動き回れないけど、うーちゃんとまーくんは歩くのも細かい作業も平気だし。ねっ」

 『めえ!』

 『あいよっ、もちろんっス!』

 「しばらくは週一で帰るから! オッケーならクライヴ様も連れてくから! もう二度と勝手に行方不明になったりしないように、がっちり拠点作ってくからね!!」

 「……そういうことのようです。一緒にお邪魔しても?」

 何だかんだでとっくに怒っておらず、全力で手伝って住環境を整える気満々、ということだ。胸を張って宣言したユーフェミアも、その傍らで飛び跳ねるお供二匹も。名指しで手伝い要員にされたクライヴも、壁際で見守っている殿下とセシリアも、全員が温かな笑顔だった。つられた破顔したアンブローズ夫妻が、むしろぜひお願いしたい、と返したのは言うまでもない。

 思いがけない嵐に見舞われ破損しながらも、因縁の決着と再会の舞台にもなった大聖堂。辛うじて残ったステンドグラスの破片が、初夏の陽光に煌めいていた。


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