第30話:瑠璃も真実も照らせば光る⑩






 「……えーと、賢者改め明日華・アンブローズです。明日の華、って書いてアスカ。東太海にある扶桑皇国の出身で、今更だけどユーフェミアの母です。で、こっちが」

 「ディック・アンブローズ、生まれも育ちもアルバレス王国です。アスカの夫で、やっぱり今更だけどユフィの父さんです。二十年くらい前は近衛隊で騎士やってたんだけど、さすがに知らないよなぁ」

 「いえ、存じ上げております。『暁の弦音』『必中のアンブローズ』と謳われた、またとない大弓の名手でいらしたと」

 「あ、ホントに? いやあ、それはありがたいな~」

 「おとーさんっ! デレデレしない!!」

 「はいっ!!」

 しばしの後。やはり場所は大神殿の礼拝の間で、そんなやり取りが交わされていた。何気に後輩に当たるクライヴに褒められたのが嬉しかったらしく、つい相好を崩した父親にすかさずユフィのツッコミが飛ぶ。十年も離れ離れになっていたとは思えない、まさに打てば響くやり取りだった。

 そんな微笑ましい(?)光景を、呼ばれてやって来たセシリアと、同じく声がかかった王太子殿下が眺めている。どこかに座ってもらいたいところだが、先ほどの激戦の余波で床材はぼこぼこ、礼拝用に置いてあった木の椅子は全部吹き飛んでいる。申し訳ないが文字通り、そのままの立ち会いということになっていた。

 ちなみにもちろん、エリオットは退場済みである。一応は関係者だし、経緯の説明くらいしてやった方がいいのだろうが、堕神が消えた後も泣きじゃくって会話にならない状態だったので仕方ない。……まあ、気が付いたら何故か身体のあちこちが痛いわ、口が曲がるほど苦い木の実を強制的に食べさせられるわ、目の前で得体のしれない魔法が炸裂して大神殿が半壊するわで、パニックに陥るのも分からなくはないが。

 「へえ、確かに符をはがす前と後じゃ、外見も声音も全然違うね。セシリア嬢、気づいてた?」

 「いえ全く。そもそもあの方には昨日、ユーフェミアさんが邸に来られたときに初めてお会いしましたので……」

 感心した風情の殿下に慎ましく返して、改めて話題の相手を観察する。

 大理石の板が浮き上がったり吹き飛んだりしてぼこぼこの床に、足を折りたたんだ正座の体勢で畏まっている元御者は、最初に会ったときとは随分印象が変わっていた。昨日は茶色の髪に同じ色の瞳で、どこにでもいそうな目立たない容姿だったはずだが、その変装を解いた後は青みがかった銀髪に蒼い瞳。年齢も十歳くらいは若返って見えるし、ついでに言うならかなり整った顔立ちをしている。穏やかな目元の印象が、娘さんとよく似ていた。

 「で? 何でこんなことになったの? これだけ周りに迷惑かけたんだから、ちゃんと説明する義務があると思うよ、わたし」

 「大丈夫だって、私も同じ意見だから。――さっきあいつが言ってたと思うけど、私は扶桑で斎宮、という役目に就いていたの。こっちで言うなら大神官、国でいちばん重要な神殿を取りまとめるひとね」

 ところが今から二十数年前、立て続いた天変地異の末、扶桑皇国の宮中で花咳病が猛威を振るった。その原因であり、国を乗っ取ろうとしていた堕神は、民を守るべく決起した臣下一同と、赴任地の大神宮から取って返したアスカによって野望を阻まれた――のだが、そのまま這う這うの体で海外へ出奔してしまったのである。

 「それで、ほっといたらまた他の国で同じことしでかす! って危ぶんだアスカが単身で追いかけることにしたんだ。ホントは役目が済んだら、その時の皇帝のお妃になる予定だったんだけど」

 「そんなもん白紙よ、白紙。事が事だったんだから!」

 先程まではそれこそ神官が被るような帽子に入れ込んでいた、長くて綺麗な黒髪を振ってキッパリ言い切るアスカである。口元を覆っていた布もとっくの昔に取り去っており、こうしていると豊かな表情も相まって、顔立ちがユフィに瓜二つなのがわかる。なるほど、隠していたわけだ。

 「で、たどり着いたのがここ、アルバレス王国だったのね。うちの人とは入国の時、お世話になった国王ご夫妻に護衛として引き合わせてもらいました。

 それでまあ、一緒に行動するうちにいろいろあって、馬が合ったのもあって結婚して。その一年後にユフィが生まれて」

 予想外ながらもわりと充実した日々を過ごしていたのだが、その間にも堕神の方は着々と力を取り戻していた。そしてついに十年前、名勝地として知られた南部オイゲン渓谷にて、大規模ながけ崩れを発生させる。それに乗合馬車ごと巻き込まれ、堕神探しに赴いていたご夫婦は死亡……と、思われたのだが、

 「嫌な予感がする、って、アスカが直前で乗るのをやめたんだよな」

 「そう。でもほんとにドタキャンだったから、乗客リストが変更されずにそのまんまだったらしいの。それで」

 「ああ、だから被害者に名を連ねてしまった、と」

 その頃は既に騎士として勤務していたクライヴも、事故の現場で救助と復旧作業に携わった同僚から話を聞いていた。山の一角がごっそり削れ落ちるような崩落で、被害者の中にはとうとう発見できずじまいだった人もいた、と。それがきっと、乗ったことになっていたこのお二人だったのだろう。

 「それでね、この際いっそ死んだことにしといた方が、堕神からも身を隠せるし。ユフィのことは正直心配だったけど、あの状況で私たちと無理にいっしょにいるよりは安全だろう、ってことで。本当に、本っ当に申し訳ないけど、いったんフィンズベリーに預かってもらったの」

 「安全……て、わたしも狙われたかもしれない、ってこと? お母さんの身内だから」

 出来ればひとことくらい伝言が欲しかった、と内心呟きつつ、一応聞いてみる。質問というより確認のつもりだったが、アスカの返事は予想したものと少々違っていた。

 「うん、それもある。でもね、もっと気掛かりだったのは、あなたの持ってるのことよ」



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