第26話:瑠璃も真実も照らせば光る⑥



 ごしゃあぁっ!!!


 凄まじい音を立てて、純白の柱が砕け散った。おそらく大理石と思われる硬そうな素材だというのに、真ん中あたりで無残にへし折れている。

 『何処に行った、人の仔ども!! 雌伏の時は終わった、今までに舐めた辛苦、今この場で晴らしてくれようぞ!!!』

 普段と全く違う、しわがれてひび割れた声で怒号しつつ宙に浮いているエリオット。その右半身にのみ、どこかで見たような黒い煙が纏いついて巨大な手足を形作っている。真っ赤に染まった右目だけが爛々と光っているが、あまりよくは見えないらしく、手当たり次第に神殿内部を破壊しながら迫って来ていた。

 右側だけの腕と足の攻撃は、見て確認できないせいだろう、大ぶりで隙も多い。そこで出来るだけ音を立てないように気を付けながら、賢者の先導で礼拝堂に移動しているユフィ達だ。響き渡る破壊音に思わず身が固くなるが、その度に傍らを走るクライヴが背中を撫でてくれるおかげで、足が止まらずに済んでいた。

 《あれはね、東から逃げてきた堕神おちがみというものです。元は山爺やまんじいとか一本ダタラなどと呼ばれていた、もっと昔はそこそこ栄えた鉱山の主で守り神だったんだけど、百年くらい前だったかな? 大きな地震で地殻変動が起こって、山そのものがなくなってしまったんですね。本当なら、そこで消滅するはずだったんですが》

 ところがその神、何故か消えずにそのまま生き永らえてしまい。長い年月の末に、神ともアヤカシともつかないものになったのが、今暴れているあいつだった。

 《一つ目で一本足、っていうのは、あちらの鉱山の神様の特徴なんですよね。特技は病気や呪いを蔓延させることでして》

 「……あっ、わかります!! 今までに起った事件、全部それっぽい!!」

 《ご名答です。よく気付きましたね》

 思い至ってぱっと挙手したユフィに、急ぎ足の最中にも嬉しそうに褒めてくれる賢者殿である。

 鉱山で働く人々は長い年月の間に、粒子状になった鉱物が肺にたまっていき、という病気で命を落とすことが多い。同じ理由で呼吸気管を傷めて、に亡くなるケースもよく知られている。ついでに、そういった山では鉱毒が地表に流出するため、地面から養分を吸い上げることもある。――これらすべて、昨日から見聞きしたものと非常によく似ていないか。

 「なるほど。本来の自分の領域で起こり得る災厄を、形を変えてばら撒いている、ということですか」

 《そういうこと。本当なら東の――扶桑皇国ふそうこうこくで暴れてた時に仕留めておくべきだったんだけど、こいつ本ッ当にしぶとくって。斎宮いつきのみやと陰陽寮と近衛府――ええと、こっちで言えば大神官と宮廷魔導師団と近衛騎士団、みたいな精鋭部隊ですね。それが束になってかかったのに、とうとう力尽きなかったんです。そしてさっさと海を越えて、別の国で力を盛り返そうとした》

 やたらとあちらの情勢に詳しい賢者も、そのことには早くから気付いていた。しかしながら、今度は消滅寸前まで叩きのめしたのが災いして、微弱になりすぎた堕神の気配を探るのが非常に難しかったらしい。だから次に何かが起こった時のために、出来る限りの備えをしておくことにしたのだ。

 《それでまあ、どこかであのご令息に取り憑いた堕神が、王城の敷地に入るのと同時進行で動き出した、と。だいたいの経緯はそんなところですね。……ごめんなさいね、巻き込んでしまって》

 「いいえ、全然! 全力でやっても倒せなかったんだから仕方ないですよ。むしろ賢者様お一人で大変でしたよね、いろいろありがとうございます」

 「ええ、今度は我々がその努力に報いる番です。彼女と引き合わせていただいたお礼も兼ねて、何なりと」

 《……、うん、ありがとう。本当に良い子たちね》

 揃って力強く請け合った若夫婦に、相手が見張った目をくしゃり、と細める。ごく自然な流れで頭を撫でてもらってしまい、ユフィはまたしても既視感を覚えた。こんなふうにかい繰り回されたことが、小さい頃はよくあったような――


 ゴッ!!!


 「ひゃっ!?」

 考え込みそうになった瞬間、今度は真横の壁に大穴が空いた。幸い向こう側には誰もいなかったが、こんな攻撃が続いたら神殿が崩壊する!

 《大丈夫! この神殿は十年かけて最大まで耐久力を上げてあるから、例え穴ぼこだらけになったって倒れやしません。……でも、こんなのといつまでも追いかけっこするのもつまらないし、さっさとやっつけてしまいましょうか!

 お二人に手伝っていただきたいのは――》

 再び走りながら手短に、しかもわかりやすく教えてくれた内容に、初の共同作業をすることになる二人は必死で聞き入った。


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