第2話:いざ、輿入れ②


 「……お城かな? ここ」

 手伝ってもらって馬車を降り、御者との攻防戦の末にトランクは持ってもらうことにして。自分は巾着だけを手にして門をくぐった、ユーフェミアの第一声である。

 そんな大げさな、と思うかもしれない。しかしつい先日まで、古式ゆかしいといえば聞こえは良いが、地元の子ども達から『お化け屋敷』なんて呼ばれるほどおんぼろなフィンズベリー邸しか知らなかったのだ。よそへお邪魔するなんて両親が健在の時以来だから、ほぼ初めての経験と言っていい。

 そのほぼ初めて見る他所様のお屋敷、エヴァンス邸は大層広かった。門をくぐって最初に目に入る前庭が、ヴァネッサのところでは唯一の庭園とほぼ同じ規模なのだ。至る所に季節の花が鮮やかに咲き誇り、きちんと手入れをされた庭木はお行儀良く、なおかつ生き生きと枝葉を茂らせている。ご当主の意向なのか、本で読んだ迷路のような凝った通路だとか、入り組んだ複雑な仕掛けは施されていないのが好ましかった。

 (花や木は出来るだけ自然に、元気よく育ってる方が、見てる側も楽しいよね)

 もしかしたらご主人、ちょっと好みが合うかもしれない。そんなことを思ったりしつつ、ようやく本邸にたどり着く。両開きで丈夫そうな、品の良い光沢のある木材で出来た扉の前に立った。……今さらだが、ちょっと緊張してきた。

 「……あ、あの、フィンズベリー伯爵家から参りました。ユーフェミアと申します」

 「はい! お待ちしておりました、ようこそエヴァンス邸へ!!」

 左右に立っている従僕たちに名乗ると、そろってにっこりしてすぐに通してくれる。重たそうな扉が開き切らないうちに、中からわっ、という歓声と拍手の音が聞こえた。びっくりして頻りに目をぱちぱちさせる。

 (えっなに、何ごと?)

 おそるおそる入ってみたエントランスは、見渡す限り花でいっぱいだった。ホールの左右から上階につながる階段も、その先に連なる中二階の回廊も、初夏に相応しくバラを中心にした飾りつけで、白と薄紅が基調となった明るく可愛らしい雰囲気だ。瑞々しい甘い香りが、正面の大窓から差し込む陽光と一緒に降り注いでいる。

 そんな中、エントランスホールの左右にずらっと整列して、熱心に拍手を送ってくれている従僕やメイドの面々がいた。誰しもが明るい表情で、なにか大仕事をやり遂げたような達成感というか、清々しさのようなものが漂っている。ああ、この飾りつけは家人総出で施してくれたものか。それは誇らしい顔になるだろう。

 そして、そんな彼らの中心で、同じく笑顔で待ち受けているひとがいた。

 「はじめまして、ユーフェミアさん。ようこそわが家へ、邸を上げて貴女を歓迎いたします。

 申し遅れました、私はセシリア・エヴァンス。僭越ながら当主を務めさせていただいておりますわ」

 歳は二十代の半ば、といったところか。アッシュブロンドの巻き髪を高めにくくって垂らしていて、形の良い瞳は灰がかった紫色、凛としつつも柔らかさを併せ持つ美貌。つい先日まで洗濯するか否かで悩んでいた、一番お気に入りの普段着とは色合いこそ似ているが、生地も仕立ても比べ物にならないほど上質な淡紫のデイドレス。上から羽織ったストールには、繊細な図案で花の刺繍が施されている。そこかしこに配されたバラを背景に立つ姿が、現当主に相応しい気品に満ちていた。

 (わあ、ものすごく綺麗な人だー……昔にうちで見た、女神様の絵にそっくり)

 今はもう人手に渡ってしまった、両親と一緒に暮らしていた実家。その一室に大切に飾られていた、春を司るとされる女神・クローリスの肖像が、小さい頃は大好きだったっけ――と、見惚れた流れでうっかり回想に浸りかけてハッとする。いかんいかん、最初っからこんな調子でどうする!



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