若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝

プロローグ


 草花のお世話は大変だ。肥料も水も山ほどいるし、虫もつくし、病気にだってなる。毎日毎日、一株ずつ様子を見て、その日の調子に見合ったケアをしてあげないと、すぐに弱って枯れてしまう。何て繊細でか弱いんだろうと、人から教えてもらった時は驚いたものだ。

 でもその分、自分が面倒を見た株が元気に育つのは嬉しかった。初めてつぼみがついて、無事に花を咲かせた時は、誰彼構わず飛びついて回るほど幸せだった。花を目にした人が、きれいだなぁ、よく頑張ったねと顔を綻ばせるのも。

 狭くても良いから、いつか自分だけの花園が作りたいな。そう思った――




 (……そしたらまあ、一応叶ったよね。うん。面積はまさかの四畳サイズだったけど)

 母の生国では狭い面積の代表格だという、敷物を基準にした表現を思い浮かべてそっと息をつく。これは花園というより花壇だろう。

 でも、育ってくれた子達はみんな元気だし、役に立つし、これはこれで大成功なのではなかろうか。何せ当初は手入れすらされていなくて、植えて根付くかどうかが危ぶまれるレベルで荒れ放題だったのだから。

 「――ミア、ユーフェミア! 聞いてるのかい!?」

 「あっはい、聞いてます聞いてます」

 「あからさまな嘘をつくんじゃないよ!! まったくいくつになってもぼうっとして、みっともないったらありゃしないッ」

 「はあ、すみません。ヴァネッサおば様」

 うっかり回想にふけっていたら、勘づいた対面の人に小言を食らった。いつものことなので、ユーフェミアはさっさと頭を下げる体で、質素すぎる海老茶のドレスの裾を軽く払う。そろそろ洗濯したいんだけどな、これ。

 「で、こないだエリオット様がわたしの育ててる植物にちょっかい出して、葉っぱの裏にいた虫さんから逆襲された件ですっけ? 痛みと腫れが引いたなら大丈夫だと思いますけど」

 「それは一つ前の話だよ、つくづく聞いてないね!? そもそもお前がクワについた実をほったらかしにしたから、あの子がつい手に取ってみたくなったんだろうに!! フリでもちょっとは反省する姿勢を見せたらどうなんだい!?」

 (ええ~……天罰覿面ってやつでしょ、それ)

 そして今まさに反省してるんですが、とは思ったものの、ここでツッコミなどしようものなら小言がさらに倍になって面倒くさいことこの上ない。声には出さず、心の中だけで毒づいておくことにする。

 いくら死ぬほど生意気な――孤児で居候で、ほとんど他人のような遠縁のユーフェミアを事あるごとに下僕扱いし、『ブス』『みなしご』『ムダ飯食い』と当たり前のように暴言を投げつけ、大切に世話している裏庭の草花をむしって嫌がらせするような悪ガキであろうとも、だ。御年十歳のエリオットはヴァネッサの実子であり、ここフィンズベリー伯爵家の跡取り息子なのである。

 おまけに現当主たる母親は、遅くに授かった一人息子を溺愛しており、両親が事故死して親戚中をたらい回しになった挙句、『お宅は一人っ子だから』という理由で半ば押し付けられたユーフェミアは放置しっぱなしだった。この歳まで生きてこれたのは、ひとえに頑丈な心身と、憐れんで世話を焼いてくれた邸のメイドさんや侍従さんのおかげだ。

 正面から盾突いたっていいことはない、日頃さんざん被っている迷惑の仇は、クワにいた虫さんが取ってくれたということにしよう。ありがとう名も知らぬ毛虫さん――

 「お前の輿入れが決まったから、明後日までに荷物をまとめときな。そういう話だったんだよ!」

 「・・・・・・・・・・・・・、はっ?」

 密かに捧げていた感謝は、正面から飛んで来たひとことで吹き飛んだ。ちょっと待て。

 「……輿入れ? 誰が? どこに?」

 「お前しかいないだろ。嫁ぎ先はエヴァンス子爵家。爵位こそ低いけど代々王都住まいで、腕の良い魔導師やら騎士やらを出してる名家って話だよ。今の当主とそのきょうだいも、王族からの覚えがめでたいってことらしいね。

 エリオットが成人した時のことを考えると、今のうちから陛下方のお膝元にしっかり足がかりを作っとかないと!」

 ふん、と、淑女としては大分逞しい腕を組んで鼻を鳴らすヴァネッサである。最初の衝撃冷めやらぬ状態ではあったが、どうにか事情は把握できた。つまりはあれか、中央へのつながりを作るための政略結婚か。なるほど、むしろそっちの方が納得だ。

 「お前が嫁ぐのは当主のきょうだいの方だからね、何としてでも気に入られるように努力するんだよ。放置されても浮気されても文句なんか言うんじゃないよ? もし逆らって放り出されたって、うちの敷居は跨がせないからね!!」

 「……はあ、わかりました」

 「何だいもう、その気の抜けた返事はー!! しゃきっとおし、フィンズベリーの未来がかかってるんだよ!? どうせ若いこと以外に取り柄がないんだから、このチャンスを有り難いと思って死ぬ気で篭絡してきなッ!!!」

 「はあ……努力はします」

 それこそ声の限りにがなり立てられるのがうるさ過ぎて、いちおう前向き(?)な返事はしたものの。

 (冗ッ談じゃない! わたしの人生、そんなくっっっだらないことで浪費してたまるもんですか!!)

 さっさと自室に戻りながら、無人の廊下で思いっきり舌を出す。

 なんせずっと前から婚約していた相手ですら、大事にしてもらえるとは限らないご時世だ。顔合わせもなしでいきなり嫁ぐなんて、はなから上手く行くわけがない。つまりは完全な捨て駒である。しかもあの、甘ったれでワガママなエリオットの踏み台として!

 よろしい、そっちはそっちで好きにすればいい。どれだけ扱いが悪かったとしても、雨風がしのげさえすれば問題ない。あとは隙を見て邸を出て、自営業で稼ぐなり修道院に行くなりしよう。せっかく居候の身から解放されるのだから、さっさと自立して自分らしく生きなければ大損だ。

 (よし、決まり! そのためにも、まずは持っていくものを厳選しないとね)

 今後の方針を決めたユーフェミアは、質素なドレスの裾をからげて走りだす。ヴァネッサの部屋に入った時とは打って変わった、弾むような足取りだった。



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