第20話 黄昏てみる
ブラバンの人はみんな知っていると思うが、ボギー大佐にはピッコロが活躍する部分がある。
夏休み前までは、伊都美がその部分を吹いていた。
裏の旋律は、ユーフォニアムとアルトサックス。スコアを見てないからわからないけれど、ホルンなんかも同じかもしれない。
亮の中学では、今、ユーフォもホルンもいない。だから亮が一人で支えることになる。当初はまともに演奏できなかったのを、伊都美が根気良く付き合ってくれた。
何せ亮は、楽譜の最初に書いてある四分の四と二分の二の違いも分かっていなかったのだから、伊都美は苦労したと思う。
まがりなりにも吹き通せるようになったことを、伊都美はめちゃ喜んでいた。
もう聞けないなと思っていたピッコロパートの音、それが自分の音の上にかぶさってきた。
指揮をする顧問の泉先生の演奏を止めた。
「サックスどうしたの」
「すいません」
驚いた亮はその拍子に、音をとばしたのだ。
フルートパートを見ると、史乃先輩がピッコロを頬の横に持ち上げ、ウインクした。
「亮君と音を合わせたくて練習してた」
帰り道、史乃先輩がちょっと照れたようにいった。
「伊都美ちゃんがうらやましかったから」
そこまでストレートに言われるとさすがに照れてしまう。
「火災警報、びっくりしたよね」
二人の時は亮の言葉遣いもちょっと変わる。
史乃先輩の方がぴくっと動く、やっぱり、亮の直感は正しかったようだ。
「なんで、ちょっと助かったけど」
「亮くんどっかに行っていなかったから」
史乃先輩は、そこで言葉を切った。
「新しい先生と、どこに行ってたの」
今度は亮の表情が変わる番だった。
「伊都美ちゃんね、私に相談してたんだ、先生のこと」
どこまで? 何を? どうするバックレるか開き直るか、亮の頭の中はいろいろなパターンを高速でシミュレーションしていた。
「私負けないから」
うわ、このセリフ前も聞いた。
「昨日上げたの使ってくれた?」
使ったけど、それは言えない。
「今はいてるのもあげよっか」
「先輩そんなこと言ってると、ほんとうに犯しちゃうよ」
「いいよ、楽しみ」
どこまで本気なのか。
「早く私のこと好きになってね、じゃ、また明日」
史乃は手を出した、握手? と思って手を出したら、グイっと引っ張られていきなりキスをされた。
家の前だって、また誰かに見られちゃうよ。
「大丈夫、うちの親は進歩的だから」
そう言って笑うと史乃は家の中に消えた。
進歩的ってどういうこと、もしそうでも中学生の娘が家の前でいちゃつくのは、ふつう許さないだろう。
亮は自転車にまたがると、勢いよく漕ぎ出した。
家に戻ると、着替えの下着としたの授業で必要なものをカバンに詰め込んだ。
テーブルには「今日は藤野先生のところ」とだけ書いておいた。
先生のアパートまでは自転車で十五分。
国鉄の踏切で、とめられた。ここは複々線、一度止められると結構長い。
後ろを振り返ると新幹線、頭の上には貨物を引く蒸気機関車。
ここしか見られない風景だということは亮はずっと知らなかった。
アパート行くのやめようか、西山連峰に沈んで行く太陽を見ながら、ふとそんなことを思った。
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