第16話 二人乗り

お盆が終わり、夏休みの部活も始まった。楽しかった日常が一転していた、理由はわかっている、伊都美の笑顔がないのだ。


「伊都美ちゃんいなくなって寂しいね」

 立石先輩が声をかけてくれた。それほど自分は落ち込んでいるのかと亮はちょっと驚いた。


 相変わらず薫とも、しんことも逢っている。むしろどうやってうまくごまかすかで苦労はしているぐらいだ。

 だから、女性に困っているというわけではない。


 それでも伊都美は別だったのかもしれない。

「今日、一緒に帰ろう」

 突然立石先輩に言われたのは、夏休みがもう終わるという日だった。

「亮君のところのお祭りあるんでしょ、一緒に連れてって」


 亮の住んでいるところには、由緒のある神社と、お寺がある。そのお寺のお祭りが今夜なのだ、参道に夜店が出る。


「いいですけど、遠いですよ。夜遅いと帰るのが」

「いいよ、送ってくれるでしょ」

 亮のアパートから、中学までは四キロ、その途中に立石先輩の住む街。

 亮は自転車で通っているけれど、立石先輩は朝は阪急電車で通っている。


 亮と帰るときは二キロほどの道を離しながら歩いて帰るのが普通だ。

 同級生の中には十三キロの道を自転車で通っているものもいた。

 学校のマラソン大会は十一キロ、彼は通学路の半分までもいかないと笑っている。


「始業式の用意して送ってくれればいいから」

「あ、そうですね」

 深く考えもせずに答えてから、亮は先輩の言った言葉が、とんでもないことに気が付いた。

「じゃ後で。上水流さんたちを巻くから、自転車置き場で待ってて」


 なぜみんなを巻かなくてはならない?

 みんなに隠れて何をする、亮はどことなく期待している自分の心に、ブレーキをかけた。



 ごめん、ちょっと待っててね、そう言って先輩は家の中に入った。

 亮は玄関先でやることもなく、待ちぼうけ。五分、十分、三十分。

 そろそろ夕方とは言っても夏の日差しは暑い。


 さすがに、声をかけて帰ろうかなっと思った時に、先輩が出てきた。

「ごめん、お待たせ」

 白地に赤や紺の朝顔が描かれた浴衣、帯はからし色。

 待たされた時間に対する不満が吹っ飛んだ。

「えへ、どう、似合ってる?」


 先輩は亮の前でくるっと回って見せた。

 可愛い、足元が草履でないのだけはご愛敬だ。


「髪は時間がなかった。草履は歩くと絶対に肉刺まめができるから、許して」

「許します、なんか見違えちゃった」


「はいこれ、暑かったでしょ」

 先輩はアイスキャンディーを差し出すと、袋を破り自分も口にくわえた。

 こういうところは薫たちとは違い、中学生だ。


 先輩は、荷台に横座りで乗ると亮の腰に腕をまわした。

 誰かに見られたら、なんて言い訳しようか、そんなことをちょっとだけ考えていたら、先輩が、ぎゅっと腕に力を入れた。


「怖かったですか? 自転車揺れた?」

「ちがうよ、亮君を離したくないだけ。亮君は伊都美ちゃんと付き合ってたから、今まで遠慮してたの」

「きゃ」

 びっくりした拍子にハンドルがとられかけ、思わずブレーキを握ってしまった。


 前につんのめった拍子にぴょんと飛び降りた先輩は、頬を膨らました。

「今度は怖かった、私じゃだめ?」

「まさか、そんなことありません。でも、急に言われたから」

「よかった、嫌われたらどうしようと思った」

 先輩は、本当にうれしそうに笑顔を見せた。


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