おかえり、ストロークホームス。
坂
第1話 ようこそ、ストロークホームスへ。
第1節 金色の稲穂と、ウサギと電車。
真っ白な部屋だった。
目の前で見たこともない女の人が泣いている。
美しい女の人だ。
ファンタジーに出てきそうな不思議な意匠の服に身を包み。
彼女は泣きながら僕に目を向けていた。
『お願い、滅びの未来を食い止めて』
ハッと目を覚ます。
僕は電車の中にいた。
ガタンゴトンと、緩やかなリズムで電車が揺れている。
妙に心地良かった。
僕は四人がけの席の窓際に座っていた。
窓の外では見たこともないような黄金の稲穂と、美しい青空が広がっている。
そして、空には奇妙な島が浮かんでいた。
「ここは?」
思わずつぶやく。
しかし誰も答える者は居ない。
と言うより、車内に乗客は僕だけだった。
一体何が起こったんだろう。
全然覚えてない。
確か今日はいつも通り家で寝たはずだ。
歯も磨いて普通に夜布団に入った。
明日は大学だなとか。
バイト疲れたなとか。
くだらないことを考えていた気がする。
そしてあの女の人の夢を見て。
気がついたらここにいた。
これは夢だろうか。
頬をつねる。
痛い。
夢じゃないのか?
窓の外を見る。
島が空に浮かんでいる。
これが現実?
混乱した。
おもむろに電車の窓を開く。
涼しい風が車内に入り込んできた。
幻想的な黄金色の稲穂が風に揺れている。
不意に、視界の端を何かが動いた。
思わず目を向ける。
僕の席の向かい側に金色のウサギがいた。
フワフワとした毛並みで、耳を動かしている。
「何でこんなところにウサギが?」
何気なく抱きかかえるとウサギはバタバタと手足を動かした。
しかし短い手足のせいか抵抗になっていない。
そのまま膝の上に乗せて頭を撫でると、やがて諦めたように大人しくなった。
よく見たら向かいの席の脇に旅行カバンのようなものが置かれていた。
随分大きなカバンだ。
革製のトランクケースで、洋風の装飾がされている。
このウサギの飼い主の物だろうか。
周囲を見渡すも姿は見えない。
「お前のご主人さまはどこに行ったんだ?」
尋ねてみるもウサギはそっぽを向いてしまう。
無視されているらしい。
まぁいいか、と僕はため息を吐いた。
今は人のことより自分のことだ。
電車の揺れも。
椅子の座り心地も。
まるで本物みたいに実感がある。
これが夢だとはとても思えなかった。
ふと思いつき、ポケットを確かめてみる。
するとゴツリと硬い感触が指に当たった。
奇跡である。スマホがあった。
取り出し、地図アプリで現在位置を検索する。
「あれ、出ないな。何でだ?」
よく見ると圏外だった。
田舎の方みたいだから電波がないのだろうか。
いや、そもそもここは地球なのか?
もし地球なら、あの空に浮く島は何なんだ。
死後の世界、と言う言葉が脳裏に浮かんだ。
僕が寝ている間に何らかの原因で死んでしまったとしたら。
ここは天国なのかもしれない。
だとしたらスマホが圏外なのも頷ける。
いや、と僕は首を振った。
その可能性は最後まで取っておきたい。
もしかしたら田舎には空に浮かぶ島くらいあるかもしれないじゃないか。群馬とか、鳥取とか、滋賀とか。北海道くらいなら浮島の一つや二つあるだろう。長野は。色々考えた。
すると不意に、車内音声が鳴り響く。
【次はストロークホームス。ストロークホームスに停まります】
「ストローク……ホームス?」
流れてきたのは、聞いたこともない街の名前だった。
◯
十分ほど電車に揺られ、やがて見覚えのない駅で電車が止まった。
【終点~ストロークホームスです】
どうやらここが終点らしい。
僕は立ち上がるとウサギを向かいの席に置いた。
「じゃあ元気でな。ご主人さまによろしく」
別れを告げて去ろうとすると、ウサギはピョンと僕の手元に跳ねてきた。思わず抱きかかえる。
するとウサギはまたピョンと跳ねてカバンの上に乗った。
何かを主張するようにピョンピョン跳ねている。
「ひょっとして、運べって言ってる?」
僕の言葉に答えるようにウンウンとウサギは頷いた。
マジか。
確かにカバンの主が姿を見せる様子はない。
何らかの事情で電車を降りたのだろう。
そして電車が発車し、戻れなくなった。
そう考えると辻褄が合う気がする。
「仕方ないな……」
これも何かの縁だ。
せめて駅員に預けるくらいはしてやるか。
仕方なくカバンを持つと僕は電車を降りた。
肩にウサギが這い上がってくる。
「めっちゃ重いなこのカバン……」
一体何が入っているんだろう。
普通の人が持てる重さではない。
こんな重いカバンを運ぶなんて、恐らくカバンの主は男だろうな。
電車を降りるとどこか見慣れた駅の風景が広がっていた。
遠目に見える金色の稲穂と浮島が妙に非現実的だ。
日本の駅のように感じるがどうなのだろう。
駅の表記は日本語だ。
車内放送の聞き間違いではない。
確かに『ストロークホームス』と書かれていた。
妙な名前の駅だ。
「『高輪ゲートウェイ』とか『虎ノ門ヒルズ』とかあるからな……これくらいはあり得るかもしれない」
駅のホームから改札へ。
田舎の駅と言うには大きく、都会の駅というには少し小さい。
中都市くらいの規模……という印象を受けた。
階段を降りて改札へと向かう。
駅員にさっさとカバンを渡して出てしまおう。
そう思ってふと気づいた。
「切符がない……」
考えれば僕は無賃乗車じゃないか。
事情を話すか?
いや、普通誰も信じないだろう。
僕の手元にあるのはこのスマホのみ。
やばい、まずい、どうしようもない。
そう思ったがあることに気がついた。
改札にカードリーダーがある。
いや、まさか、そんな。
「電子マネー……行けるのか?」
スマホに語りかけるとSiriが【すいません、よくわかりません。】と表記する。
そうだよね、ごめんね。
電波が無くとも交通系電子マネーは使えると以前何かの記事で読んだことはある。
ただ、電子マネーが使えたとしても入る際に改札を通っていないわけで。
どの道引っかかるのではないだろうか。
色々考えたが、無賃乗車を回避するにはもはやこれに賭けるしかない。
駅員には話しかけられない。
バレるリスクが跳ね上がる。
このカバンを持ったまま、改札を抜けるしか無い。
「南無三!」
半ば祈るようにスマホを改札のカードリーダーに押し当てる。
すると。
ピッ
いつものあの音がしてガゴンと改札が開いた。
あまりに嬉しくなってそのままそそくさと改札を抜ける。
大冒険した子供のような心地のまま、僕は街に出た。
駅を出ると大きな広場へと出た。
駅前によくあるようなバスやタクシー用の停留所かと思ったが少し違う。
大きなホウキを持った人がいる。
それも一人や二人ではない。
何人も当たり前のようにホウキを持った人がいるのだ。
中には三角帽を被った女の人もいる。
コスプレ大会でもやってるのだろうか。
ポカンとしていると、犬っぽい獣耳の人が目の前を通っていった。
「すごいな……何かのアニメの聖地とか? イベントかな」
異常な光景に驚いていると、女の人が不意にホウキにまたがる。
何をする気だ。
「まさかね……」
すると女の人はそのままふわりと空に浮いて飛んでいってしまった。
あまりに異常な光景に思わず「えぇっ?」と声が出る。
周囲の視線が集まり、奇異の目で見られた。
何だか恥ずかしくなって早足でその場を去る。
「何だったんだ、今の」
魔女っぽい格好をした女の人がホウキにまたがって飛んでいってしまった。
撮影か何かかと思ったが、どうもそうは見えない。
じゃあ、あれは一体何だったのだろう。
頭が混乱する。
頬を再度手でパンパンと打ってみるものの、痛いだけで何かが変わる様子はない。
少なくとも、幻覚ではないということだ。
一体どうなってるんだろう。
駅から遠ざかったところで初めて自分がカバンを持ってきたことに気がつく。
駅員に預けようと思ったのに、すっかり失念していた。
「こんな物持ってこれからどうすりゃ良いんだ」
一旦戻ってカバンだけでも預けるか。
迷っていると肩からウサギがピョンと飛び降り地面に着地した。
時折振り返りながら僕の二歩三歩先を進み始める。
「着いてこいってこと?」
他に行く場所も無い。
従うことにした。
ウサギに誘導されながら不思議な街を進んでいく。
最初は普通の街だと思っていたが、歩けば歩くほど僕の知る世界とは異なっているのがわかった。
空を飛ぶ魔法使い。
ケモノ耳の人々。
尖った耳の人や背の小さなヒゲモジャのおじさんまでいる。
普通に考えたらエルフとドワーフだよな。
建築物の意匠も日本のものとは少し異なって見えた。
所々不思議なデザインの家屋が目に入る。
オシャレなカフェのような、洋風な家々が並んでいた。
日本的なアパートもたまに目に入るが、和洋折衷と言う感じで節操がない。
道路には車が走り、空にはホウキにまたがった人が飛んでいる。
もはやここまで来ると意味不明だ。
もしここが死後の世界じゃないとするなら、あれは何なのだろう。
そう考えて『魔法』と言う言葉が脳裏に浮かんだ。
いや、まさかね。
すると、とある建築物の前で不意にウサギが立ち止まった。
どうやらここが目的地らしい。
ウサギに連れられてたどり着いたのは大きな店の前だった。
ただ、明らかにまだオープンされてないという感じだ。
看板を掛けるところはあるが、何も掛かっていない。
ショーウィンドウから中を覗く。
アンティークショップにも似た内装だ。
ただ、商品棚には何も置かれていない。
「何の店だろう」
ウサギを抱えながら首を傾げる。
試しにドアを開けようとノブに手をかけるも、鍵が掛かっていた。
「あのぉ、そこまだ開店してませんけど……」
背後から声をかけられ振り返った。
そこにいたのは自分より少し年上くらいの人間の女の人だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます