第3話 梟の止まり木

 そして次の日の朝。

 その日は祝日だったので学校も無く、私は自室でのんびりとペットの猫を撫でながら優雅に過ごしていた。


 ――そういえば、AとBはフクロギを見つけたのだろうか。

 ちょっと聞いてみようかと携帯電話を手に取った瞬間、少し慌てた様子の母親がドアをノックもせずに入室してきた。


 AとBが昨日から帰っていない。

 2人の行方を知らないか、という話だった。


 どうやらAとBの家族から、私の家に電話があったらしい。

 既に警察には相談済みで、そちらからも詳しい話を聞きたいとのこと。


 ――あの後、2人に何かがあったのかもしれない。

 そんな予想が頭に浮かび、私は思わず知らないふりをしたくなった。

 だが恐らくC子にも連絡がいっているだろうし、このまま言い逃れるのは厳しい。


 ……仕方なく、私は母に昨日のフクロギ探しについて白状することにした。

 すると普段はとても温厚で優しいはずの母は、珍しく私を大声で叱りつけた。


 たぶん、他人様よそさまの子どもが居なくなった事件に我が子が関わり、警察沙汰になったからであろう。

 しかし私だってあの2人の行方なんて知らないし、その後我が家にやって来た警察官にだって同じ説明をするほかなかった。



 結局、親と警察に夕方ごろまで拘束され、何度も何度も調書を取られた。

 せっかくの休日の大半を事情説明と説教についやされた私は、解放されて自室に戻るなり、電話を通してC子と愚痴を言いあっていた。


 C子も同じような状況だったらしく、こんな状況に巻き込んだAとBの悪口で盛り上がっていた頃。

 何気なくふと茜色あかねいろに染まり始めた窓の外を見ると、なんと田んぼのあぜ道をこの件の原因でもあるBがふらふらと歩いているのが目に入った。


 あいつ、あんなところで、こんな時間まで何をやっていたのだ。

 電話での会話で怒りが頂点に達していた私は、Bを見つけた、今から捕まえてくる。と言ってC子との通話を切ると、上着も持たずに家を飛び出した。



 やかましいほどに蜻蛉とんぼが飛び回るあぜ道を駆け抜け、真っ直ぐにBの元へ向かう。

 彼の足取りは覚束おぼつかず、どこかで転んだのか衣服は泥まみれだった。

 しかしその時の私はどうして家にも帰らず、私たちに迷惑をかけているのかという事で頭がいっぱいで、そんな身なりのことなんて気にしていなかった。


 荒い息を吐きながら、やっと追いついたBの肩を思いっきり掴み、強制的に引き留める。


 ――ちょっと、B。あんたたちの所為せいで警察沙汰になっているんだけど。


 そんな心無い言葉で次々と責めるけれど、相変わらずこいつは無言のまま。

 一発ぶん殴ってやろうかと、掴んだままの肩を無理矢理引き寄せ、こちらへと振り向かせた。


 ……Bの表情は、普段の彼のものとはかけ離れた――異様なものだった。

 恐怖、後悔、悲しみ、様々な感情がないまぜになった、少なくとも私が初めて見るような顔。

 一瞬で異常事態だと冷静になってしまった私は、やっとここでBに事情を尋ねるが、返ってくるのはぶつぶつと言う意味不明な言葉ばかりで、全く聞き取ることが出来ない。



 さて、どうしようかと思い、改めてBの様子を見てみる。

 先程の後姿では分からなかったが、BはAがフクロギの雑木林に持ってきていたバッグを必死に抱きしめていた。


 ――そういえばAはどうしたの?

 私はふと浮かんだその疑問を、どうやら無意識にそのまま口に出していた。


 今思えば、Bを発見した時点ですぐさま家族なり警察に連絡するべきだったと思う。

 私の迂闊うかつな呟きを聞いてしまったBは、急にスイッチの入ったラジコンの様に奇声を上げながらどこかへ走り去ってしまった。


 ……私は突然のことに唖然あぜんとしてしまい、その場に立ち尽くす。

 さっきまでふらついていたのが嘘のように、あっという間にBの姿は小さくなっていった。

 彼が視界から消えた頃にやっと我に返ると、急いで家に戻り、外でBを発見したことを伝えた。


 もちろん、再び警察官がパトカーでやって来て、また事情を説明することになった。

 ただしさっきと違うのは、今度はBが消えた先を案内する羽目になったこと。


 面倒事になった不満よりもBの奇行が恐ろしくなった私は、口頭で説明して今日はもう家に引きこもっていたかった。

 結果的には警察と一緒に来ていたBの両親に懇願されてしまい、仕方なく同行することになったが。



 昨日と同じく、夜のとばりが降りきった田舎道いなかみちを、警察官を含めた10人ほどでぞろぞろと歩いていく。

 もう早く見つかって欲しい。だけど、もうあんなBを見たくないという相反あいはんする感情が頭を占めつつも、先ほどBが消えていった方角にある、街外れの神社に向かう。


 田舎にある無人の神社なので当然のごとく誰の気配も無い。

 否、唯一の住民である朱色の鳥居に止まったカラスの鳴き声が、不気味さを更に増長させていた。


 もうここまで来れば後はもうお役御免おやくごめんだ。そう思った私は、神社の境内けいだいにあるベンチに座り、必死で捜索を続ける一同をぼうっと見つめていた。


 あぁ、どうして私がこんな目に、とつい愚痴をこぼしていると、視界の隅から妙な視線を感じた。

 なんだろう、絶対に私をているのに、何故か私を視ていない。

 そんな良く分からない感覚を覚えた私は一緒に来ていた母に声を掛ける。

 そしてさっき感じた視線の先、神社の裏手にある注連縄しめなわの巻かれたけやきの元へ歩いていく。


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