第82話 真白さんと横浜へ。横浜の夜の路地裏で男女二人、何もないはずもなく

 神崎との配信も終わり、オレの周囲が落ち着きを取り戻したある日のことだ。


 ダンジョンのキャンプ関連でオレができることは大体終わり、あとのことは中村さんに任せてあった。


 直近でやらなければならないこともない。

 しばらくぶりのゆっくりとできる時間だった。


 そのこともあって、オレは様々な約束を果たそうと思っていた。



 その日、オレは真白さんと買い物に行くことになった。


 場所は横浜だ。

 真白さんの住む栃木からはかなり遠くなってしまう。だが精霊騒動のときにゆっくりこれなかったこともあって、真白さんは来てみたかったようなのだ。


 真白さんには少し前に二つの依頼をした。

 一つは横浜において精霊騒動を広めるために、横浜の調査配信だ。

 もう一つは横浜の精霊騒動において、死傷者を出さないようにする一般人を護衛する配信だ。


 道理で言えばオレが一般人を守らなければいけない理由など何もない。

 だが、被害が出ることを知っているのに、さらに言えば近くにいるのに、意味もなく見過ごすのはあまり気分がよいことではなかった。


 ――自分のためだけに生きるって決めたのになぁ。


 まぁともかく、その依頼の報酬として、オレの時間を要求されたのだ。

 今日は一日真白さんに付き合うことになっている。



 オレは待ち合わせ場所のヨコハシカメラ前へと向かう。

 元々は改札前という話だったが、たしか改札は大量にあることもあって、駅からは少し歩くがわかりやすい目印の前で待ち合わせをしようということになったのだ。


 駅から待ち合わせ場所まで歩く途中で、たくさんの人とすれ違った。

 急ぎ足のスーツ姿の人や、幸せそうに笑いあうカップル。

 走り出した子どもを慌てて追いかける家族連れ。

 夏休みだというのに制服姿の女の子。

 これから練習試合なのかユニフォームに身を包んでラケットと鞄を持っている男子学生たち。

 犬の散歩をしているご老人。


 当たり前の、幸せそうな日常がそこにはあった。

 世間は絶賛夏休み中だった。



 それを見ると少し胸が温かくなる。

 救えてよかった。

 そう思う心を、オレは戒める。

 救ったのは結果でしかない。

 オレはオレのために行動したに過ぎない。ただそのついでに、他の人も救える道を選んだだけだ。


 こういうことに喜んでしまう感性は、いずれ自分の首を絞めることになるだろう。


 だけどそれでも――


 多くの人の、当たり前にあるはずの幸せが守られたことは、嬉しかった。



 横浜。

 そこはオレの記憶で言えば、死の都だった。



 低級精霊に乗っ取られ、意思をなくしたゾンビのような人間。

 無理やりこの世界にでてきたためか、半分潰れ、溶けかけたような精霊。


 控えめに言ってもそこはこの世の地獄だった。


 だが今回の世界ではそんなことになることはないだろう。

 それを知る者もいない。


 たしかに横浜の精霊騒動をオレは解決した。

 とはいえ、失敗していたらそこまで凄惨なことになると言い切れる人は、この世界にはいないはずだ。


 横浜がニューオーリンズのようになったか、それともそうはならないか、結果を見ない限り判断できるものではない。


 ニューオーリンズといえば、オレの動画を参考に、奪還作戦が始まっているらしい。

「Fool!」とか「Stupid!」とか叫んでいる外国人たちの動画がややバズってもいた。




 オレは待ち合わせ時間の10分前にヨコハシカメラ前についた。

 だが真白さんはまだ来ていないようだった。


 しかし。何かが近づいてくる気配を感じた。


「ハルカくんー。ここですここ!」


 ――あ、もういたのか。小さくて人に隠れて見えなかった。

 オレはその言葉を飲み込んで口を開く。


「待ったか?」


「いえっ……全然。今来たところです」

 真白さんはラベンダー色のひざ丈ワンピースを着ていた。

 胸元にはレースの飾りが施されていて、彼女の可憐な雰囲気が引き立っている。


 髪型はいつもと違った。

 前髪を少し残して、後ろでゆるくまとめられている。

 どこか優雅な印象が感じられた。


「そっか。じゃあどこか、行きたいところとかはある?」

「久々のお出かけなので、めいっぱい楽しみたいですね……!」

 真白さんはむんっと胸の前で拳を握った。


「じゃあせっかくだし、横浜っぽいところへ行くか。夕食は中華街にいくとして、お昼はどうするか。真白さん、まだ食べてないよね?」

「はい!」


「横浜青レンガ倉庫まで行って、ご飯食べてから買い物とかどうかな」

「あ! 名前聞いたことあります!」


 横浜青レンガ倉庫は、明治時代から大正時代に建てられた建造物を利用し、商業施設にしたものだった。


 そこで、子どもが大きな声を出した。

「あ! ハルカだ! ハルカだ!!」


「え? ハルカ? あ! ほんとだ!」


「真白ちゃんも一緒だぞ!」


 周りの人のほとんどが反応している。

 まだオレに国民のだれもが知るなどという知名度はないはずだった。


「横浜を救ってくれて、ありがとう!」

 その声で分かったような気がした。

 そうか、横浜だからか。

 オレが救ったこの場所だから、みんな知ってるのか。


「あの! サインを――!」

 高校生くらいの男子がそう声をかけてくる。


「ごめん! 今日はプライベートだから……!」

 オレはそういって、真白さん、行こう! と言って彼女の手を引いて走った。


「わ、わ! て、手を……!?」

 急に走りだしたからか、慌てる真白さんを連れてオレは駆け抜けた。


 探索者の足である。

 一般人が追い付いてこれるはずもない。



 オレは近くにあった眼鏡屋に入り、せめてもの抵抗でサングラスを買う。

 変装のためだ。


「あ! 私も買います!」と真白さんもサングラスを買う。

 子供が大人ぶってサングラスをかけているような真白さんになった。

 非常に愛らしい。


 会計の時に店員さんに「ご兄妹ですか?」と尋ねられた。


 真白さんは胸を張って嬉しそうに

「はい! 姉弟です!」と答えていた。


「今日は弟に横浜を案内してもらうんです」

 と真白さんがいうと、店員さんは困惑した様子を浮かべた後――

「そうですか。それはよかったですね」と流していた。


 絶対に真白さんが妹だと思われただろうけれど、真白さんが嬉しそうだし、まあいいか……。




 そしてサングラスをしたオレたちは再び横浜駅まで戻り、バスに乗って青レンガ倉庫へ行った。

 お昼はフードコートでオムレツライスを食べた。

 とても手際よく卵を焼いているのが印象的で、食べてみれば、また食べてみたくなるだろうな、という味だった。


 その後に二人で青レンガ倉庫を回る。



 そしてオレたちはとある雑貨屋を見つけた。

 様々な年代のアンティークなども置いてある店で、真白さんはキラキラと目を輝かせて早歩きで店内に入っていった。


 真白さんは興奮した様子で店内をぐるぐる見て回った後、小さなヴィンテージもののオルゴールを見つけたようだった。


 蓋を開けると内部に鏡がはめ込まれており、作動するオルゴールの機構を映し出して幻想的な雰囲気を作る。

 オルゴールの中心には小さなバレリーナのフィギュアがあり、メロディとともに優雅に流れ出す。


 流れる音楽はドビュッシーの『Clair de Lune』。

 日本では月の光と呼ばれている。


「みて! ハルカくん! すっごくかわいいよっ!」

 真白さんは普段使っている敬語も忘れてそう言った。


 オルゴールは歴史を感じさせる木製で、花や木などの繊細な彫刻がされている。


「いい品物だね」


「うんっ……!」


 オレは店員さんに向かって言う。

「すみません、これくださ――」

「わわわ! 大丈夫です! ハルカくん! これ結構高いですし」


「これくらい気にしなくていいよ」

「いやでも……」

 とオレたちが押し問答をしていると、四十歳前後くらいの店員さんが近寄ってくる。

 名札を見れば、どうやらこの店の店長のようだ。


「良かったら、プレゼントさせてくれませんか?」

 そう言ってくる店長さんに、オレと真白さんは驚いた視線を向けた。


「あなたたちがこの街を救ってくれたおかげで、僕も含めて多くの人が平和に暮らせています。これはそのお礼として、どうか受け取ってくれませんか?」


 店長は真摯さ感じさせるまなざしで二人を見てくる。


「えっと……」

 困ったように真白さんがオレを見てくる。


「……受け取ろう。真白さん」

 そう言ってオレは店長さんにお礼を言って頭を下げる。


 彼が最初からオレたちを注視していることに、オレは気付いていた。

 おそらく彼はオレたちのことに気付きながら、変装していることにも気づいて。だからそっとしておいてくれたのだろう。

 その証拠に彼はオレたちの名前も呼ばないし、小声で話しかけてくるだけで、他の客には気付かれないようにしている。


 オレは彼の気遣いに感謝をした。


 真白さんが口を開く。

「こんな素敵なものを、本当にいいんですか?」


「ええ。大丈夫ですよ。素敵と言ってくれてありがとうございます。この店の品はだいたい僕が選んでるから、嬉しく思います」


 そう言って店長さんは穏やかに微笑む。


「……ありがとうございます。大切にします」


「こちらこそ、お礼を言う機会をくれて、ありがとうございます。たくさんの人たちがあなたたちに感謝しているんですよ」


 そう言いながら店長さんは鮮やかな手つきでラッピングを施して、オレたちにオルゴールを渡してくれた。


「それではお二人とも、今日を楽しく過ごせますように」




 オレたちはその後も軽く青レンガ倉庫を周ったり、カフェに入ったりした。


 そんな感じで時間をつぶし、夕食を中華街で行なった。


 その帰り道の事だ。


 夜の闇を切り裂いて悲鳴が聞こえた。

 路地裏の方だ。


「ごめん。ちょっと見てくる。真白さん」


「私も行きます!」


 危ないかもしれない――と言いかけてやめた。

 もう真白さんは自分の身は自分で守れる強者なのだ。


 オレと真白さんは悲鳴の聞こえたほうへと駆けた。


 そこにあったのは想像とは違う光景だ。


 表通りから漏れる街灯りが照らす薄闇の中、男と女が対峙している。

 両者は武器を携え睨み合っていた。


 男は鎖鎌であり、女はカタナを携えている。

 男は怪我をしているようで、腕から血を垂れ流していた。


「ち……! 邪魔が入ったか。今日はお預けだ。その首を洗って待っていろ!」

 男が叫び、地を蹴る。ビルの壁を足掛かりにして三角跳び。

 建物の上に乗るとそのまま駆け去っていく。


「ハッ。そちらこそ覚悟をしておくのだな。そも、ワタシが手を下す前に他の者に殺されぬよう、努々ゆめゆめ注意なされよ」

 女は走り去る男の背にそう声を投げかけた後、オレたちをチラリと見ていう。


「あなた方、これから暫くは人気のないところには近づかないほうがよいと、心に留置きなさい!」


 彼女もまた、長いツインテールの髪をなびかせて路地裏の奥へと疾駆していくのだった。


「……なんだあれ」

「なんだったんでしょうね……?」

「いくらダンジョンができて治安が悪くなったとはいえ……」

 まだ夜の早い時間の、横浜だぞ?

 なんで路地裏で決闘なんかしてるんだよ……。



 オレは半ば呆れながらそう思った。

 今の二人の顔つきや雰囲気は、どこか、小早川沙月さんに似ているような気がした。





────────────────────────

あとがき


さ、リゾート編が思ったよりも長くなっちゃいました!

本当は箸休めのつもりでさっくり――という予定だったんですけども。


ということで新しい展開突入です!


面白そう! とか、ちょっと判断できないけど先も見てみるよ!とか、思った方はぜひフォローと高評価をお願いします!


あと目が二つついてる方や、鼻が一つの方、口が一つの方! あなたは私と同族ですね!

同族のよしみでフォローと高評価をお願いします!


どうか今後も、暖かい目でこの物語を見守っていただければと思います!


もちぱん太郎

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