第80話 さようなら神崎。また会ったらコラボしようね

 突如乱入してきた黒ずくめの二人の男。

 フルフェイスマスクで顔を隠した彼らとオレは対峙する。


 薄緑色のガスが、室内に充満していく。

 オレは抵抗力を弱めて、ちょっとだけそのガスを吸ってみた。

 体調に変化が訪れる。

 軽い幻覚症状と、身体の内部からダメージを与えられる感覚。

 吐き気が少しでてくる。


 なるほど。複数の状態異常の複合か。

 オレは先ほど『毒はないだろう』と判断したが、思ったよりも目の前の男は上手らしい。

 ガスの出る方向を操れるようで、神崎の方にはガスは向かっていなかった。


 まぁ、意識して抵抗力を弱めるという作業をやめただけで、無効化できたが。

 オレでなければ、かなり厳しい戦いを強いられただろう。


 大柄な見た目に反して、室内戦のエキスパートのようだった。


 もう片方の細身の男の手札も気になるが、あまり時間をかけても仕方ないだろう。

 オレは床を蹴って大柄な男に殴りかかる。


 大柄な男が軽くオレの拳を止める。

 さあ、今だ! 今だぞ! オレは伝わらないのを承知で大柄な男に念じる。


「今だ! カメラを壊せ……!」

 大柄な男が細身の男に命じる。すると細身の男は影の塊を配信機材に投げた。


 配信機材がめきゃ――と音を立てて壊れた。


「ああ! カメラが!?」

 オレは大げさに声を上げた。


 神崎が自分のスマホをみてニヤリと笑う。

「はは……ハルカくん。残念だったな。もう俺の勝ちだよ。もう、音も映像も外につながってない」


「く、くそ……! ちくしょう!」

 オレは破れかぶれな振りをして、壊されたカメラの破片を神崎に投げつける。

 破片は神崎のスマホに突き刺さった。


「君は、まだ悪あがきを続けるのか」

 神崎が冷たく言う。


 オレは自分のスマホを触る。

「ああ、本当だ……。配信が、終わってる……」

 オレはわざとらしく言いながら、天井の隅に設置した別のカメラに配信の出力を切り替えた。


【やっと見えるようになった……】

【めっちゃ部屋の中緑色やんけ】


 そんなコメントが流れ始めた。


「神崎さん……初めからあなたが、オレをハメる気だってのはわかってました……。でも、どうしてここまで……そいつらは、神崎さんが雇った人間なんですか!?」


【いやまさか。一応ちゃんとした会社の人間やぞ神崎】


「ははは。当然だよ。本当は君が最後にゴネ始めたとき用に用意したんだけどね。まさか君も俺をハメる気だったなんてね。正直誤算だよ」


【と思ったけどやっぱり犯人だな。手のひらクルーするわ】

【やっぱり神崎は悪人やな。ちゃんと結果を見てから責めるワイ将大勝利や】

【↑掲示板のノリでコメント、キツいっす】


「……やっぱり、高校生も、リゾート反対派も、神崎さんの手の……!」


「今までいろいろ協力してくれた人たちだったけど、あんなことになってしまうなんてね……。このまま何の手土産もなしでは、俺は終わりだったよ。だけどハルカくん、君からあの場所を……あのダンジョンを手に入れれば、面目は立つ。あの団体の支持者たちにも許してもらえる」


【あ、高校生もリゾート反対派も神崎の仲間なんか。こいつ、なんでペラペラ自供してんの?】

【カメラ壊したから。スマホでうつってないの確認したけど、スマホ壊されて確認する術なしだから】

【でもこれハルカくんやばくね?】

【ハルカくん強いから大丈夫だろ】


 オレはあの薄緑のガスを吸っているので、体調が悪くなっていることになっている。

 だからちょっと具合悪そうに口元を抑えてみた。


 神崎がオレの様子を見て、ニヤリと笑う。


 ああ、これあれか。

 オレがガス吸ってどんどん体調悪くなるの待ってるのか。

 だから無駄話してるのか。


「神崎さん……オレもあなたがやったことを少し調べましたよ……」


 そう言って、神崎の罪状を上げていく。


・土地の不正取得:リゾート地の開発に必要な土地を不正な手段で低価格で取得。

・地元住民への脅迫:リゾート地の開発に反対する地元住民を脅迫して黙らせる。

・賄賂:土地の取得や建設許可をスムーズに進めるために、地方公務員に賄賂を渡す。

・建設業者との癒着:建設業者と不正な取引を行い、リゾート地の建設を進める。

・違法な建設:安全面などの法規を無視した違法な建設を強行。

・情報の隠蔽:不正な活動や違法な建設の証拠を隠蔽する。

・契約の不正:リゾート地の土地取得や建設業者との契約において、不正な条件で契約を結ぶ。

・労働法の違反:建設作業員に対する適切な労働条件を提供せず、労働法を違反。

・インサイダー取引:リゾート地の開発情報を悪用し、株取引で不正な利益を得る。


「はは……。そこまで調べられていたとはね。ハルカくん。君は思った以上に有能な男のようだな。できれば部下に欲しかったよ」


【うわ。笑えねえ……】


 それから、きな臭い噂のあったリゾート地を片っ端から上げてみた。

 未来でそういう噂があった程度の確証しかないものだ。

 だが、毒が回るのを待ちたい神崎はしっかりと答え合わせをしてくれた。


「ああ、そうだ。それも俺だ」とか「いや、それは俺じゃない」とか「ああ。それは父さんがやった」とか。


【これもはや自首じゃね?】

【ダイナミック自供】

【親父ごと終わるの確定してるの笑うしかない】

【犯罪おかしすぎでは……?】


 常にカメラで撮られている意識っていうのは、重要なのかもしれないな……。

 オレは感知魔法を使って、撮影されてるかされてないかの判断ができるから大丈夫ではあるが。

 怪しげな電力などを持つものをサーチして、それが起動しているかどうかなどを調べて判断するのだ。

 オレのオリジナル魔法である。


 だから撮影や録音の可能性があるときは、できるだけ言質はとられないように話すことを意識してはいる。


 ちなみに神崎さんは話しているうちに、何かのスイッチが入ったのか、得意げに話し始めている。


 俺はこれで成り上がる! だとか、リゾート王になるんだ! とか言い始めている。


 表立って言えないようなことを話せるのが嬉しいのだろう。


 王様の耳はロバの耳ってやつに近いかもしれない。



「その後ろの男たちは、いったい誰なんだよ……。教えてくれないか、神崎さん」


「ああ、知りたいのか? まぁ自分を殺す男たちが、誰なのかは知りたいだろうな」


「……ああ」


 しかし男たちは首を横に振った。

 神崎とは違って、わずかな可能性でもリスクは負いたくないのだろう。

 プロ意識が高いな。


 そろそろ話すこともなくなってきたな……。


 そう思ったオレは、「うっ」と呻いて膝をついた。


「ああ、ハルカくん。ようやく効いたようだね。毒ガスだよ」


 神崎は得意げに言った。


「ハルカ君は俺から情報を抜き出したつもりなのかもしれないが……毒ガスが君に効くのを待っていたんだよ。君はそこそこ強いようだからね。俺と話なんかせずに、はやく戦えば、まだ勝つ可能性もあったかもしれないのにね」


 神崎が勝ち誇ってから、続ける。


「さあ。痛めつけろ。でも殺すなよ。まだ書類にサインをもらわなきゃいけないからな。ストーリーはどうするかな? テロリスト二名をハルカくんが頑張って追い返す――しかし毒を撃ち込まれ死亡。死に際に、コラボ相手の俺に、権利を譲った。そんな感じか?」


 神崎の言葉を聞いた黒ずくめの男たちがオレの方に迫ってくる。


 オレは彼らに殴りかかる。

 彼らは余裕でかわす――。だが、オレの狙いはパンチではない。

 フルフェイスマスクをはぐことだ。


 フルフェイスマスクが一枚、地面に落ちた。


 その中身は――。


 そこから出てきたのは特徴的な顔だ。

 歴戦の猛者――といった風格があった。

 顔には小さな傷が複数ある。

 アジア系の三十代半ばくらい。


【一瞬でマスクはぎとられてて草】

【あれ、俺どっかであの顔見たことある……!】


 オレも知っている顔だ。


 現時点でどうなっているかは知らないが、未来において彼は指名手配されている。

 一番大きな事件で言えば、そのガスを使って街一つを皆殺しにした。他国でも似たような事件を起こしている。


 それにより、彼には五百万ドルという賞金がかけられていた。


 事件を起こした理由はわかっていなかったが、今オレにはわかった。


 ――皆殺しにされた街の跡地。そこには、過去の悲しい記憶を塗り替えるため、という名目で、リゾート施設になったのだ。

 つまり未来においてこの男に指示を出していたのは――。

 もはや言うまでもないことだった。


【あいつ、リアルファントムだ! 元傭兵の! 五百万円の賞金首だぞ!】

【やばない? 悪徳探索者の指名手配犯!?】


 とコメント。

 どうやら今でも賞金首だが、まだ百分の一程度の金額しかかかっていないらしい。現時点でのドル円レートは98円前後だ。


 オレは殴り掛かってくるリアルファントムの攻撃を回避し、よろけた様子でもう一人のフルフェイスマスクもはぎとった。


「く……!」

 おそらく二十代後半。整った顔をしてる。

 こちらはナイトシェードと呼ばれた男だ。


【ナイトシェードだ……! ダンジョン管理ギルドの賞金首サイトで見た!】

【今見てきたら賞金二百五十万円だった】


 リアルファントムが言う。

「ち……。見られちまったかよ。じゃあもう喋っても問題ねえな。余計なことしてねえで、さっさと神崎さんの言う通り書類にサインしようや。坊ちゃん」


「そんなのするわけないだろ」


「じゃあ少し、痛めつけねえとならねえな……」


 神崎が言う。


「高田、殺すなよ。でも少し痛めつけてやれ。登録者多いからって調子に乗ってる配信者は少し痛みを知ったほうがいい」


 高田というのは、リアルファントムの苗字だったはずだ。


 神崎はもはや勝ちを確信してる様子だった。

 その神崎の前で、オレはリアルファントムを殴った。


「え、速……あぁあっ!」

 そう言い残して、リアルファントムは壁にめり込んだ。


「は……?」

 神崎が両目を大きく見開く。


 そして、反対側の拳をナイトシェードにぶち込んだ。

「くっ……!」

 スピード系の彼はその攻撃に反応して、影の短剣で防御をする。

 しかし短剣ごと無理やり殴って押し切った。

「ぐああああっ!」


 ナイトシェードも壁にめり込んだ。


「あと神崎さん。伝えてなかったけど、あっちにもカメラあるんですよ」

 オレは天井の隅を指さした。


「…………あ、え? え……?」


「あんた、もう終わりだよ神崎」


「…………嘘だ」

 神崎は目元を抑えて言う。


「本当ですよ。神崎さん」


「………………嘘だ」


 オレはスマホで設定をいじって、コメントの音声を外部出力モードにする。


【神崎マジ悪人でヤバい。草って言いたいけど草っていっていいかわからん……】

【たくさんの人を泣かせてるよな……。なんでこういうのが野放しなんだ】


 そのコメントの音声によって、神崎はようやく理解したようだった。


「ああああああああ!!!!」


「どうました神崎さん」


「なんで、クソ……! なんでだよ……!」


 神崎――発狂。




「……オレ、何かやっちゃいました?」



「何かやっちゃったじゃねえよ! クソ……! クソ……! お前は、お前だけはそのセリフを言ったらだめだろうが! ああ、もう終わりだ。終わりだよ……」


「あとお父様の実績も、わかってる分は後ほど公開させていただきますね」


「親父は、関係ないだろうが……やめてくれ……」


「そのお父様の悪行を一番多くバラしたの、現状は神崎さんですけど?」


「ああ、あああ…………」


 人生が崩壊した神崎を横目に、オレはカメラの先の視聴者のほうを見る。


「ということで皆さん。大手リゾート会社でもこんな人はいるんですね……! でも私ハルカの『遥かなるミライ』は、クリーンに運営します! キャンプ場を開いたら絶対来てね!」


 手を振ってみる。


「『遥かなるミライ』は不当な違法行為を許しません! ということで、ネットのみんなも見てるかな!? 一定のラインを超えたみんなには、開示請求するから、よろしくね!」


【マ?】

【まぁハルカは詐欺師だとか死ねとかいっぱい書いてあったしな……やろうと思えばマジで大量に開示請求できそう】


「法廷で僕と握手!」

 という言葉で〆た。

 配信を閉じる間際に『ごめんなさい』とか『本当にはやらないですよね?』などというコメントが結構な数来ていた。

 だがまあ、それはいいだろう。


 視聴者数もかなりの量を稼げたし、来客もかなり見込めるんじゃないだろうか。

 現状あるのは自然をウリにしたキャンプなので、建物などはいらないのだ。

 アウトドアギアなどをレンタルで貸し出せば、ほぼ無尽蔵に客をいれることができる。


 もちろんトラブルの解決などのために、それに見合った数の探索者を雇う必要はある。だが、それはギルドで評判のいい探索者を一日いくらで雇えば問題はないだろう。


 となると、次はリゾートのノウハウか。

 今回の事件でエデン・パラダイス・リゾートはガタガタになるだろう。そこから何人か引き抜いてみるか。犯罪行為に手を染めておらず、有能な人間を探してみるか。


 それと施設などの建物だな。

 そこではたと思い出す。

 八神義之を。


 八神義之――それは大手建設企業の創業者だ。

 横浜の精霊事件のときに容疑者としてあがった人物であり、オレは告発動画を作りはした。だが、松原凌馬が怪しすぎたこともあって、動画は表に出さずにそのままになっていたのだ。

 彼の会社はまったくのクリーンとは言わない。だが他の建設企業と比べて、それほど悪いこともしてなさそうなのだ。


 建物は彼にお話しをして、なんとかするとしよう。

 きっと協力的になってくれる気がする。



 ちなみに神崎誠だが、この動画の後しばらくして彼は無事逮捕された。

 彼の父親も同様に逮捕である。

 神崎誠の非合法な手法は、父親譲りのものだったというようなニュースが後日流れた。


 父と母の強い期待と、人間的な温かみある家族愛などとは縁遠い家庭で育って何とか、現代社会の闇、エリートの闇、のようなニュースも作成された。


 彼らと縁のあった政治家たちは突如急病になり、緊急入院することになった。古典的な政治家の技である。


 またエデン・パラダイス・リゾート社の株価はストップ安が続いた。

 イメージで売っているリゾート企業として、今回の事件でのイメージ低下はかなり厳しいものがあったらしい。

 実際会社は今回の件には関与していなかった。だが、神崎がやっていた非合法な手段を黙認していたようなのだ。

 結果、エデン・パラダイス・リゾート社はその規模を急速に縮小することとなった。

 倒産するのもそう遠い未来ではないだろう。





 それから数日が経ち、オレはリゾート施設の建設依頼なども済ませた。

 キャンプ地の仕事をThitterでリクルートした中村さんに投げた。

 中村さんは前回の世界線で、オレと同じブラック事務所に所属していた男だ。

 彼はオレより先に心を病み、退職した。

 事務面でかなり有能な男である。


 ひと段落がついたオレは――そろそろ約束を果たさねば――と思った。

 真白さんとの買い物。

 小早川沙月さんの剣術稽古。

 鉄浄さんの鍛冶の指導。


 璃音おすすめの映画を見ることは、100倍速再生アプリケーションが完成してからでいいだろう。プログラム会社に今発注を出しているところだ。これは速度を2~200倍などにして、探索者向けに売り出そうかと思っている。


 まぁ、そんなことはどうでもいい。


 オレは約束を果たそうと思って連絡をしたのだが、小早川沙月と連絡がとれなかった。


 その数日後に小早川沙月から直筆の手紙が届いた。

 内容は、要約すればこのようなものだった。




『遥さんの事務所に入りたいといった言葉、取り消します。今までありがとうございました。とても楽しかったです。あなたは嫌がるかもしれませんが、これからもあなたは私の心の師匠です』



────────────────────────

※2023/10/29 内容を変更しました。


あとがき


皆様、ここまでお読みいただき、心からの感謝を申し上げます!

ブクマ・高評価・応援コメントでの応援をよろしくお願いいたします!!


ブクマ数が増えてると嬉しいです!

★が増えてるとモチベがあります!

ここが楽しかったよ! と応援コメントをもらうとやる気がみなぎります!


ですので、応援よろしくお願いします!!


とりあえず、神崎お兄さんはさようならです。

過去の悪事もすべて明らかになってしまいましたね!

大人気になれたよやったね!


まぁ他のリゾート会社はブラックやグレー結構あるよ! 僕のところは大丈夫だよ! としつつ、知名度を稼げたので、たくさん人が来るんじゃないでしょうかね……?


どうか今後も、暖かい目でこの物語を見守っていただければと思います!


もちぱん太郎

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