第69話 サトーの謀略と、秘策の一手
スーツを着た、いかにも仕事のできそうな男、佐藤が柔らかく微笑む。
彼はすでに遅延配信で彼の犯罪が露見することになるというのに、焦っていなかった。
「もう一度聞くぞ。佐藤。どうしてこんな、モンスターを召喚するなんてことをしでかした?」
佐藤誠一郎は、ハルカの方を真剣に見つめながら、言葉を紡ぎ出す。
「ハルカくん、まず、この場所を手に入れたことは、君にとって本当に素晴らしいことだと思う。とてつもない幸運だ」
彼は軽く息をつきながら、続ける。
「でも、君が気づいているかどうかは判らないけれど、このリゾートダンジョンはただの土地以上のものだよ」
オレは無言で先を促す。
「この場所が人々にどれほどの喜びをもたらすことになるか分かるだろうか?」
佐藤は手を広げ、辺りを示した。
「私はこの場所を最大限に活かすことができるのだと信じている。君が手に入れたこの場所には、計り知れないポテンシャルが眠っている。そして、持ち主にはそのポテンシャルを引き出す義務があるんだ」
彼は少し視線を落として考えるように見えた。
「僕が心配してるのは、こんな特別な場所を、たくさんの人が喜ぶためにどう活用するか。たまたま手に入れたからといって、それを最良の方法で使わないのは、人々に対する裏切りに他ならない」
再びハルカの目を真っ直ぐに見つめる。
「考えてもみてくれ。この地を訪れた家族や恋人、友人のグループ。みんなが笑顔になる。とても素敵なことだと思わないか?」
彼の眼差しは真剣そのもので、彼が語る言葉には熱が込められていた。
「私が心の底から求めているのは、最高の経験を得られる場所をつくること。それは少ない人数のエリートだけでなく、多くの人々にとって、そうなる場所だ」
演説のように佐藤は言う。そして、彼の一人舞台は続く。
「このダンジョンの真の価値を理解して、それを最大限に活かすためのサポートや知識、僕たち大人にはそれがある。だから、ハルカくん、君のこの大きな運命のギフトを、一緒に最高のものにしようと思わないか?」
彼の言葉は、真摯さと誠実さに満ちていた。
コメントのいくつかが目についた。これは佐藤の今の発言に対するものではなく、佐藤を疑い後をつけているときの向けたコメントだ。
【佐藤さんは誠実で、皆を楽しませることに真摯な人だからさ。悪いことなんてしないよ】
【まあさすがに今回はハルカの勘違いかもしれないよな……】
【相手が子供だからってバカにしたりしない、誠実な人だもんな】
「僕は誠実に、この場所の未来を考えている。一人の高校生の気まぐれでそれが失われることを望むわけじゃない。僕の提案は単純だ。私の知識と経験を活かして、この場所を最高のものにしようじゃないか」
佐藤がオレに向かって手を伸ばす。
オレはその手を無視して、佐藤の目を見ながら言う。
「佐藤、なんかすごい綺麗ごと言ってるけどさ。お前ここでモンスターを召喚して、オレのせいにしようとしたよな?」
「ああ、僕はそれがいいと思ったからね」
佐藤は一切悪びれずに言う。
【佐藤さんが悪だくみとかするわけないよ】
そんな周回遅れのコメントが聞こえてくる。
【こういういい外面しか見せてない男は、絶対悪いことしてる!】
決めつけコメントも一部あった。
正解だ。
オレの目の前に佇む佐藤は、その瞳には揺るぎない信念が映っている。
ネット上では彼を擁護する多数の声や、疑念を抱く少数の声が交錯している。
だが、この場所での対峙は、オレと彼の間のものだけ。
「ハルカくん。君が手に入れたこの場所は、君がどれだけ真剣に取り組んでも、大人の経験と知識がなければ、活かすことはできないよ」
佐藤は言葉を選ぶようにして語る。
「僕はそのサポートをしてあげたかったんだ」
オレは鼻で笑う。
「外面取り繕うのうまいな? その裏で薄汚いことをしてオレからこのダンジョンを取り上げようとしたんだろう? モンスターが出たなんて騒ぎになれば、ギルドにここを取り上げられるかもしれない」
「確かに、モンスターを使ってのアプローチは失敗だった。でも目的は変わらない。この土地の真の価値を最大限に活かすためには、僕の力が必要だ」
佐藤は落ち着いた様子で言う。しかしその目の奥には狂信的な輝きが見て取れた。
「つまりさ、あんたはこういいたい訳だ。こんないい場所はガキには勿体ねえから、オレが使ってやるよ。そういうことだな」
「違うな。使うのは僕じゃなくても構わない。君よりまっとうに扱える人間が持てばいい」
「ふむ」
「ここは素晴らしい場所なんだ――。だから、多くの人を楽しませなければならない。そのために、君一人が泣くくらいなら仕方のないことだろう?」
ああ、こいつ頭おかしいわ。
「ばっかじゃねえの?」
「これは配信されているんだよね。ハルカくん」
言ってから佐藤は大仰に手を広げた。
「視聴者の皆さんもそう思いませんか? 子どもが無駄に使って無駄にするより、適切に管理してみなさんが楽しめる施設を作るべきだ! 彼はこんな素晴らしい場所を独り占めしようとしている! ワガママな子どもに、世界的にも貴重な場所を好きにさせていいんですか!?」
おかしなレッテル貼りだ。論理で考えれば明らかに異常。通るわけがない。
オレが購入した場所なのだから、独り占めしたところで何の問題もない。
だが彼の論を借りると、オレはワガママな子どもということになってしまう。
加えて、彼のさわやかな風貌と、口調からすれば、支持してしまう人は一定数いるだろう。彼の堂々とした悪びれの欠片すらない姿は、一定の説得力があった。
ワガママな子どもが貴重なものを独り占めするのか、それとも子どもに好きにさせて無駄にしたほうがいいのか、そんな議論の方向にもっていこうとしている流れを感じる。
レッテル貼りにはレッテル貼りだ。
お前を再起不能にしてやるよ――佐藤。
「佐藤。お前はカズヤという探索者を送り込んだな?」
佐藤は少し考える様子を見せてから言った。
「…………ああ。それがどうかしたかな。君の足止めをしようとしただけだよ」
「送り込んだのは認めるんだな」
実際にスマホの履歴で確認はできるのだが、本人の口から認めさせたかった。
「そんなことは大した問題じゃない。もっと視野を広く持つといい、ハルカくん。君は自分のワガママで、こんな場所をただのキャンプ場で終わらせるつもりなのかい?」
ただのキャンプ場で終わらせるつもりはさらさらないし、次の手段も考えている。
だが、
まともに話してしまった時点で、佐藤の擁護者は生まれるだろう。
たとえば裁判では、イケメンだったり美女だったりすると、罰が軽くなるらしい。
人間なんてそんなものでしかない。
オレにはこいつを一発で黙らせる力がある。
それは暴力ではない、言葉の力だ。
【佐藤さんはほんとうに真摯で、みんなを楽しませることをちゃんと考えてるんだ! 何かしたとしても、何か理由があるはずなんだ!】とコメント。
オレはそんな視聴者に向かって叫ぶ。
「みなさーーん! こいつロリコンですよーーー!」
佐藤が一瞬呆けた顔をする。
「……は?」
「まずカズヤを送り込んだのはあなたですね。佐藤さん」
「そうだが、それがロリコンと繋がるのが意味不明だ。論理で考えられないのか君は」
レッテル貼りに論理なんていらない。
必要なのは決めつけと勢いと、それっぽい説得力でしかない。
「カズヤから聞いたぞ? 佐藤さんが『真白って子をナンパしてこい』と言ったとな……!」
「だからなんだ? 僕がナンパしたわけじゃない」
彼は鼻で笑う。
「いいや。違うね。真白さんは十歳くらいに見える。違うか?」
「……確かにその通りだ。だけど、それが何になる?」
「あなたのような立派な大人ならば――そんな子を相手に、ナンパするという発想は出てこない……!」
「いや、だからそれはカズヤを――」
オレは食い気味に言って相手の反論をつぶす。
自分でやっておいてなんだが、こんな話し方をしている人間がいたら気を付けたほうがいい。そいつはマトモなやつじゃない可能性が高い。
「つまり、佐藤。あんたにとって、十歳に見える真白さんは、ナンパに値する立派な女性ということだ……!」
「いや、そんな女性には――」
「あんたは真白さんが女性じゃないっていうのか!?」
「違う。彼女は確かに女性だが――」
「ほらな! 十歳に対して立派な女性と評価するあんたが、ロリコンでなくて何がロリコンだ!」
自分でやっておいてなんだが、こんな話し方をする相手に論理で話そうとした方が負けである。
相手を説得しようとしても無駄なのだ。
だってオレは彼の話の筋が通っていようがいまいが、一切聞く気がないのだから。
彼にロリコンというレッテルを貼り付ける。それだけのために動いている。
人間は肩書に非常に影響される生き物だ。
佐藤誠一郎――彼の評価を担保しているものは、イメージの良さだ。
国立大学主席という肩書。コンサルから転身して、視聴者の楽しみを一番に考える人気配信者。誠実。さわやか。清潔感がある。などなど。
しかし、ロリコンであるというだけでそれらは一気に覆る。
どんなに説得力のあることを言ったとしても――。
『でもあなた、ロリコンですよね?』という一言でつぶされる。
もし彼が正しいことを言っていたとしても、その一点で評価がガタ落ちして発言まで信用されなくなるのだ。
現代社会において、ロリコンはきっと七つの大罪の一つと言っても過言ではない程に、忌避されているのだ。
あとは彼の発言をすべて汚染する――。
「そんなことより、多くの人が楽しめる場所にする。そのほうが、人類全体の幸福度は上がる。君が子どものわがままで独占してもいい場所じゃないんだ。わかるかいハルカくん」
でもあなた、ロリコンですよね?
「つまり小さい子が喜ぶ場所にして、集めたいってことだな!? 佐藤!」
オレの発言の勢いで、視聴者が『もしかしたら佐藤はロリコンかもしれない』と思ったらもう勝ちだ。彼の発言の真意は全部そっちへあると思われていく。
ネットでは悪意のある愉快犯が勝手に誘導してくれるだろう。
話を聞かないオレに対し、佐藤は呆れたように言った。
「違う。そうじゃない。なんでわからないんだ」
よし。
これで彼はロリコンかつ犯罪者というデジタルタトゥーから逃げられなくなった。
何を言っても『でもあなたってロリコンですよね?』で返される――そんな人生を送ることになるだろう。
「続きはカズヤとともに警察署で供述するんだな」
オレは地面を蹴って、佐藤の腹部を軽く撫でるように押した。
「ぐえっ……」
佐藤はそんな声を口から漏らして沈黙した。
とりあえずキャンプ地の平和は守られた。
未だに雑魚モンスターを沸かせ続けている、湧きの石灯籠を掴んでマジックバッグに押し込む。
しかし、湧き続けたモンスターたちは消えはしない。
雑魚とは言え大量に出過ぎた。
これがキャンプ地で暴れまわれば、このリゾートダンジョンの価値は低下してしまうだろう。
「来い。月子――!」
オレは言って指を鳴らす。
ちなみに全く必要のない動作だ。
空に浮かんだ月が光った。
夕陽は完全に沈み切り、夜の闇を照らす一つの球体。
天空より降る月明りが集まり、一つの姿を形どる。
それは巨大な
犬は四つの足で器用に着地すると――
「ハッハッ――」と荒い息を吐く。
「月子――狩りの時間だ。ネズミ一匹残すなよ」
月子が月の光を浴びながら、たくさんのモンスターを切り裂いていった。
なんとなく、オレは直感で、エデンなんとかという会社の男がこの件に関わっている気がした。
あとで璃音に頼んで、調べてもらおう。
だがその調べた情報をそのまま出すのでは芸がない。
もし彼が関わっているのであれば、何かに利用できないだろうか――。
できれば配信したい。
そのタイミングで、周回遅れの佐藤擁護のコメントが目についた。
『佐藤さんはすごく真面目な人だから! こんなことまでされるなんて、ハルカはこのダンジョンを持つのに相応しくないに決まってる!』
オレは思った。
あとでその人のIDと、前回佐藤を擁護した人のIDで、検索をかけようと。
事実が分かった後、どんなコメントをするかに多少興味が湧いていた。
彼らは佐藤の謀略と、ロリコン疑惑が生まれた後は、二度とコメントを書き込むことはなかった。
◇名前: 佐藤誠一郎 (Sato Seiichiro)
◇年齢: 32歳
◇性別: 男
◇外見:
特徴: 中肉中背で眼鏡をかけた知的な風貌。落ち着いた色調のスーツを好んで着用し、常に品のある振る舞いをしている。
◇背景:
経済学部を首席で卒業。
大手コンサルティング会社に数年間勤務。
独立後、YouTuberとして「310(サトー)のえんためチャンネル」を運営。
ビジネスや経済の解説動画で人気を博す。
企業とのタイアップやコラボレーションが増加。
リゾート開発や観光業界との関わりを深め、ダンジョンリゾート開発に興味を持つようになる。
◇特技・スキル:
ビジネス分析: 経済の流れやビジネスのトレンドを迅速にキャッチし、分析。
交渉力: 多くの企業との取引成功実績あり。
プレゼンテーション: 視聴者を魅了する技術。
◇性格・人物像:
行動原理は『みんなを笑顔にしたい』
ビジネスの成功を追求し、グレーな行動もためらわない。
根底には「多くの人々に楽しんでもらいたい」という情熱があり、それを最優先。
◇その他:
観光地の楽しみ方などを解説しているため、家族やカップルからの支持を受けている。
ビジネスの成功哲学や経済知識を動画に盛り込んでいることもあり、ビジネスマンや経済に興味のある若者から支持を受けている。
またその華々しい経歴や清潔感のある様子から、女性からの支持も多い。
反面、難しそうといった理由で子供からの人気は薄い。
◇『310(サトー)のえんためチャンネル』の方向性:
観光地の魅力解説
ビジネス&経済解説
リゾート&観光業界の深掘り
実践型ビジネス企画
賛否対立の取り上げ
ビジネスチュートリアル
◇配信者としての魅力:
知的な外見とは裏腹に、情熱的な「楽しさ」の追求。
「楽しさ」を伝える能力を持つ。
視聴者が楽しみながら学べる内容を提供する。
────────────────────────
あとがき
皆様、ここまでお読みいただき、心からの感謝を申し上げます!
佐藤はみんなを笑顔にしたいだけの、優しい子です。
でも、みんなのためなら少数を犠牲にしてもいいよねって思ってます!
それをハルカがかなりひどい方法で返しました。
多分佐藤さんの何かが気に障ったんだと思います!
楽しめたよー、次も読むよーって方は、フォローと★をよろしくお願いいたします!!
どうか今後も、暖かい目でこの物語を見守っていただければと思います!
もちぱん太郎
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