第40話 《SIDE:水無月璃音》

 はじめはビー玉だった。


 幼い水無月璃音みなづきりおんは、きらきらと輝くビー玉ソレを見て、少しキレイだと思った。


「ねえ、お母さん! 見て!」


 しかし――。


「そんなこと気にしてる暇あるの!? そんなことより、お勉強しなきゃでしょ!」


 そう言って母親はビー玉をもぎ取って、床にたたきつけた。


 昔、そんなことがあった気がした。




   ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 璃音はただなんとなく、スカウトされたからという理由だけでアイドルをやっていた。


 自分に対して、キレイだとか賞賛の言葉を並べ騒ぐファンは嫌いではなかった。さりとて好きなわけでもなかったが。


 アイドルはダンスパフォーマンスや歌唱力などをあげるために、探索者として少し訓練を積む。


 そのとき、水無月璃音はギフトに目覚めた。

 雷に変化するそのギフトは、物理では無敵だった。


 あるとき璃音はインターネットに入り込めることに気付いた。

 興味本位で入り込み、いろいろな情報を見聞きした。


 ある日、コラボの相手として一緒に仕事をしたアイドル『フローラルハーモニー』の様子を見に行った。

 彼女たちは本番もリハーサルも頑張っていた。

 アイドルとしてキラキラ輝いていて、ほんの少しキレイだと感じたから、気になったのだ。


 そこで見たのは事務所で虐げられている彼女たちだった。


 新曲の売り上げが劣っているからと、事務所のプロデューサーから過度な練習をさせられ暴言を吐かれていた。


 そして、当時人気だったアイドルグループの先輩からもハラスメントをされていた。公共の場での露骨な無視や、楽屋での嫌がらせ。さらにはSNSでの誹謗中傷だ。



 それを見た璃音はなんとなく、ただ自分がちょっとキレイだと感じたアイドルモノが汚された気がした。


 だからいじめの動画を暴露してみたのだ。




 そうしたら――。


 大炎上した。




 そこで水無月璃音は快感を覚えた。

 炎上させたことに――ではない。


 炎上自体はどうでもよかった。

 少しキレイだと思った『フローラルハーモニー』もあまり興味はない。


 水無月璃音の関心を引きつけたもの、それは――。



 ――いじめをしたアイドルだった。



 彼女という悪が罰されたから?

 いいや、そんなことすらどうでもよかった。


 いじめをしたアイドルを美しいと感じたのだ。



 普段は可愛らしく美しい顔を見せたアイドルだった。


 桜矢花恋。

『みんなの妹』とされている可愛らしいアイドルだった。

 いつも純粋で明るいイメージ。


 しかし、彼女は事務所やアイドルの力関係をしっかりと把握しており、自分の地位を脅かすものを潰しにかかる人間だった。


『みんなの妹』が他のアイドルの私物を裏で故意に破壊するシーンを流してあげた。

『みんなの妹』が後輩アイドルの顔をカッターでひっかき傷つける様をネットに流した。


 桜矢花恋はそのあと必死になって暴露した犯人を捜していた。

 彼女は当初否定の立場をとっていたが、他のアイドルから証言や更なる証拠が出てきたことで事態は一気に拡大。

 泣きながらの謝罪会見を行い、活動は一時休止。


 その涙は切実に見えたが、涙を流しながらも怒りで口元はひくついていた。

 裏では犯人探しに熱を上げ、家族に暴言をはいていた。

 また彼女の検索履歴もよかった。

『炎上対策 方法』からはじまり、『公式謝罪文の書き方』『桜矢花恋 炎上』『ネット 暴露 犯人 探偵』『復讐 殺し方』などなどだ。


 普段はかわいく美しい桜矢花恋が必死になっていた。

 炎上し、もうアイドルとしてやっていけないかもしれないという恐れ。

 暴露した犯人への強い怒りと、それを押し隠している様子。


 さまざまな方向に揺れ動く、本物の強い感情。

 それを感じさせてくれる行動。


 その様子を、心の動き全てを美しいと感じた。

 だからみんなにも見てほしいと思ったのだ。

 水無月璃音の見つけた、きらきら輝くビー玉を。


 それらの様子も、手に入れられたものはネットに晒してみた。


 ネット民は大盛り上がりを見せた。


 だけど楽しそうに桜矢花恋を叩くだけだったり、桜矢花恋を無理やり擁護していたりしているだけだった。


 ――違うんですよね。そう・・じゃあ、ないんですよねえ。


 それは水無月璃音の期待した反応ではなかった。


 そのせいか、璃音は――ついでとばかりに、事務所のプロデューサーの行っていたパワハラなども晒した。


 普段は強気で周囲を威圧しているプロデューサーがすっかり弱気になって、泣きながら謝罪をしている姿もまた、美しいと思った。


 だがその意見の賛同者は誰もいなかった。

 まあ、そんなものか・・・・・・・・・と思った。



 水無月璃音は自分が何を『美しい』と感じるか探るために、様々な事件を暴露していく。


 捏造もアリかな? と思って、他の暴露系配信者が行っているものを見に行った。

 だが、違った。


 捏造で表に引きずり出された感情は美しくなかった。


 ――ああ、そうなんですね。本物の、人の心の動きを、私は美しいと感じるんですね。


 そこまでは突き止めたが、なぜか満たされなかった。



 ――悪い行いも、善い行いも、真実を白日の下に晒しましょう。


 ――そうしたら、そのうちきっと、欲しいものが何かわかるかもしれません。




 そして表ではアイドルを続けていた。

 そんなとき、シークレットライブで水の精霊が現れて襲ってきた。


 死ぬ気はしなかった。

 怪我くらいはするかもしれないが、いざとなれば雷となって逃げればいい。


 しかし、助けが入った。

 それは同じ年くらいの男の子だった。


 強い探索者だということはわかる。

 だが、それだけだ。


 多少の感謝はした。

 だが、それだけだった。


 しかし、水無月璃音が電脳の影サイバーシャドウであることを知っていた。

 ――痕跡は何一つ残していないはずなのに。


 そのことには、興味をひかれた。


 その日のうちに身体を電気信号に変換し、インターネットに潜って彼を調べる。


 連絡先に書いてあった電話番号からすぐに本人を特定した。


 風見遥。高校一年生。ダンジョン配信者。

 家族構成、最近の付き合いetcなどなど


 過去の記録をさかのぼって調べてみる。



 信じられなかった。


 精力的に行動をし、動画投稿もし、配信事務所まで作る信じられないほどの超有能高校生。

 さらに、人間が起こせないような奇跡を四つも起こしている。

 直近では、意志だけで中級精霊を屈服させ、裏切らせた。

 その前は中級精霊特殊個体を召喚した。

 もうひとつ前は、一般人レベル1の状態で中級探索者を倒した。

 一番初めは、レベルも低い状態で、壊れた武器やショボすぎる武器を使ってゴブリン特殊固体を倒していた。


 それが、作り物でないことはわかる。

 光の反射具合や、動画内での力が加わったときの動き方。色合い、影の付き方など。様々な方向から見て、彼の動画は事実だった。


 さらに彼はほとんどの時間を眠らず、成功するためだけに使っていた。

 動画の作成・編集時間などを考えると、寝ている暇などほとんどないはずだった。


 ゲームや映画を見たりなど、そういった時間すらなかった。


 彼の行動のすべては、目的を達成するためだけにあるように見えた。



 そして――さらに信じられないことを見つけた。



 六月二十日夕方の通信記録だ。

 その時の彼は、ごく普通の高校生だった。


 友達と馬鹿話をして、くだらないメッセージを送り合う。

 今では決してしていない行動だ。

 その前もずっと、普通の高校生だった。


 今はあんなにも異常だというのに。


 数時間で別人にすり替わった?

 否。

 彼はあの時間家から一歩も出ていない。

 怪しげな人間も彼の家には入っていない。

 顔の造作、身体の作りだって、前回監視カメラに映ったデータからわずかほども変化していない。




 だから、彼を廃墟となった映画館に呼び出した。

 半ば気まぐれだ。


 なんとなく、お気に入り・・・・・の映画を流しながら、彼と話した。

 それは水無月璃音のビー玉お気に入りの一つだった。


 そして彼と協力することになった。



 別れ際の事だった。


 彼は思いがけないことを言った。



「ああ、そうだ。映画、面白かったよ」と。



 なぜか、それをとても嬉しく感じた。

 助けられたことよりも何よりも。

 そんなごく普通の、どうでもいい話を嬉しく思ったのだ。



 ――ふふ。面白かったって言われちゃいましたね。


 水無月璃音の帰り道の足取りは軽かった。

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