第6話 美少女インフルエンサーを助けてバズろう!

 オレがその場にたどり着いたとき、小早川沙月は床に倒れていた。

 刀は折れ、怪我だらけの有様。

 だが心は折れていない様子。


 オレは赤黒い怪物のようなゴブリンを視聴者に紹介する。


「はーい。皆さん、あれはブラッドシャドウゴブリンです。本来20階層以降に出てくるユニークですよ。危険なのでよほど自信がなければ手を出さないほうがベターです」


 赤黒いゴブリンの近くには一人の少女がいた。


 小早川沙月。


 かつての世界線にて、ダンジョンの中に消えていった一人の少女。

 動画では知っている。

 情報でも知っている。

 でも、ナマでは知らなかった。


 実物を、この両の目で見て、オレはテンションがあがっていた。

 きれいとかかわいいとか、そういった要素からじゃない。

 心の在り様だ。


 いいじゃん。

 すごいね。

 好きだぜ。

 尊敬しちゃうな。


 オレは動画用のですます調を使うのも忘れて声をかける。


「大丈夫か? 助けはいるかい?」

 オレが尋ねると、小早川沙月は吐き捨てるように言った。


「いらないわ。わたしは、負けてないもの」

 小早川沙月は折れた刀を杖のように使い、立ち上がろうとした。

 しかし膝が震え、崩れ落ちる。

 それでも彼女は懸命に前を向き、敵から目を逸らさない。


――マジですげえなぁ。これがホンモノか。

 生きてさえいれば、どこまでも羽ばたいていくことを約束されたような、天に選ばれた存在。


――オレとは違う、ホンモノのスター。


「それより、あなたはお逃げなさいな」


 自分の命は軽く扱うのに、他人は助けるのか。


 オレは小早川沙月の精神性を感じて、ちょっと嬉しくなる。

 前世でオレはクソ野郎ばっかりに囲まれていた。

 次は誰も信じたくないと思った。

 でもこいつ、いいやつじゃん。


「わり。やっぱ取り消すわ」


「……そう。なら、はやくお逃げなさい」


「いんや。助けは必要か? って聞いたのを取り消すよ」


「だから逃げなさいって言ってるでしょ。死ぬわよ」

 不快そうに小早川沙月が言う。


「聞いといてなんだけど、やっぱお前のこと勝手に助けるわ」


 最初はバズるために、そしてついでに一人救えたらいいな――くらいの気持ちで来た。

 だが、今は小早川沙月を助けられてよかったと思う。


『いやてか無理だろ! 逃げろよ!』『誰か二人を助けてやって!』『ほんとに死ぬぞ! どっちも死ぬなよ!』


 コメントの声が聞こえる。

 それらは絶望に彩られたものがほとんどだ。

 間違ってもオレや小早川沙月が勝てると思っているような発言は、なかった。


 わかる。わかるよ。

 ブラッドシャドウゴブリンになんて勝てるわけがない。

 オレのレベルは伝えてないが、絶対勝てっこないレベルなのは視聴者たちだって簡単にわかるだろう。

 低レベルであれば、力が足りずに攻撃は伝わらない。敏捷性も低く攻撃も見切れない。

 武器の切れ味も足りずに、ダメージを与えるには程遠い。


 だから、勝てるわけがない。


 オレもそう思う。

 勝てるわけがない。


 これがオレじゃなければ・・・・・・・・


 オレは投網を投げた。

 それはブラッドシャドウゴブリンを覆い、一瞬で破り去られる。

 だがオレは一瞬で踏み込み、ブラッドシャドウゴブリンの右目に槍をぶち込む。

 槍は目玉に突き立ち、視界の半分を潰す。


 貫けない。

 硬いのは皮膚か目玉か。

 脳まで狙った一撃は、片目を潰すにとどまった。

 槍を引き抜くときに、捻りを加える。

 回転する穂先が目の周りの肉をえぐり取る。


 ブラッドシャドウゴブリンが苦悶の声をあげた。


 小早川沙月が目を丸くしてオレを見ていた。

 そして小さくつぶやいた。


「なんていう、槍術なの……」


『え。マジ?』『……ハルちゃん強すぎでは?』『ハルきゅんしゅごい……』


 Gxuowouuaaaaa!

 ブラッドシャドウゴブリンが咆哮を上げる。

 戦斧が振り下ろされる。

 その戦斧は、オレの左側、身体から一ミリすら離れていないところを通過した。

 だけど肌の薄皮一つすら触れさせていない。


『外した!?』『いや、避けてる!?』『あ、危なすぎる……』

 コメントの声と、それから小早川沙月の呟き。

「ち、違う……。……見切ってる……」

 信じられない――といった声音だ。


 視線の場所、足の位置、腕の振り方。筋肉の膨らみ方。

 その辺りを見ればだいたい理解ワカる。


 オレは、何度も死地に送り込まれた。


 前回の世界線――オレはトップクラスと言われている冒険者のゴースト配信者をさせられていた。

 危ない場所はホンモノよりオレが行かされた。

 死ぬと思ったことは何度もあるし、生きていることすら不思議な目にもあってきた。


 だけど死ねなかった。


 死なないから更なる死地に送り込まれた。


 そのすべてをオレは凌いだ。


 死地など飽きるほどに抜けてきた。


 お菓子の並べられたお茶会アフタヌーンティーも、首筋に刃を当てられている戦場も、大きな違いはない。

 攻撃を当てることなどケーキにフォークを突き立てるように容易く、回避することなど紅茶を口に運ぶ動作と似たような難易度だ。


 槍を見れば穂先はもうだめになっていた。

 初心者用の安槍だから仕方がない。

 オレは壊れかけの槍を棒術として扱い戦った。


 棒が折れ、壊れてしまう。


 次にオレはこん棒でブラッドシャドウゴブリンを殴りつけた。

 分厚い皮膚に阻まれて大して効いていない。


「……ふむ」

 勝てないとはいわない。だが、勝つには少し時間がかかりそうだった。

 そこでふと、小早川沙月が握っている刀に目をやる。

 半ばからぽっきりと折れてしまったその刀は、ぱっと見ても良い刀だとわかる。

 オレが前回の世界線で小早川沙月の詳細という動画を作ったこともあるから知っている。



 その名は翠風剣。

 小早川家に代々伝わる刀である。


 刀身には美しい緑青色の刃文が入り、光に反射して虹色に輝くことがある。非常に硬く、しかしながら軽い。

 今は折れてしまっているが、それでも不思議な美しさがある。


 柄は黒と金で飾られ、雅やかで風格がある。

「翠風剣」は、小早川家が代々伝えてきた名刀で、数百年も前からその存在が知られている。


 名工によって鍛えられたこの刀は、風の神の祝福を受けたと伝えられており、振るうと風が吹くと言われている。


 本来それは逸話だけだった。


 だが、ダンジョンが現実に生まれ、その逸話は実現した。


 ダンジョンが生まれた後、人々の認識や考えの総体が現実に影響を及ぼすようになった。

 簡単にいえば、云われのある武具や、いわくのある武具は強くなった。


 炎や水を操る武器もあれば、頑丈過ぎる武器もある。鉄すら切り裂く武器もある。

 つまり、風を操る逸話を持つ翠風剣は風を操作する。


「小早川沙月。悪いが、その刀を貸してくれないか」

「……もう折れてるわよ」

「それでいい」


 いうと小早川沙月は少し眉根を寄せてから口を開いた。

「…………あんたなら、いいわ」

 小早川沙月は折れた刀をオレに向かって投げた。


 オレはその刀を片手で受け取る。

 それを隙と見たのか、ブラッドシャドウゴブリンが戦斧を振りかぶった。


「なんて威圧感……」

 と小早川沙月がつぶやく。


 確かになかなかの威圧感だった。


 だが、実に遅い。

 予備動作で何をするか見え見えだ。


 オレは軽く一歩踏み込むことで戦斧をかわすと、回避を予備動作代わりに翠風剣を振るった。


 頭上に何かが飛んで行った。

 血しぶきをまき散らし跳ね飛ばされたそれは、ブラッドシャドウゴブリンの片腕だった。


「折れた刀なのに……なんて、切れ味」


 その声に、戦慄と羨望が含まれていることに気づいた。


 オレは死地において、逃げなかった小早川沙月に対して、助言をしたいと思った。

 死地に赴いた仲間意識? いや、違う。

 オレはなんども死地に行った。

 だが、逃げなかったんじゃない。

 逃げられなかったんだ。

 逃げられないでいた。

 ずっとずっと契約と魔具や魔法、様々なものに縛られて逃げられなかった。


 そして、慣れた。


 だから自分の意志で立ち向かったことはなかった。

 立ち向かった小早川沙月はすごいやつだ。


「近いのは解剖学だ。骨の継ぎ目を意識しろ。骨と筋肉がどう繋がっているかを理解しろ」

 オレのその声はブラッドシャドウゴブリンの咆哮にかき消される。

 でも、小早川沙月には届いていたようだ。


「…………あぁ」


 小早川沙月の感嘆するような声が聞こえる。


『誰だよ、裏技だけの奴っていったの……』『oh....Tatsujin....This is KAMI-WAZA』『すげぇ……もうすげぇしか言えない』


「槍も、鈍器も、刀も使えるなんて」

 信じられない、という小早川沙月の声。


 そりゃ、そうだ。

 ずっとやってきた。

 槍のマスタークラスのゴーストも、鈍器を使って戦うタンクのゴーストも、刀使いのゴーストも大剣使いのゴーストも弓使いのゴーストも。

 オレはすべてをやって、ずっと生き残ってきた。

 生き残るために何でもやった。

 ゴーストをさせるくせに技を教えない剣聖の技を見て学び、模倣した。槍も棒も弓もだ。


 もし魂が形を持っているなら、オレの魂は死地ですり減り、その形はただの一欠片すら失われていることだろう。

 そんな技能を得ても、心はずっとつらいだけだった。


 だからさァ――!


――だから、今回は、好きに生きるんだよォ!


 ゆえに、オレはオレが思う小早川沙月の、たどり着く極地を見せることにした。


 オレの知っている中で、風響流に近い流派の技術だけを使って戦う。

 オレの感覚で言えばおそらく、源流は同じ流派だろう。

 そこに翠風剣――その能力を使った戦い方を混ぜる。


 オレは折れた刀を以って片腕のブラッドシャドウゴブリンと斬り合う。


「え。あなたも、風響流……? いえ、これは、違う……? でも、なんて練度……。……似ている」


 翠風剣は風を使う。風とはすなわち方向性を持つ力だ。

 オレが思うに、対人戦や、知能あるモンスターと戦うときに使える最強の一つだ。


 その戦闘法で、オレはブラッドシャドウゴブリンと斬りあった。


 戦いとは、相手の視線、筋肉の動き。手足の反応、そういったものを読みあって戦う。

 相手を斬るためにはまず重心が動く。

 足を踏み出すためには、足が上がる必要がある。

 足を上げるためには、その前に別の筋肉が動く。

 殴るためには腕を引くし、腕を引くためには肩が動く。

 それらの動作は力を身体に伝えるためには必要不可欠な動きだ。

 だからこそ読める。

 たとえそれを頭で理解できずとも、みんな感覚で理解して戦っている。

 それらの予備動作を武道では『起こり』と呼ぶ。


 その『起こり』に必要な力を風で代用することで、消すことができる。

 ほんのわずかな予備動作で大きく動くことができる。

 ほとんど予兆すらなく前後左右に移動でき、察知されることなく刀を振れる。

 変幻自在の刀殺法。


 ブラッドシャドウゴブリンは高い知能を持つ。オレの技術に対応しようとする。しかしできない。

 ブラッドシャドウゴブリンが、刻まれていく。


 それを小早川沙月は見ていた。

 彼女は息をすることすら忘れたかのように、オレを凝視していた。瞬き一つしない。逆にオレの瞬き一つ見逃さないという意志すら感じる。


『なんだあの動き……』『見たことねえ……』『人体の構造無視してそう』『もしかしてカメラ壊れてる?』


 人体の構造は無視して動いているのは、その通りだった。

 ある程度見せた後、オレは応用技を見せて戦いを終えることにした。


 突如、ブラッドシャドウゴブリンがその紅い巨体のバランスを崩し転んだ・・・


『え!?』『マ⁉」『ラッキーすぎない!?』『Amazing!』


 そしてオレは悠々と近づき、倒れたままのブラッドシャドウゴブリンの頭に翠風剣の折れた刃を突き入れた。

 刃の部分が先に突き立つように、槍で砕いた眼窩の奥へ、突き入れる。


 ひときわ大きな苦痛の声が響く。


 ブラッドシャドウゴブリンの身体が大きく跳ねて、次第に動かなくなる。


 そして怪物の身体が風化し、ダンジョンに吸収されていく。


「…………そんなこと、が……」

 小早川沙月は頬を興奮で赤らめ、オレの手元を見ていた。

「そんなことが、できるのね……」


 視聴者のほぼすべてが何も理解できていない中、小早川沙月だけが理解していた。


 オレは風を使い、相手の起こりを消した・・・・・・・

 風の力で、戦斧を止めることは不可能だ。だがそれが腕を止めるのなら、少しは可能性が生まれる。

 しかし、その腕を動かすための起こり・・・を消すのなら?

 さらに起こりを起こすための起こりを消すのなら?


 容易いことだった。


『すごい戦いだったけど、最後はラッキーだったな……』『でもハルきゅん、強すぎ……』


「ってことで、今日はトラブルがあったんで配信終了です! って、視聴者数とんでもねえことになってる!?」

 同時接続数――62363人。

『マジですごかった!』『沙月ちゃんを救ってくれてありがとう!』『生きててよかった! 涙止まんねえ……!』

 そんな声の嵐だ。


 胸が、熱くなった。


 前回オレがこんなふうに、オレ自体に声をかけてもらったことなんて、一度も――なかった。


 胸がすがすがしいような気持がした。

 涙がにじみそうになって、オレは深く頭を下げた。


「本当に、見てくれてありがとうございました! で、では、これで配信を終わりたいと思います……! また見てね!!」


『え、あれ? ハルきゅん涙声……?』


 オレはそのコメントを無視して配信を切る。


 オレは倒れている小早川沙月に近づき、声をかける。


「小早川沙月さん。これ、刀、ありがとう。助かった」

 オレは彼女に近づくと、刀を軽く布で拭いてから返した。

 どうやら小早川沙月も配信を切っているようであった。


「ちょっと懐紙とかないもんで、あとはお願いします」

 オレが言った後、小早川沙月は頷いた。

「……ええ。もちろんよ」


「ごめん。ありがとう。助かったわ」

 小早川沙月は未だ立てず、上半身だけ起こした姿勢から、深く頭を下げた。


「……本当に、ありがとう」

 オレは元々バズ目当てだった。

 だから、お礼を言われることがどこか申し訳なく感じて、突き放したような口調で言った。

「気にしなくていい」


「この恩は、絶対に返すわ」


「別に恩なんて感じる必要はない。オレがやりたくてやっただけだ」

 そう。助けたのも、技を見せたのも、オレが勝手にやったことだ。


「……そうなの」


 残念そうに言って小早川沙月は立ち上がろうとして、崩れ落ちる。

「あ、危ない!」

 オレは慌てて彼女を支えた。


「……ごめん」

「大丈夫だ。もし迷惑でなければ、入り口まで送ろうか?」


「お願いしていい?」

「ああ」

 オレはブラッドシャドウゴブリンのドロップを回収してから、小早川沙月に肩を貸しながら帰ることにした。


◆リザルト

 ゴブリンの耳→ 86×500円

 ゴブリンの小刀→ 18×500円

 ゴブリンの爪→ 20×500円

 薬草→ 14×500円

 壊れた鎧→ 8×1000円

 ゴブリンの魔石→ 86×500円

 ミスリル鉱石→ 4×20万円


◆ユニークドロップ ブラッドシャドウゴブリン

 ■通常ドロップ

 ブラッドシャドウゴブリンの爪: 魔法の材料として使える。 推定価格30万

 ブラッドシャドウの鱗: 防具強化の素材。 推定価格50万

 血影の欠片: MPを回復し、魔力を高めるポーションの材料。 推定価格25万

 黒鉄の破片: 兵器や装備の修理に使用可能。 推定価格50万


 ■レアドロップ

 ブラッドシャドウの斧: 強力な大斧で、戦闘意欲を高める特性を持つ。 推定価格不明

 恐怖のメダリオン: 持ち主に一定の恐怖効果の耐性を与える。 推定価格不明


 ■超レアドロップ:

 ブラッドシャドウの鎧: 高い防御力と血の魔法を一部使えるようになる特殊な鎧。 推定価格不明

 ブラッドシャドウの指輪: 攻撃力、防御力、回復能力を一定程度向上させる。 推定価格不明


 ○本日の収益

  92万円+推定価格155万円

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