07 翔
土曜日の午後も、日曜日も、テレビを見るか読書をするかでダラダラと過ごした。あまりにも暇すぎて、また神仙寺さんの店に行こうかとも思ったのだが、着替えるのすら面倒で結局家に居た。
月曜日がやってきて、一限が始まる前にあたしは喫煙所に行った。茶髪の男の子に声をかけられた。
「蘭ちゃんやんな?」
「はい」
「俺、
「ああ!」
翔くんは、さほど背が高くなかった。美咲は身長が百六十センチあり、彼と付き合ってからはヒールを履かなくなったのだと聞いていた。あたしは尋ねた。
「タバコ吸うんや?」
「うん。家ではちょいちょい吸っとった。誕生日来たし、もうええかなと思って」
「誕生日いつなん?」
「十月四日」
「一緒やん!」
意気投合したあたしたちは、連絡先を交換した。翔くんのアイコンは、どこかの夜景だった。翔くんは言った。
「美咲から、しょっちゅう写真見せられとったからな。すぐに蘭ちゃんやってわかったわ」
「美咲って、あたしの話とかよくするん?」
「うん。アリスちゃんって子と三人でよく飲むんやろ? 俺も呼んでや」
あたしは「蘭飲み」のグループラインに翔くんを招待した。あのワンルームに四人が入ると狭いだろうが、彼との飲み会もまた、楽しそうだと思ったのだ。語学の教室へ行くと、美咲が話しかけてきた。
「翔くんと会ったん?」
「うん、喫煙所で。アリスと四人で宅飲みしようや」
「ええけど。そっかぁ、翔くんやっぱりタバコやめへんねんな」
「美咲はタバコ吸う男嫌い?」
「ぶっちゃけ苦手。わたしの前では吸わんといて欲しい」
自分が喫煙者になってしまったので、健介がタバコを吸うのは楽でいいと思った。そして、これからもっと遊ぶのなら、喫煙者を狙おうと考えた。元彼と別れてから一週間ちょっと。自らの変貌っぷりには驚く。でも、そうさせたのはあの男だ。あの男が悪いのだ。
アリスも教室に来て、スマホを見せながら言った。
「翔くん招待したん?」
「せやで。四人で飲もう」
「ええな。私も翔くんとは話してみたいと思っててん」
それから、今週の金曜日に集まることになった。大学図書館前で集合して、コンビニへ行った。翔くんは、追加のタバコも買っていた。それを見て美咲が顔をしかめた。
「翔くん、吸うん?」
「蘭ちゃんも吸うやろ? やったら遠慮いらへんし」
ローテーブルを囲んで、四人で乾杯した。翔くんは、ぐるりとあたしの部屋を見回して言った。
「女の子らしい部屋やなぁ。白が多くてほんまに可愛い」
「ありがとう。家具はどれも安もんやけどな」
買い物は大体イケアで。父親にも手伝ってもらったが、組み立ては全部自分でやった。特にパソコンデスクが難しかった。本当はソファも欲しかったが、どうしても入らなかった。アリスが翔くんの話を聞きたがった。
「二人っていっつもどんなデートしとん?」
翔くんは缶ビールを一口飲んでから答えた。
「ハーバーとかよく行くよ。美咲、服好きやからな。しょっちゅう付き合ってる」
美咲は恥ずかしそうに目を伏せながら言った。
「翔くん、センスええねん。わたしに似合うんいっつも決めてくれるの。このワンピースかてそやで」
美咲のワンピースは、薄緑色で、とても清楚なデザインだった。肌の白い彼女にはよく似合っていた。あたしはワンピースを着ない。今日もデニムにパーカー姿だ。翔くんが尋ねた。
「アリスちゃんって珍しい名前やな。ハーフなん?」
「ううん、純日本人。似合う顔で良かったわ。そうやなかったら、恥ずかしくて名乗れへん」
あたしも当初はアリスがハーフだと思い込んでいた。この手の質問はよくされるらしく、アリスは慣れっこだった。彼女は続けた。
「親がな、不思議の国のアリスが好きやねん。読んでみたけど、わけわからんかった」
美咲が言った。
「わたしはディズニーの映画観たことあるで。あれは面白かった。なあ翔くん、冬休みディズニー行こうや」
「ええよ。夜行バスでええ?」
「うん。なるべく節約したいしね」
冬休みの前には、テスト期間がある。文学部のあたしたちは、テストよりレポートが多い。あたしは翔くんに尋ねた。
「商学部やんな? テストとか大変とちゃうん?」
「それなりにな。まあ、直前に詰め込んだらいけるやろ」
翔くんはお酒が強かった。缶ビールばかり、ぐいぐい飲み干した。つまみがなくなる頃、彼が言った。
「蘭ちゃん、タバコ吸わせてや」
「ええよ」
あたしと翔くんは、アリスと美咲を部屋に残し、ベランダに出た。もちろんガラス扉は閉めきった。タバコに火をつけた後、翔くんが言った。
「今日はありがとうな。前から蘭ちゃんとは飲んでみたいと思っとってん」
「こちらこそありがとう。また来てな」
それから、あたしは三人を駅まで見送った。一人、帰り道のコンビニでタバコを調達した。翔くんは、なかなか印象の良い男の子だった。美咲との仲がこれからも上手くいきますように。あたしはそう願った。
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