<第二十八話> 森の中で、光と闇に出会う

暗き森。

その森にたたずむ者がいる。

森に生き、森に住み、森を命の糧としてきた生き物が。


まずはここに一人。

いや、一匹。

彼は森の出身ではなかったが、森に居ついて幾星霜……とはなるまい。

彼の一族の寿命はヒュムなどに比べると遥かに短いのだ。

だから、彼は早熟する。

違う。

そんな言葉で彼は表される存在ではない。

彼は普通ではないのだ。

そう……いや、何の因果が突然変異か、彼は先祖返りの上位種だった。


それは──灰色のフード付きローブを着た、獣臭い存在。

鱗の生えたその灰色の手で同族のしゃれこうべを握りにした樫の木の杖を持ち。

ゴブリンの干し首を連ねて作った首飾りと、オークの牙で作った腕飾りをしている。

そして、首飾りの中心には、彼の信じる神の聖印。


神の名は<永久の解放>ゾレイドヴェナム。

その名も高き、闇の邪神の一柱である。


そう。

そんな彼こそ、狂狼将軍も新たに取り入った今回の軍の切り札である。


「戦いが……始まったか……私の軍……可愛い骨たち……行くが良い……存分に生者を蹂躙して見せよ……」


と、枯れ木のような声。

彼は、腰に下げた大鼠の胃袋で作った水筒に口を付け、実戦の緊張を緩めて喉の渇きを癒したのである。




●〇●




そしてここに、森に住むものが二人いる。

彼ら、いや彼女らは『敵』を目にする。


「ねえねえカイナリィ、やっちゃうでしょでしょ?」

「しっ! 静かに!」

「ん」

「他に誰かいるわ……ほら、あの茂みの中……」


ピクシーの羽がパタパタと動き。


「ヴィーにも見えた!」

「だから静かに!!」




●〇●




ロランは灰色のローブをまとった存在に気付いた。


「ヒュム?」


ロランが小さく呟く。


「おーい! こんなところでどうしたの?」


 と、なんとアリアがその存在に大声で呼びかけたのだ。

 そう、右手を振りながら飛び出して。


「な!? バカ! アリア!!」

「ふぇ?」


キョトンとしたアリアがロランを振り返る。

灰色ローブの存在は微動だにしない。

しかし、その存在の向こう、奥の茂みがざわついた。


「え!? ヒュム!? 女の子!!」

「ちょっとヴィー、うるさいってば! あーあ、バレた」


と、甲高い声が二つ。


それは緑色のチュニックを着たほっそりした体つきの女の子と、蝶の羽を生やした小さな小人だった。

両人とも、弓と矢筒を持っている。


「……エルフ? ピクシー?」


ロランは呻く。

始めてみる。

そして一瞬で心奪われた。


それは光り輝く存在。

光の神々に祝福された者たち。


そう、それはエルフの娘とピクシーの女の子。

どちらもどんなヒュムより美しすぎる。


ロランは何もかも忘れて彼女らの姿に見入るも。


「ヒュム!」


とのピクシーの叫びで我に返る。


そして、いけないと思い首をブンブンと振るロラン。

そう。

そうとも。

世界で一番美しく、そして可愛いのはアリア、自分の妹だと。


「わー、妖精さんだ!」


と、ロランの背中で──ロランに引き留められ、背後に体を回されたのだ──アリア。


と、その間に灰色のローブの存在。


三者、睨み合う……とは程遠く、皆が皆、お互いの姿を認め、ただ立呆けていたのであった。




●〇●



囲まれても、彼は驚かない。

ただ、溜息を大きく吐き、呟くのみである。


『死者よ、始祖よ、我を哀れみ給え』


と。

妖魔の言葉が口からこぼれ出る。


「あいつ、その妖魔ってば魔法使い!」

「見ればわかるよカイナリィちゃん!」


 と、二人の凸凹妖精コンビは警戒心もなくワキャワキャと。


「そうと分かれば!」


 ピクシーにカイナリィと呼ばれたエルフの少女は精霊に頼もうと口走る。


『風よ!』


 と、瞬間妖魔を中心に突風が襲った。


 が。

 彼を中心に土煙が上がる。

 ボコボコと武装した骨が現れる。


 カイナリィの風の魔法も、文字通り土炎と骨の盾によって防がれた。


「ヴィー! 手伝ってよ!」

「もちろんだよカイナリィちゃん! 『風よ!』」


と、ピクシーも巨大な弓を腐葉土でおおわれた地面に差しつつ、風の精霊に頼んだ。


──轟!


先ほどよりも激しい風。

それが骨に囲まれた妖魔を撃つも、何吹く風。

風は骨の肋骨を、そして朽ちた肉体の隙間を通っていくばかり。

妖魔に届いたのはほんのそよ風。


「くくく」


と文字通り彼女たちの魔法は妖魔に笑われた。


「真の魔術の英知は我にあり」




 その言葉を聞いた二人の妖精は、冷や汗をかきつつ一歩二歩と後ろに下がる。


 が、それを好機ととらえた者もいた。

 それは──。




●〇●


と、ロランは二本の剣、ショートソードを抜く。


で。


「俺に任せろ、注意を引き付けてくれてありがとよ!」


と、彼は飛び上がる。

凄まじい跳躍力。

ロランの足元の土が爆発する。

ロランは妖魔に向かって突進したのだ。


落ち葉や枯れ枝が舞い上がり、後方のアリアの視界を埋める。


「お……銀仮面きゃう! ……ううう、舌噛んだよ」


と、場違いな声は集中していたロランには届かない。


ロランは目の前の骨に剣を叩き付ける。

骨の盾に思い切りぶつかり、その盾を弾いては体制の崩れた骨の胸骨にもう一本のショートソードの腹で殴った。


ピシリ、メキメキッ!


と、骨が軋みつつ割れる。


ロランの頭上を剣が通り過ぎる。

骨の剣がロランを狙うも、彼は腰を落として頭の上の軌道に誘い込んだのだ。


そして。


「終わりだ!」とばかりに盾を弾いた返す剣で骨の首筋をなぎ、頭部と胴体を別れさせれば。


──ドサリ、バサリ、と骨と武具が地面に崩れ落ちた。


「何!?」


 と、呻いたのは妖魔だ。


だが、その一瞬の隙に狙いすました矢が二本、残り二体となっていた骨の戦士の頭蓋骨に命中し、風船が割れるように頭が粉々になる。


妖精の矢、恐るべし。

生来の狩人と言うのは伊達ではないのだろう。

さすが森エルフ。

そして、可愛いながらも凶暴なピクシーの二人組。

その合成弓の威力はすさまじかった。


で、そんな有利な状況をロランは見逃さず。


「──くたばれ!」


とばかりに灰色のフードの天辺に、渾身の力を込めてショートソードを振り下ろせば。


──パン!


とばかりに、この妖魔の頭も鋼の威力に負けて割れたのである。


ああ、妖魔コボルド族にあるまじき知能。

古代の先祖返りの上位種。


そんなものは、ロランの足元、地面にゆっくりと倒れ伏した今。


なんの取柄にもならなかったのである。


アリアがその妖魔の首から下がっていた輝きを認め、その聖印を取る。


「あれ?」


などと呆けた声を出してはいるが。


『今すぐ捨てるか破壊しなさい、お嬢さん。悪いことは言わない』


と、不可視の声が聞こえ。


「──ポイ!」


と、神魔ファディの勧めに従い、アリアはすぐに投げ捨てる。


そしてそれを妖精族の二人が見る。


「<永久の解放>ゾレイドヴェナム! 暗黒神の一柱!」

「どうりで、死霊使いだったわけか」


などと騒めく妖精たち。


「こいつがボスだったか」


と、ロランの言葉。

一方でアリアは驚き言葉もないが。


で、ここで初めてゆっくりと、ロラン達兄妹と二人の妖精族は見合う。


「ん、ありがと」

「いや、こちらこそ助かった」


エルフ娘がロランの銀仮面をとりあえず無視して微笑みかけて。

対するロランは武器を納める敵対心の無いことを示し。


と、このように。

そう。

ファーストコンタクトは幸運にも恵まれて。


──実に友好的だったのだ。


と。

同時に周囲がざわめいた。












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