<第二十二話> 遠見の水晶球


黒ドレスのアリアが所在もなしに、砦内をうろついていた──いや、ただ単に、迷っただけなのだが。


「ここどこだろー」


アリアの声が反響する。

もう、ずいぶんと歩いた気もする。


石壁には松明が掲げられている。

お陰でアリアはランプや手持ち松明のお世話にならずに済んでいる。

この砦にスペルキャスター、魔法使いはいないらしい。

初級魔法に『明かり』はあるが、それすら使っていないところを見ると、想像以上に魔法使いと言うものは珍しいのだとアリアには思えた。


アリア?

もちろん彼女は魔法を使えないし使わない。

未だ師を知らず、神魔に会わず、普通に──いや、貧しい賤民に、魔術などと言う高等技術を身につける機会があったとでも?


そう、むろんアリアにはそんな機会はなかった。


アリアは思い出す。

教育係のローラは言っていた。

世の中には『魔法』や『魔術』と呼ばれる技術が存在すると。

でも、その使い手と言うのはとても珍しく、多くの民は『おとぎ話』や『伝説』、そして『口伝』などに出てくる登場人物、人をカエルに変える老婆や、木の棒を蛇に変じて敵にけしかける爺、そして曽祖父の代からずっと、岩の上に座り続けて釣り糸を垂れている人間離れした白髭の人物など、荒唐無稽な現実離れした存在と勘違いしているらしい。


もっとも、ローラに会うまでは兄であるロランやアリア自身もその認識であったのだが。


アリアはそんなことを思いながら。地下通路を歩き続ける。

ただ、なんとなく。

ありていに言えば、何かに導かれるかのように。




地下なのは間違いない。

ただ、そこには辺境伯の城の城門よりも大きく、金属の板に金属で補強がしてある、とも頑丈そうな両開きの扉である。


で。

辺境伯の城でローラに教えてもらった乏しい知識で、扉に描いてある文字を読む。

それはもう、たどたどしく。


「『この●門●くぐ●●、一切●●み●を捨て●』」


アリアは読めたと思った。


でも。


「あれれ? 何と書いてあるかわからないや」


思わずつぶやく。

解読失敗である。


「ローラさんは文字なんて簡単に覚えられるって。でも、わたしにはさっぱりだよ」


と、地下道にアリアの声が響く。

で、アリアはなんとなくその鉄扉の表面を撫でる……ずぶぶ。


「あれ? あれ? あれれれれ!?」


アリアの声は次第に高くなる。

彼女は足を床に突っ張った。

だが、彼女の思いと裏腹に、彼女の体は腕を引かれるように扉の中に吸い込まれていったのである。


──彼女の姿が地下道から消えると、そこには元の静寂と、松明の爆ぜる音が支配した。




●〇●




夕刻を告げる鐘が鳴る。

夕飯の時刻になってもアリアの姿が見えないのだ。

ロランは座ってはおれず、部屋の床をグルグルと歩き回る。


「おう、銀仮面!」


 声をかけたのは公子タスクランだ。


「あ、兄上」

「慌てているな?」

「え!?」

「言わずとも判る。お前のそばにいた子の姿が見えないからだろう?」

「え! どうしてそれが!?」

「なに、お前の顔に描いてある。その銀仮面の下にな」

「顔に出てましたが」

「ああ、下半分にな。それと、先ほどからの落ち着くない態度。誰が見ても『何かあった』としか見ないぞ?」


 ロランは呻く。

 うん、そう。

 影失格である。

 常に、何があろうとも、冷静沈着であるべきなのだ。

 自分はハルフレッド公子の影。


 うん。

 目立ってはいけないのである。


「で、いも……あいつは? アリアは! 行方をご存じで!?」


 ロランの早口。

 今、思ったはずだ。

 冷静になれ、銀仮面、と。

 そう。

 まだ、まだだ。


 全くなってないのである。


「あの娘のことが気になるのだろう?」

「はい」


 今度は落ち着いて言えたロラン。

 焦るが、態度に出してはいけない。


「あの子、アリアは今、この砦の地下にいる」

「地下?」

「そう、簡単な試練と言うやつだ。伯爵家の女ならば誰でも一度は通る道」

「話が見えませんが」


 タスクランはハハハと笑い。


「伯爵家には、近頃女性は生まれなかった。男兄弟だよ、私たちは」

「それが、どう関係が?」

「彼女は父上が養子に取ったのだろう? ならば、彼女は伯爵家の人間」

「え、ええ」

「ならば、試練を受けてもらわねばならないのだ」


 ロランの背中に冷たい汗。

 タスクランは逆に笑みを浮かべては、ハハハと笑う。


「水晶球が光って教えてくれた。試練の迷宮だ。お前も聞いたことがあるだろ?」

「……」


 ロランは答えない。答えようがない。

 ハルフレッドはそんなこと、教えてくれなかった。


 焦るロラン。

 そう、このままでは銀仮面の正体がばれる……。

 結果は想像もしたくない。


 良くて追い出され、悪くて処刑だろう。兄妹揃って。


 ──冗談ではない!


 と、ロランは口をキリリと結ぶ。


「彼女は何を授かるかな、どんな力だろう。いや、どんな奇跡だろう。それとも、神や魔に気に入られず、何も持って帰らない、と言うのもアリだな」

「アリアは無事で……」


「ああ、そこにある水晶球を覗いてみろ、銀仮面。彼女の姿が見えるはずだ」


 タスクランは部屋の脇のテーブルの上にロランの視線を導く。


 そこにあるのは大きな水晶球。

 そして、それは淡く光っていて。


 ロランは近づく。

 彼は覗く。

 すると、ひと際、強い光をその水晶球は光ったのだ。


 そして、光が収まった先に。

 ロランは見た。

 タスクランもロランの後ろから覗くいていいる。


 すると、そこには……。





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