<第二十一話> 前線の砦にて、銀仮面挑む。戦士たちの娯楽。
砦の中庭に照り付ける日差し。
そして蒸せる森の緑に聳える砦の中庭には、男たちの喧騒が聞こえる。
ああ、中には女性もわずかながらいるのだが。
粗野、という点ではそういった女性は男性陣の仲間に含めてもいいだろう。
戦いに興味を示さない、かの銀仮面卿の連れのお嬢さん、アリアを除いてだ。
で。
それら騒音の原因、男たちの野太い声の数々が聞こえる。
「タスクラン公子閣下に銀貨五枚!」
「銀仮面卿のまさかの勝利に銀貨七枚!」
「よし! お前が七枚なら俺は十枚だ!!」
砦の兵士や、ロランが連れてきた冒険者たちが、銀仮面卿──ロランのことだ──と、ハルフレッド辺境伯爵公子の異母兄、タスクラン辺境伯爵公子が今、訓練の名のもとに仕合っている。
剣と剣が、体と体が、激しくぶつかり合う。
両者一歩も引かない、本格的な試合。
そう。
今。
ロランとタスクランの剣が交差する。
ショートソード二刀流のロラン。
対するタスクランはロングソードにラウンドシールド。
二人は地を蹴っては踏みしめて、お互い体重を乗せてぶつかり合う。
ロランは黒い刃のソートソードを両方後ろに隠し。
間合いの取れないタスクランは丸盾を突き出して速攻と懐に入られることを嫌い。
二人はじりじりと回る。
お互いの目、そして筋肉の動きを読みながら。
ロランの頬を、首を、脇を、胸を──滝の汗が流れる。
対するタスクランは息一つ上がっていない。
「ハル……いや、銀仮面。戦法を変えて腕を上げたな? お前がここにきて、もう数日なるが。私からも盗むものがあったか?」
「はい、毎日が勉強です」
息を弾ませロラン。
「そうか、はっはっは! で、もう学ぶものがないから城に引き上げようとしているのではないか?」
「いいえ、そんなことは」
対するタスクランは金属鎧をまとう重装備だというのに、一向に疲れた様子はない。
「お前が指揮してハンスに魔石や毛皮、薬草の類を馬車に積み込み始めたのっは知っている」
「ええ、ここは前線とはいえ平和そのものです。俺たちが行きの道中、妖魔に襲われたのは例外中の例外のように感じました」
タスクランが後方へ飛び、少し目を細めてロランに聞く。
「どうしてそう思う?」
「ゴブリンの中に、ロード種がいたからです。魔軍の方でも、功を争う派閥がある様な気がしたのです」
ロード種。
古代の血を発現させた妖魔のエリートである。
「ふむ、確かにオークやコボルドなども、一緒に攻めてこずに、自分たちの同類だけ頭数をそろえて襲撃してくる場合が多い……」
オークやコボルド。どちらも代表的な妖魔だ。
人間……ヒュムや森の妖精エルフとは神話の時代からの敵である。
「ええ、それをハンスから聞きまして、推測しました」
「妖魔どもにも知恵が、そして意地がある、か。私たち人間と変わらんな」
ラスクランは吐き捨てる。
「おぞましく、考えたくもないものだが、一軍の将としては認めねばなるまい。相手を侮れば、必ず足元をすくわれる」
「はい、公子」
ロランは答える。
「認めたくないものですが、妖魔ども、そして魔の者にも知恵者が降り、奴らは奴らなりに秩序を持っている……(と、ハルフレッドは言っていたな)」
「そうとも。だが我らヒュム、妖魔ども魔の者に遅れは取れん。やつら以上の知恵と力、そして運を手に入れねばな!」
タスクランは盾を押し出して地を蹴った。
シールドバッシュ……か? ロランはタスクランの剣の切っ先が下から入ってくるのを見る。
ロランはショートソードをタスクランの剣を弾こうとそちらに回すが。
──ドッ!
ロランは一瞬星を見た。
そして、体全体に衝撃。
タスクランの動きは分かる。
しかし、ロランはそれに追いつく速さをまだ持っていなかったようなのだ。
「痛てて、これは参りました、タスクラン公子」
「はっはっは! ハ……じゃなかった銀仮面よ、お前が仮面などかぶって変にカッコよく振る舞うからだ。その仮面で夜会で貴婦人方の黄色い声は頂けようが、この私の剣は鈍らんぞ?」
ロランはお尻をさすりつつ、立ち上がる。
「全くその通りです、公子」
「はっはっは!」
で、ロランはこうも言うのだ。
「タスクラン公子、もう一番!」
「お?」
以外そうにタスクラン。
「私に稽古をお願いしますぞ、公子!」
そのロランの声に、タスクラン公子は応じる。
「応! いざ、もう一番! 銀仮面、来い!」
「応!」
と、二人はまた激しく剣をぶつけ合わせる。
そして周囲の男たちがまた。
「おし! 今度も俺はタスクラン公子に賭けるぞ!」
「いやいや、俺は銀仮面卿に賭けるね! あの動き、そのうち化けるぜ」
「そうかあ?」
などと、周囲は勝手に盛り上がるのであった。
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