<第十七話> 深き森の砦。照葉樹林も深まった人間支配領域の最前線。向かうも一行の前に何かが現れる。

木々が密集している。

昼間でもなお、暗い森。

森が動く。

いや。動くわけがない。


ロランは首を振る。

うん、見た。ロランは見た。


──森が、囁く。否、動いていると。


道の悪さのためでなく、明らかに森の枝葉が動いたのだ。


──確か、草むらが不自然に揺れたような……。


そう。ロランの目には霞んで見えた。


「ん?」


見直す。

うん、今度も枝葉の動きがやはり変である。


ロランはもう一度凝視する。そう、木立が確かに揺れている。

そしてその陰。

ロランは黄ばんだ二つの目を視認し。


彼は彼自身『銀仮面卿』がこの補給隊一行のリーダーであることを思い出し。


「おいリーダー!」


冒険者の一人が馬車に声を投げる。

そう、歴戦の彼らも気づいたのだ。

ロランは一度つばを飲み込み、次の瞬間、声を張り上げる。


「敵だ!」


と。叫びである。

冒険者、そして荷馬車を囲む一行に緊張が走った。



●〇●



ロランよりも馬車を先行する冒険者らの動きの方が早かった。

ロランの言葉があってもなくても、彼らの体は先に敵に反応している。


「馬車を止めてください!」


 などとの声は鋼の鎧を着た重装の男だ。

 そして彼のパーティーが、自然と魔法使いを中心に陣形を組む。

 聞いた後ろのパーティーは、そつなく荷馬車をぐるりと囲み距離を測り始める。


それが遅いのか早いのか、馬車の周囲からわらわらと、キャッキャギィギィ言いつつ緑の肌の小人が出てくる出てくる。

汚れた革の服や鎧に、古びた得物の錆びたナイフ、棍棒、粗末な弓に、何か大きな生き物の大腿骨。そしてある者たちは木の盾。集団の中にはその頭部に極楽鳥の羽を指した革の帽子を被る者もいる。

そして、何より目立つのはイボだらけの鼻やと、歯並び悪く乱杭歯となった黄色の歯。耳は長く、骨や牙の装身具を付けては垂れていた。


明らかに敵である。

排除せねばならない。


だが、一つ問題が。


で何より耐え難いのは不潔なこの生き物の放つ、何とも言えぬ複数の悪臭なのだ。

どんな質の悪い煙草でも、ここまでの悪臭にはなるまい。

事態を予想していた冒険者たちは鼻栓をはめ始める。


用意の良いことだ。

と思っていると、ロランもハンスから鼻栓を渡された。


「銀仮面卿、そしてアリア様」


と、改まってハンス。

こうして鼻栓はアリアにも。


「お兄……銀仮面卿! 怪物です!!」

「わかってる。頭を低くして荷物の陰に隠れてろ!」

「さすが坊ちゃんのお気に入りのお二人で! さっそく戦場の空気が読めてるじゃないですか! ライル老や、ローラもサマンサも喜びますぜ!」


 ハンスが大仰に礼をする。

 今は戦闘中、そんな暇はないのだが……まあ、ハンスはもともとこういう男であった。


「ハンス! ガタガタ言ってないで槍で冒険者をフォローしろ!」

「はい、銀仮面の旦那!」


 と、ロランの指示でハンスが槍を持って馬車から飛び出した。

 で、ロランは考えて。

 彼の目に、冒険者の手の網と、足枷をを見る。ネットとボーラだ。


「で、冒険者の方! 敵は殲滅してください。逃げられても生き残りが増えるだけ。ほらあなた、ネットとボーラは今が使い時です!」


 ロランは叫ぶ。

 しかし、結果としてその必要はなかった。

 当然である。そんな武器を用意している時点で、この冒険者たちはネットやボーラを使う熟達者なのだ!


「ほう、貴族の坊ちゃんでも戦い方が分かるのか」

「なにせ、あんなにきれいな仮面をつけているんだ、お偉く立派な貴族様だろうぜ」

「ハハハ、仮面は伊達じゃないってか?」

「そうそう、ハハハ! ただの田舎貴族じゃなかった、ってことよ!」


 二つの冒険者グループは、やいのやいのと囃し立て、緊張とはほぼ無縁に見えるが 、実はそうではないことをハンスは見抜いていた。


 明らかにロランは冒険者から実力を甘く見積もられている。

 彼らの言葉の端々から、その感情が漏れているのが見て取れる。

 それがロランにはもどかしく、恥ずかしかった。


「無駄口叩かずに目の前の敵に集中しろ、冒険者ども!」


 と、少々頭に血が上ったロランが言うも。

 冒険者たちにその言葉を気にした様子は全くない。


 威張る貴族など珍しくもない。

 そして実際の武力は冒険を重ねに重ねた彼らが一枚も二枚も上なのだ。

 ロランとアリアのニワカ貴族よりも数倍も。

 冒険者である彼らには心に余裕があるし、肝も当然据わっている。


 と、そんな時。

 槍を振り回していたハンスが馬車を振り返り言った。


「銀仮面卿、冒険者たちの動きを見てください。今後の参考になります。やつらがわめいている言葉すら、彼らなりの主張ですぜ?」


 真面目な顔してハンス。

 そして彼はすぐに敵への攻撃を再開する。

 ロランはそのハンスの目に光を見て、口を一文字に結び改めて冒険者たちを見る。


 そして、ロランは自分の先の言葉の未熟さを知る。

 冒険者たちは無駄なく動き、先にロランが指摘したネット使いは網を敵に投げては動けなくなった敵に止めを刺すよう味方に促し。


 ボーラを投げて敵の足を止めたもの

がいれば、またも同様に味方に止めを刺すよう指示。


 あるものは盾で殴ってよろめいたところを斧で割り。

 またある者は遠距離近距離構わず矢を放つ。


 冒険者たち、この二チームとも、相当な手練れだった。


 ロランは二つの冒険者チームを見て力む。

 その瞬間、ロランの鼻穴から鼻栓が飛び出した。

 瞬間、せき込むほどの悪臭をかぐ。

 

 妖魔である。

 ロランらを囲む、妖魔どもの体臭なのだ。


「うぉっぷ!」


 嗅いで思わず呻いたロランは自分が恥ずかしい。

 それは先にハルフレッドに彼らを率いるように言われたが、彼には的確な指示も、そして直に敵を屠ることもできなかったのだ。

 その上、初心者丸出しの、異臭をかいだだけで起こした醜態。


「こいつら!」


 ロランは叫ぶ。


 この相手集団。

 悪臭を放つ不浄な生き物。

 その敵の名はゴブリン。

 この森にすむ、人間ヒュムと妖精族エルフの神話時代からの敵である。








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