2nd PHASE:ALL THE TIME IN SUNNY BEACH

 神は実在する。前世紀に起きた世界規模の二大宗教戦争、後に〈サケル大戦〉と呼ばれたそれには、神が介入しその圧倒的な力によって双方ともに致命的なダメージを受け、終戦したかに見えた。しかし、グラーチア教側が開発した神殺しの船〈アルス・マグナ〉が神を封印したことによって世論はグラーチア教への支持に傾き、そのまま誰も血を流すことなくグラーチア教が勝利した。ちなみにいかに神を封印したかと言うと、アルス・マグナに搭載されている〈トランスフェール・システム〉が、任意の人間ひとりと神を融合させることで、神は意識を失う代わりに、供物とされた人間は神の持つ全体性という情報量の多さに耐えきれず朽ち果てたのだった。

 しかし、神を内面化することで無意識を安定化させることができるのが人間である。したがって、神を失ったその瞬間から統合失調症を発症する者が続出した。この社会現象は後に〈病因論的テオロギア〉と呼ばれた。その解決のために、かつて東浩紀という哲学者の残した「サイバースペースはなぜそう呼ばれるか」『動物化するポストモダン』という論文が識者に見出され、神の不在を補うための装置が開発された。一方は、社会の全体性を代補するアーキテクチャ、〈エブリデイ〉によって人間の自己同一性を保ち、他方で〈リスパドール〉というキャラクターAIをフェティッシュとして運用させた。なお、エブリデイのデバイスとリスパドールは人間の脳にマイクロマシンを移植させることでインストールすることが可能となっている。

 かくしてグラーチア教は勢力を伸ばし世界宗教となった。しかし宗教はあくまで価値観である。よってそれに与しない者も多数いるわけだ。近代には立憲主義という思想が生まれ、民主主義とうまく共存してきた。しかし現代、社会のポストモダン化によりイデオロギーが凋落して左右の政党の差異があいまいになり、無党派層が増大したことと、経済のグローバル化によって貧困層が増加したことで、ポピュリズム的政策を唱えるグラーチア教主義の政党=ゲルフ党が先の衆議院議員選挙で第一党となってしまった。これを喜ぶ者もいるが、教義の制度化を図るゲルフ党の政治は明らかに憲法違反であり、暴力である。そこで、薫たち〈ナトゥーラ〉が立憲主義の正義を守るため革命を臨んだのであった。


「よし、次は警視庁とマスコミを押さえる。二手に別れよう」

「警察は暴力装置だ。軍も動いてくるだろう。武闘派の連中と京を連れて行った方がいい」薫の提案にマナが受けた。「そうだな。じゃあ俺とキリト、アイジ、京、それと二十名ほど着いてこい」

「了解」「了解」

「それとあいつらのチャージ、できてるな?」と薫が訊き、メカニックマンのイザムが応えた。「もちろんだ」

「よし、マスコミの方はマナ、お前が指揮を取れ」「了解」マナが頷いた。

「さて、行くぞ!」


 霞ヶ関ーー。

「奴らの次のターゲットはわれわれとマスコミだろうな」警備局公安課課長の市川が呟いた。「そうね」と田渕。

 政治家が消えたいま、三権分立は崩壊し、暫定的に官僚が国家システムを維持している。テロ組織討伐は公安に一任され、軍も彼らの指揮下に入った。

「奴らは総力を上げてくる。装備A2で召集をかけろ」「了解」田渕はエブリデイを開いて言った。『磯部、日高、白川、上田、竹村! 聞いていたな?』『了解』これにて作戦が始まった。

 

 とある深夜。通りを激走するジープ四台と一台のトラックがあった。桜田門を抜けたところの交通規制を吹き飛ばし(うしろの方で来たぞー、という声がする)、そのまま警視庁に突っ込んだ。

「チッ、狙撃は読まれていたか!」近くの高層ビルの屋上で待機していた白川が舌を打った。

「しかしあの程度の戦力で軍とやり合う気か?」白川はデバイスにて『隊長!』と叫ぶ。

『わかっている! 各自、作戦をフェイズ3へ移行! ん? これは……。まずい! みな自閉モードに!』ドカン! 田渕の身代わり防壁が爆発した。他にもエブリデイをやられて続々と倒れゆく者がいる。

「凄腕のハッカーがいるとは聞いていたが、この短期間でこれだけのデバイスを? ウィザード級ハッカーだとでもいうのか!」

 京が撒き散らしたウイルスによって敵の大半は無力化された。「京、さすがだ」薫が彼女を褒めた。「いえ」京は無表情のままである。

「よし、作戦通りに行くぞ!」薫が発破した。ジープから降りてきたディシプリン・アーマーたちが敵の残存兵力を削いでいく。

 陸軍に包囲されるまであと三分といったところか……。それまでに長官の首を取る! 薫の強化型ディシプリン・アーマーが跳躍する。あっという間に最上階に辿り着くと、警視庁長官の部屋が見えた。「よし、あそこだ」薫はさらに跳躍し、目的地に着いた。ドアを蹴破るとーーそこは無人だった。このパターンか。『各位、作戦をプランBに変更』『了解』長官はあらかじめ匿われたとして、戦闘行為を続行する。

 ドカーン! 聞こえたのは戦車の砲撃だ。「なんだ、遅かったな」ドカーン、ドカーン! 威嚇か、警視庁ごと目標を駆逐するつもりか、無駄弾が多い。「市川、こんなものか」ややあって薫のと同じ強化型ディシプリン・アーマーに身を包んだ軍人らが闖入してきた。「内部の者、外で待機する者、合計百人ってところか。京のウイルスも効いてないみたいだな」薫はエブリデイを開き、『こいつらの殲滅で作戦終了だ! 椎名、トラックを!』と命じた。

 薫の指示に従い椎名はトラックの積荷を下ろした。それは戦車たちだった。だが陸軍のそれより一回り小さい。しかし降ろされた途端に、戦車は六百ミリの大経口砲弾を陸軍の戦車に命中させた。その後も続々と降りてくる戦車たちが陸軍の戦力を削いでいく。

「さすがだな。ソラ!」AI搭載型自走戦車、〈ソラ・スクリプトゥラ〉。物々しい武装の割に、脚部はキャタピラではなく細い車輪になっている。これにより小回りが利き、陸軍の攻撃を躱しつつ、人間、戦車ともに破砕させていく。またある者は隣のビルを登りながら、ヘリを撃墜してみせた。愛称ソラ、これがナトゥーラの自信である。

 そこで、街中のスピーカー、モニター、家庭のテレビに至るまで放送がジャックされた。「ゲルフ党は、己の価値観を制度化し、われわれ国民の自由を奪おうとしている。彼らの行為はあからさまな憲法違反であり、立憲主義の立場からして到底許せるものではない暴力だ。これはわれわれ国民の自由を奪還するための聖戦である。われわれはナトゥーラ。ゲルフ党を駆逐する者。自由を求める国民よ、立て! われわれと共に気高い革命の意志を持つ国民よ、立て! 正義はわれわれにある。われわれは自由を取り戻すまで戦う! 正義の名のもとに! 立てよ国民!……」

「よし、マナ達はうまくやったようだな」こちらも、ソラの投入によって敵部隊の大半は壊滅状態にある。その時、空に花火のような閃光が咲いた。撤退信号である。「よし、勝った!」これにて、ナトゥーラは警視庁とマスコミの占拠に成功した。


「このザマはなんだ! 何が作戦だ!」「申し訳ない。あれほど戦力差があるとは思わなかった」市川は憤慨している。

「まあいい、今度はこちらから攻めるぞ。上田」「ああ、連中のアジトを発見した」

「情報戦に長けているのはこちらも同じでね」

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