第78話 上機嫌
「好葉から来たいなんて言うなんて、珍しいじゃないの。そんなに踏みたかったの?ふふ、我慢の出来ない子ね」
その日の夜、仕事帰りの雪名さんのマンションへ行くと、雪名さんは見たことがないくらい上機嫌になった。
こんなに上機嫌なのは、私が酔っ払って雪名さんの顔を踏みそうになった翌日のあの時以来だと思う。
高そうな紅茶を入れてくれて、とってもフワフワのクッションに座らせてくれた。
「好葉、いい匂いがするわ。もうシャワーも浴びて来てるのね?すぐにでもしたいんでしょう?仕方ない子ね、本当はもっと焦らしたかったんだけど、好葉が待ちきれないんじゃ仕方ないわ。私も甘いわよねぇ」
雪名さんは私の隣に座って、私の髪をなでながら耳元で囁いてくる。
なんだか、雪名さんなりに必死で焦らしプレイをしていたのだと思ったら、不敬ながらもなんだか愛おしく感じてしまった。
「雪名さん、最近大変みたいですね」
「まあ大変だわ。本当に、もうクソ(自主規制)ばっかりで……何で番宣なんてあるのかしら」
雪名さんが酷い言葉を言った気がするけど、無意識に聞かないことにした。
「さて、好葉、すぐにでも踏む?それとも、ワインでも飲みながら女王様気分で踏みつける?」
雪名さんはいそいそとワインを取り出してきたので、私は慌てて止めた。
「お酒はやめておきます。明日、午前にベイビーベイビーの撮影が入ってるので」
その言葉に、雪名さんはピタリと止まった。
「撮影?」
「あの、テスト撮影ですけど。あと、社長さんと面接が」
「大事じゃないの」
雪名さんはそう言うと、急いで洗面所の方へ行くと、何やらオイルやパックを持ってきた。
「そんな、ここに来てる場合じゃないわ。ちゃんとシャワーあとにスペシャルケアした?」
「スペシャルケアってしたこと無いです」
「魅せる仕事のくせに、ケアしないとかバカなの?」
辛辣な雪名さんが登場した。
「いつも足に使ってるオイル。パッチテストは済んでるから全身に使いなさい。このパックも、好葉に一度使ったことがあるから寝る前に使いなさい。よかったら参考にカタログ何個か持っていきなさい。あと、早めに寝ること!クマなんて作ってベイビーベイビーの撮影なんてさせないわよ」
雪名さんの勢いに呑まれそうになりながら、私は高そうなオイルとカタログを受け取った。
「で、でもこれ高級オイルじゃ」
「こういう時に使わなくていつ高級オイルを使うの?」
結構通常時に足に塗られてましたが!?
「早く帰りなさい。そして早く寝なさい」
「なんか私が来た意味、全く無かったですね」
私はすごすごとオイルとパックを有り難くカバンにしまいながら言った。
雪名さんは、何かを悩んでいるかのようにちょっと怖い顔をして、そしてストンと偉そうにソファーに座った。
「タクシーが来るまでちょっと時間があるから、足くらいなら踏ませてあげるわ」
「え?」
「踏みたいんでしょ」
雪名さんはそう言って、私にキレイな足を差し出した。
「ほら」
別に踏みたくは無いんだけど。
でも女王様が言うのなら逆らうわけにはいかない。
私はそっと自分の足を雪名さんの足に乗せた。そしてグリグリと踏む。
雪名さんのため息が聞こえる。
「来た意味がないわけ無いじゃない。好葉が私を求めて来たってことがたまらないわ」
踏まれながら雪名さんが言う。
「前も言ったでしょ。好葉の足を体感したら、もう二度と他の人の踏みつけでは満足出来ないって。絶対に目移りすることは無いからって。だから、心配しないで仕事頑張りなさい」
まるで私が雪名さんが目移りするのが心配してきてるかのように言ってくる。
別にそれを心配して来たんじゃなくて、雪名さんのストレスが爆発するのが心配だったんだけど。
「わかりました。頑張ります」
雪名さんが私の仕事を大切にしてくれているのはわかるので、私は大きく頷く。
……
そして、私は無意識に雪名さんの言葉を根拠もなく信頼していた。
もし、私より条件のいい人が現れたら、目移りするのことだってあるのは仕方が無いことなのに。
雪名さんはそんな事をしないと、私完全に慢心していたのだ。
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