第五章 繁忙期編

第66話 ただの夢の話

 ※※※※

 〜〜〜〜

 怒涛のスケジュールが始まった。

 ツアーも始まり、花水木組から譲ってもらったフェスや大型音楽番組の予定もある。

 忙しくて休みがほぼ無く、雪名さんの呼び出しも、申し訳ないのだがお断りし続けることになっていた。


「大丈夫ですか?これからまだツアーがあるのでなかなか踏みに行けないですけど」

 ある日、私は雪名さんと電話しながら言った。

 雪名さんはフッと笑って答えた。

「平気よ。前にピンヒールで踏んでもらった動画があるから」

「まあ、それで十分ならいいんですけど」

 動画である程度満足できているらしく、別に会わなくても不機嫌になることは無さそうだ。


 雪名さん的には、それでいいらしい。そうなると私も楽だ。


 それなのに、なんだか最近落ち着かないのだ。

 どうしてだろう。雪名さんを踏まない日がずっと続いてきたら、どうやら私は禁断症状が出てきたようだ。

 ああ、踏みたい。雪名さんを踏みたい。

 この欲求をどうにかするために、私は自分を慰めるように足を……


 〜〜〜〜


「っていうところで目が覚めたの。あの後、好葉は何をして慰めたのかしら」

「知りません。ていうか何を私は聞かされてるんでしょうか」


 その日、雪名さんから電話が来て、エロ小説の導入みたいな夢の話を聞かされた。

「雪名さん、限界なんですか?」

「好葉も私を踏みたくて限界でしょう?」

「それは夢の中の私ですね」

 夢と現実が混ざってしまっているようだ。本当にヤバいんじゃないだろうか。


「今は何をしているの?」

「今帰って来たばっかりなんです。雪名さんが限界なら、行きますか?明日私休みですし」

 一応提案をしてみると、少しだけ無言の時間があった。

「…………いいえ。いらないわ」

「そうですか?」

 なんか我慢してそうだけど。

「ちょっと頼もうかとは思ってだけど、ダメ。声が枯れてるわ。早く寝なさい」

「枯れてます?」

 確かに今日はちょっと声の出が悪かった気がするけど、電話でもわかるレベルなんだろうか。

「白湯飲んで、喉飴舐めて、加湿器かけて寝なさい」

「うち加湿器無いんですよね」

「歌の仕事してるのに加湿器ないとかバカなの?」

 雪名さんは辛辣だ。

「最近壊れて、まだ買いに行けて無いんです」

 私は言い訳すると、雪名さんから大きなため息が聞こえた。

「とにかく一人で足を慰めたりしてないで、早めに寝ることね。それじゃあ」

 ブツリと電話が切れた。だからそれはただの夢だってば。

 私はわけの分からない電話を終えると、シャワーを浴びにバスルームへ向かった。 


 ……確かにちょっとだるいかもしれない。あとちょっと寒気もする。


 雪名さんの言う通り、早めに寝たほうがいいな、と思いながら私はシャワーをひねった。

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