第64話 名推理

 しばらくして、赤坂さんもやって来た。

「好葉!?大丈夫?何もされてない?」

「赤坂さん……」

 私は赤坂さんの顔を見ると、どっと安心感が来てしゃがみこんでしまった。

「大丈夫です。あの、今白井さんも来てくれて。男の人追いかけて行きました」

「え?白井さん?何で?っていうか白井さんは一人で追いかけて大丈夫なの?」


「大丈夫よ。白井さんは強いから」

 そんな声がして振り向くと、雪名さんが立っていた。サングラスをして帽子を深く被っているが、オーラですぐに分かる。

「え?花実さん?何で?」

 赤坂さんは私を抱えながら、わけがわからない様子でキョトンとしている。

 雪名さんは、そんな赤坂さんに構わずに私に近づいた。

「あんなメッセージ来たら何かあったと思うじゃない」

「わ、わかってくれたんですか?名推理ー」

 私は泣きそうになった。

「当たり前じゃないの。私がどれくらいミステリードラマでてると思うの?一番初めに殺される性格の悪い女役、殺人鬼の役、どれだけしたことか」

 ドヤ顔で言う雪名さんは、優しく私を撫でてくれた。

「『たった今友達と会ったから飲みに行く』?好葉が、仕事以外の私の呼び出しを断る訳無いじゃない」

「そう、そうなんです!」

「それに、『後日持ってきて下さい』ですって?好葉が私に命令するわけないじゃない」

「そう、そうなんです!」

 私は嬉しそうに頷いた。


 私の肩を抱いて支えてくれている赤坂さんが、分けがわからずドン引きしているのに私は気づかず、何故か泣き出してしまった。

「怖かったですー」

「馬鹿ね。もう赤坂さんも来てくれたし、大丈夫よ」

「そうよ。ほら泣かないで。目立つからちょっとどこかに入ろうか?」

 赤坂さんはそう言って、自分の車に私を連乗せてくれた。

「花実さんも、どうぞ乗って」

「いえ、今から私は仕事があるからタクシー拾っていきます。好葉の無事を確認したかっただけなので」

 そう言ったあと、少しだけ雪名さんは目を光らせた。

「あと、この件の元凶に、ちょっとだけ話をつけてくるわ」

「元凶?」

 赤坂さんが聞き返したが、雪名さんは答えもせずに颯爽とタクシー乗り場の方へ行ってしまった。

「いつの間にあんなに仲良くなってたの?仲良くっていうか何ていうか」

 赤坂さんは不思議そうに雪名さんを見送った。



 そうこうしているうちに、白井さんが、シュウヘイさんを引っ捕らえて帰ってきた。

 何がどうしてどうなってこうなっているのかはわからないが、シュウヘイさんは大人しくなって白井さんに捕まっている。

「ちょっとお話聞かせてもらえる?こっちも大事にしたいわけじゃないから」

 赤坂さんはそう言うと、自分の乗ってきた車にシュウヘイさんを乗せた。白井さんも一緒に乗り込んだ。

 とりあえず、シュウヘイさんには、写真を消してもらうことと、今回の事をSNS等で喋らないこととの契約書を書いてもらった。法的拘束力は微妙だが、とりあえずの抑止力だ。


「好葉ちゃんのSNSみて……この辺にいることを特定して、来たんです。好葉ちゃん、あそこの和菓子屋のコーヒー好きなのはファンの間で有名で」

 モゾモゾというシュウヘイさんの言葉に、赤坂さんはちょっとだけ私を睨んだ。そうだ、写真は時間差でアップしろって、前に結音にも注意されてたんだった。私は思わず肩をすくめた。

「あの今川龍生に触られてる現場見た時、俺凄く悲しくなっちゃって。じゃあ俺だって好葉ちゃんに触ってもいいじゃんって自暴自棄になっちゃって……」

 グズグズとシュウヘイさんは半べそをかいているし、赤坂さんは面倒くさそうな顔をしている。なんだか私は申し訳なくなってきた。


「シュウヘイさん」

 私はシュウヘイさんに呼びかけた。シュウヘイさんはなきべそ顔をこちらに向けた。

「本当に、あれば何も無かったの。トイレが長いから今川さんが心配してきてくれただけ。でも、あんなふうに距離感が近かったのは私もびっくりしちゃったの。あんなふうに男の人に近づかれること滅多に無いからびっくりして動けなくなっちゃっただけ。信じてもらえるかわからないけど」

 そう言って、しっかりとシュウヘイさんの目を見る。

「いつもシュウヘイさんみたいに応援してくれる人が、私には一番大切だよ」

「好葉ちゃん……ごめんね、俺、俺……」

 シュウヘイさんは涙を袖で拭った。

「ちゃんと写真消すから!絶対に!誓って!だからまた応援させてね!」

「もちろんだよ」

 私がニッコリと笑いかけると、後ろから白井さんの小さな声で、「天然小悪魔……」と聞こえてきた。


 とにかく、シュウヘイさんの件はなんとかなりそうだ。シュウヘイさんを解放してから、私は赤坂さんに家まで送ってもらった。

「今回は白井さんの活躍と、あのファンが結構単純な性格だったからいいけど!今後は気をつけるように!あとSNSも!」

 赤坂さんはキツめに言った。私は、すみません、と小さく謝る。

「まあ、好葉に何もなくて良かった。あのヤクザもあっさりと帰ってくれたしね」

 ドキっと私の心臓が跳ねる。

「実はあのヤクザも好葉のファンで、SNS見てあの辺りうろついてたとこを、好葉のピンチを助けてくれた、とか?」

「そ、それは」

「それはないか。出来すぎよね。ま、ヤクザなんて、関わらないのが一番だし」

「そ、そうですよね」

 私は深く頷いた。



 雪名さんから、元凶と話をつけたからドラマの現場に遊びにいらっしゃい、と誘われたのは、それから数日後の事だった。










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る