第四章 好きな人編
第52話 見極める
※※※※
「なぁーやっぱりLIPちゃん達、花水木組の知り合いだったんじゃーん。誰か紹介してよー。合コンやろうよ合コン。面白い奴連れてくからさぁー」
今日は、バラエティ番組の収録だ。共演者で若手芸人のハイトーン山口が口を尖らせながら私達の楽屋に入り浸っている。
「前は知らないフリなんかしちゃってさー。凄い仲良しなんじゃーん。好葉ちゃん、早川結音と一緒に呑みにも行く仲なんでしょー」
「でも、紹介とかは出来ませんよ」
私は苦笑いしながら一応ハッキリと答える。
「えー、何でー、あ!実は早川結音って彼氏いるとか!?」
「そんなんじゃないですって!」
ああもう面倒臭い。早く収録始まらないかなー。
そう思っていると、赤坂さんが楽屋に入ってきた。そして山口を見つけると鬼のような顔になった。
「またいるんですか!もううちのアイドル合コン誘うの止めてくださいって言ったじゃないですか!」
赤坂さんに噛みつかれて、山口はスゴスゴと、楽屋を出ていった。
「赤坂さん、ありがとうございますー」
「ふんっ!偉い人に頼んであいつ楽屋出禁にしてやる」
赤坂さんは鼻息荒く言い放った。
「あんた達も、気の迷いで合コンとか行っちゃ駄目だからね!このご時世、恋愛禁止なんて言えないけど、でも恋愛したら離れていくファンは大勢いるんだからねっ!」
「はいっ!わかりました!」
赤坂さんの謎の勢いに押されて、私達は深く頷いた。
※※※※
その日の夕方、私は雪名さんのマンションにお邪魔していた。
明日から東北の山奥で一週間程新しいドラマの撮影があるとのことで、ストレスが溜まる前に踏んでほしいとのご要望だった。
ソファーに座り、いつものように土下座スタイルで床にしゃがんでいる雪名さんの背中をグリグリと踏ませて頂く。
「山奥が嫌なわけじゃないの。山奥の同じホテルに、共演者と一週間いるのが嫌。殺人鬼でも出て一人づつ減っていけばいいのに」
踏まれながら、雪名さんはブラックジョークなのか本気なのかわからないことを言っている。
「あ、牧村ちゃん、踏みに来てくれてたんだ。いつもありがとうね」
玄関の方から白井さんの声が聞こえてきた。
こちらの部屋に入ってくるなり目を丸くした。
「雪名、明日の準備は?まさか荷物これだけ?」
「そうだけど」
「嘘でしょ。いつも使ってる化粧品入ってる?ちゃんと下着一週間分入れた?ああもう、毎回毎回……」
「下着はホテルのランドリー使うわ。化粧品も備え付けのでいいじゃない」
「もー、駄目よ!ちょっと中身チェックするからね!」
白井さんは、雪名さんの小さなスーツケースを空けてぶつくさと整理し始めた。
「雪名さん、結構適当なんですね。いつも高級なオイルとか塗ってくれるから、こだわりあるのかと思ってました」
私が言うと、雪名さんは、ああ、と頷いた。
「そうね。好葉に塗るのはこだわるわ。だって好葉、足をダンスで酷使するし、毎日手入れしてあげることができないから、たまの手入れはいいのを使ってあげなきゃと思って。でも私の身体は、多少適当でもなんとかなってるし」
「それは若いうちですからねっ!」
白井さんが鋭い声で口を挟む。
そして、スーツケースをひっくり返しながらため息をついて言った。
「もう、せっかく今回は、雪名の好きな俳優が共演者なんだから、あわよくば仲良くなれるように頑張ればいいのに」
「えっ!!」
白井さんの発言に、私は思わず大きな声を上げて踏むのを止めた。
「せ、せ、せ、雪名さん、す、好きな人がいるんですか!?」
「はあ?」
雪名さんが面倒くさそうな声を上げた。私は完全に衝撃事実に動揺してしまっていた。
「だ、だって今、白井さんが、雪名さんの好きなって……」
「好きっていうか尊敬している俳優だけど」
「雪名さんが尊敬?生きとし生ける者全てに悪口を言う雪名さんが尊敬……?」
「好葉って私の事何だと思ってるの」
「一体誰なんですか!?その人はちゃんと雪名さんと釣り合う人なんですか!?変な男なら認めませんよ!」
「どうしたの好葉。酔ってる?」
土下座スタイルから立ち上がって呆れたように私にため息を吹きかける雪名さんを後目に、白井さんが代りに答えてくれた。
「
「今川龍生!?」
私は悲鳴を上げた。
「共演者キラーって言われてる今川龍生ですか!?ありとあらゆる女優歌手と浮き名を流しているあの今川龍生!?」
「人の噂が当てにならないのは、最近早川結音の件で知ったはずじゃないの?」
「あの雪名さんが庇った……。相当好きなんですね……」
私は絶望的になった。
今川龍生は確かに、実力派俳優として知られる30歳の人気者だ。イケメンではないけど、古き良き男らしさを感じる容姿をしている。そして、かなりの遊び人としても知られている。
高貴な女王様のお相手が、あんな軽い男なんて私は嫌。私は頼りの白井さんに訴えた。
「白井さん、いいんですか?事務所の大事な女優が、熱愛なんて発覚したら大変じゃないですか。今回のドラマの間、ちゃんと見張ってないと」
「ごめんね牧村ちゃん。うちの雪名はアイドルじゃないので、恋愛は御本人にお任せしているの」
「そんなぁ」
私が白井さんの裏切りに絶望的な声を上げていると、雪名さんは自分の事なのに完全に興味のない顔をしていた。
「あのね二人共、そういう好きとかじゃないんだけど。というか、この私が恋愛なんてすると思うの?」
「その言葉、逆に恋愛フラグですからね!」
「話が通じな過ぎて、逆に面白くなってきたわ」
雪名さんは諦めたように天井を見上げた。
「私にもっと芸能界で居場所があれば、その今川龍生に近づいて本性を見極めて差し上げるのに……」
私がぶつくさ言っているのを、白井さんは面白そうな顔で見つめていた。そして、ぽん、と思い出したように手を叩いた。
「そうだ!雪名、この一週間のロケ終わった頃に、今川龍生も参加する飲み会に誘われてたわよね?」
「前に断ったわよ。『楽しそう!行けたら行きますー』って」
「行けたら行くんでしょ?それに、牧村ちゃん連れて行ってきなさいよ。牧村ちゃん、今川龍生の本性見極めて来たら?」
「え?私も行っていいんですか?」
思いがけない誘いに私は驚いた。というか、それってもしかして結構有名な俳優女優さん同士で集まるやつなのでは?
「いーのいーの。結構みんな友達勝手に連れて行くみたいだし。雪名にはもう少し仕事仲間と交流深めてほしいし、雪名も牧村ちゃんが近くにいたら少しはストレス緩和できる気がしない?」
白井さんの言葉に、雪名さんは心底嫌そうな顔をしていたが、私はそんな雪名さんを無視することにした。
「是非行きたいです!雪名さん、是非ご一緒させてください。そして、私が今川龍生が雪名さんに相応しいか見極めます」
「すっごく余計なお世話なんだけど」
雪名さんは大きなため息をついて、そして言った。
「じゃあ、飲み会の後、好葉があの赤いピンヒールを履いて踏んでくれるなら、連れて行くわ」
「え、あの穴が開きそうな……?」
「しないなら行かない」
「踏ませて頂きます」
「分かった。絶対に約束よ」
そう言って雪名さんは、小指を差し出した。
案外子供っぽいんだな、と思いながらも私は雪名さんの小指に自分の小指を絡ませると、雪名さんは少し機嫌が良くなったようで不細工に笑った。
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