第46話 踏み台
その時だった。ガチャガチャと乱暴な音がしてスタジオのドアが勢いよく開いた。
「千奈テメェ!!」
ヤンキーのカチコミの如く、鬼のような表情で入ってきたのは結音だった。
「マネージャーから聞いたぞ。何勝手な事してくれてんだよ!」
突然怒鳴り込んできた結音にわたし達が怯えている一方で、千奈はホワホワのまま一切動じずに言った。
「言ったじゃない。結音は今は何もしないでって。ちゃんと私達が根回しして……」
「それはいつになるんだよ!!」
結音は泣きそうな顔をしていた。
「私は!今!アイドルとしてステージに立ちたいの!いつか、なんて悠長なことしてられねえだろ!花水木組だってね、いつまで売れているかわかんねえんだぞ!次から次へと新しいアイドルがくるんだ!」
「わかってる!今もう準備が整って……」
「分かってねえよ!」
結音はそう言って千奈の腕を掴んだ。
「お願いだから……」
そう言って頭を下げる結音を、千奈はしばらくみつめていた。そして、小さくため息をついてから「分かった」と呟くと、わたしたちの方を向いた。
「お騒がせして、ごめんなさい。帰ります」
そう言って、静かにスタジオを出ていった。
「さすがに、聞いてもいいよね?事情」
私は、その場に下を向いたまま立ち尽くしている結音に声をかけた。
千奈の持ってきてくれたゼリーはまだ箱に入ったままで冷たい。
「誰にも言うなよ」
結音はそう釘を差して、そしてゼリーを勝手に取りだしてぐちゃぐちゃとスプーンで混ぜ始めた。相変わらず美味しく無さそうな食べ方だ。
「踏み台だって言ったのは、私じゃなくて千奈なんだ」
「え」
一言目からの衝撃事実発覚に、私達はうまく反応できなかった。
結音は続けた。
「あの時、花水木組は売れて一番忙しい時期で。バラエティとかアイドル以外の仕事が入ってた私が一番忙しかったのは忙しかったんだけど、でもその分事務所が手厚くフォローしてくれてたから別に私はたいしたこと無かった。でも、グループのセンターとして責任が重かった千奈の方は、忙しいのにフォローがあんまりされなくて、色々キツかったみたいでさ」
結音はそう言って、ぐちゃぐちゃになったゼリーを口に流し込んだ。そして小さく息を吐いて続けた。
「あの日。小さなライブハウスでのライブをした日、グループでちょっとしたイザコザがあって。で、千奈が仲裁に入ったんだけど、あの時千奈はもう限界だったんだろうね。『あんた達の仲裁するために芸能界入ったんじゃない!こんなグループなんて!アイドルなんてただの踏み台なんだから!』って叫んだんだ。そして、それがたまたま裏口の近くで……。ライブの待ち時間にファンがライブハウスの前で待ち中の実況動画撮ってたみたいなんだけど、その動画に音声が入っちゃったんだ」
「それが、ネットに流出した音声なんだ」
私が確認するようにたずねると、結音はコクリと頷いた。
「すぐに削除するように事務所が頑張ったけど、もう結構拡散されててね。メンバーの誰が言ったんだって検証されて……でも、音声が荒すぎて正確な検証はされなくて、多分……とか言いそうな奴、みたいな感じで私の名前が上がったの。ほとんど人前で声を荒げたことがない千奈は、容疑者にすら上がらなかった」
確かに、そんな声が聞こえたなら、アイドル以外の仕事を多くしていて、且つ気の強そうな結音の方が容疑者になりそうだ。
「でもさ、それでよかったと私は思ってる。あのタイミングで、センターの千奈がそんな事言ったなんてバレたら、今の花水木組は無かった。千奈のあの発言が本心だったか、そうじゃなかったかなんてどうでもいいけど、千奈は絶対にそんな事言っちゃだめ。絶対にホワホワで優しくて可愛い千奈じゃなきゃだめだろ!それはメンバー全員の総意だった。だから、世間のご希望通り、私が言ったことにすることにした。そして、私がそう言った信憑性を持たせるために、メンバーとは今は仲が悪いことにしてる」
「そんなのあり?だって、それって早川さんが損するだけじゃん」
爽香がぷりぷりと言った。私も何だか腑に落ちない。以前雪名さんが言っていた「あの子は人のために自己犠牲なんかするタイプじゃないでしょ」という言葉が蘇る。
しかし意外にも、結音は少し勝ち誇った顔で答えた。
「もちろん、ただじゃないわよ。私が言ったことにして誰にも言わない代わりに、女優やモデルの仕事が事務所にきたら優先的に私に振ってもらうように契約したからね。いっぱいチャンスもらって、おかげで仕事には困らない。まあ、だから実際に踏み台にしたんだよね、私」
「もしかして、千奈ちゃんが『根回しして復活させてあげる』って言ってたのって……」
「多分。罪悪感があるんだろうね。余計なお世話だっていうのに」
結音は寂しそうに答えた。
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