第25話 パンプス

「お待ちしておりました」

 二人で靴屋さんに入ると、以前と同じ店員さんが笑顔で挨拶してくれた。

 実は今日までになんどか靴屋さんに呼ばれてサイズ合わせをしていたので、もう初めの頃のようには緊張しない。

「素敵な力作が出来ましたよ」

 嘘。緊張しないなんて嘘だった。

 店員さんが持ってきた箱を見た瞬間、私の心臓はグワングワンと踊りだした。

「まずは、ダークグリーンのチャンキーヒールのものからお出ししますね。あ、今日のお召し物にピッタリですよ」

 そう言って取り出されたパンプスは、お店でよく見るものよりやはり小さくて、でもちゃんと大人っぽいデザインの一品になっていた。

 店員さんは、私の目の前にそのパンプスを置いた。

 恐る恐る足をその中に入れてみる。

 驚くほどピッタリで、そして履いてみると一段と大人っぽく、オシャレだった。

「素敵……」

 語彙力が無いのが悔しい。

「本当に素敵ですよ。牧村様は足は小さいですけど、ちゃんと足首はくびれて、骨格もしっかりしていて大人の足なんです。だからこうして合う靴に出逢えれば、大人っぽい足になれるんですよ」

 店員さんが流れるように説明してくれる。

 本当に、多分初めて靴を履いて感動したと思う。横で雪名さんが大きく頷いている。

「わかるわ。好葉の足は、小さいだけじゃないのよね。ダンスをしているおかげか、しっかりとした強い足をしてて……それがまた踏まれるのに丁度いいっていうか……」

「ヴゥんっ!!雪名さんっ!」

 私は慌てて咳払いをして雪名さんの発言を止める。全くもう、人が感動してる時に。


「違和感とかありませんか?痛いところとか、緩いところとか。なければ次のパンプスを」

 店員さんが、次は真紅のピンヒールパンプスを取出した。

「素敵じゃない!ねえ」

 私より先に雪名さんが歓喜の声をあげた。

「は、履きづらそう……」

 私はそう呟きながらピンヒールパンプスに足を入れ、そして軽く歩いてみる。

「あれ、思ったより歩けるか……」

 と思った瞬間にふらついた。店員さんがすぐに支えてくれた。

「牧村様はヒールに慣れていないようですので、さっきのチャンキーヒールので慣れてからこちらを履いたほうがいいかもしれません。それか、あまり歩かない機会に使うとか」

「そ、そうですね」

 私は真っ赤になってそう答えた。

「でも素敵なのは素敵。なんていうか、せくしー?」

「ええ、とってもセクシーよ」

 ふと気づいたら、雪名さんがうっとりした顔で足の写真を撮っている。

「素敵。すてきよ。まずは歩く練習しましょうね。ああ楽しみ。楽しみね好葉」

 何が楽しみなのかは聞きたくない。てか、やっぱりこれで踏んだら絶対に雪名さんの背中に穴が開くと思う。

 プロの店員さんは、興奮している雪名さんには動じる事なく、私が脱いだピンヒールパンプスをまた箱に丁寧にしまっていく。多分、あれが雪名さんの趣味のものだと完全に察していているんだろう。


 履いて帰ることを伝えて、再度ダークグリーンのパンプスを出してもらう。

 やっぱり素敵だ。


「気に入ったかしら」

 店を出て、雪名さんがたずねる。私はコクコクと頷いた。

「そりゃあもう、あんまり素敵で大感激です!!ありがとうございます!」

「好葉の為じゃないから。好葉の足の為だからね」

 さっきも聞いたので知ってます。

「でも、赤いのはまだ歩けなそうですけど……」

「そうねえ」

 雪名さんは少し考え込んだ。

「とりあえず私が持ってるわ。勝手に履いて怪我でもされちゃ困るし」

 そう言って、雪名さんはピンヒールパンプスの入った箱の袋を取り上げた。

「さて、夕食でも食べに行きましょうか」

「白井さんは?」

「帰ったわよ。今日は本当はオフなんだから」

「わざわざ車出してくれたんですか?」

 白井さんって本当に雪名さんに至れり尽くせりなんだな、と感心してしまった。

「この近くのイタリアンに予約を取ってるから。歩いて行ける範囲よ」

 そう言って、雪名さんマスクと伊達メガネ装着してサッサと歩き出した。

 私も急いで雪名さんを追いかけるた。すると、ツ、と足を取られて転びそうになった。やっぱりまだ慣れないせいか、急いで歩こうとすると転びそうになってしまう。

「もう。ほら」

 雪名さんは私の所に戻ってくると、すっと手を差し伸べた。

「えっと」

 私が戸惑っていると、雪名さんは面倒くさそうな顔で言った。

「ほら、サッサと行くわよ」

「手を繋いで?あの、大の大人が手を繋いでたら目立ちませんか?」

「はあ?どこがよ」

 雪名さんはそう言って周りを見るように促す。

 チラチラとカップルが仲良く手を繋いで歩いていくのが見えた。

「いや、でもカップルじゃないし……」

「ラブラブ手を繋ぐ訳じゃないんだけど。介助よ介助」

「まあそうですよね」

 私は素直に雪名さんの手を取った。

 思ったよりも暖かい女王様の手に介助されながら、私は夜の街を新しい靴を履いて歩いて行くのだった。










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