第24話 ワンピース
金曜日になった。
夕方白井さんが迎えに来てくれた車に乗り込むと、雪名さんはいなかった。
「あれ?雪名さんは?」
「ちょっとホテルにいるわ。牧村ちゃんも一旦ホテルに寄ってもらうけどいいかな」
「はい、大丈夫ですけど」
ホテル?なんだろう。え、今日は靴を取りに行くんだよね?踏むんじゃないよね?
ホテルに着くと、雪名さんが優雅に紅茶を飲みながら待っていた。
「……やっぱりだわ」
「えっ?」
「脱ぎなさい」
「えっ?」
「脱ぎなさい」
女王様には逆らえず、私はスニーカーと靴下を脱いだ。
「何してるの?」
「えっ?脱ぎましたけど」
「服を脱ぎなさい」
「え!?」
それは、それはさすがに!
「それはさすがに一線を越えるわけには!!」
「何言ってるの?今日取りに行く靴に合うワンピースに着替えるのよ。早くして」
「へ?」
よく見ると、雪名さんの側に、薄緑色のワンピースが置かれていた。
「好葉のことだから、カジュアルな服で来ると思っててね。仕事終わりでしょうし。でもどうせなら新しい靴を履いておしゃれな食事でも楽しみたいでしょ?」
「な、なるほど」
変な勘違いをしてしまったようで恥ずかしい。私は雪名さんからワンピースを受け取ると、慌てて自分のカジュアルなシャツとジーパンを脱いで着替え始めた。
「あれ、えっと、これどうやって紐結ぶんですか」
「貸しなさい」
雪名さんが、慣れないオシャレワンピースに手間取っている私を手伝ってくれた。
「それにしても、忙しいみたいね」
「え?」
雪名さんが紐を結びながら言った。
「前なら、予定を聞けば、いつでも大丈夫って即答だったじゃない。それがいっちょ前にスケジュール確認するようになるんだから」
「あー、あはは。雪名さんの宣伝のおかげです」
私は照れたように言った。
「雪名さんが、映画の情報公開の時に私達の名前出してくれたから、ちょっと注目されて。それで事務所も力入れてくれたり予算くれたりして」
「別に。私も事務所から、あなた達の名前出せって言われたから言っただけよ。ま、一応事務所に期待されてるんじゃないの?あとは自力で頑張ればいいんじゃない?」
雪名さんがそう素っ気なく言ううちに、ワンピースの装着が終わった。
「うん、悪くないわね」
「そうですか?大人っぽすぎません?」
ちょっと肩の出たスタイルのワンピース。あまり着慣れないので恥ずかしい。
「私が選んだのが気に入らないっていうの?」
「ま、まさか!え、雪名さんが選んだんですか?」
「別に好葉の為じゃないから。好葉の足の為だからね」
ツンデレ構文で訳の分からない事を言わないでほしい。まあでも嬉しい。
「ありがとうございます」
「さ、早く行きましょう」
そう言って、雪名さんはさっきまで飲んでいた紅茶を片付けようとした。
ふと、私は紅茶の横に置かれている角砂糖に目をやった。あれは……見たことある!!
「雪名さん、その角砂糖、和菓子屋のじゃないですか?」
「ふふ、そうよ」
雪名さんはちょっと自慢気に微笑んだ。
「な、なんで!?私が聞いたときには、テイクアウト用に売ってないってお店の人言ってたのに」
「あれから結構通い詰めてね。共演者への差し入れをあのお店に注文したり、常連になって、店主のお爺さまとも仲良くなって、頼み込んで特別に作ってもらったの」
雪名さんはそう言って、赤いハイヒールの描かれた角砂糖を一つ摘む。私はちょっと不貞腐れてしまった。
「えー、いいなぁ。私も常連の自覚あるのに特別になんて、作ってもらったことない」
「よかったらあとであげるわ」
雪名さんは角砂糖を片付けながらニヤリと笑った。
「私ね、欲しい物はどんな手段使っても絶対に手に入れるから」
そうして、着慣れないエレガントなワンピースと全くミスマッチなスニーカーを履いて、また白井さんが運転する車に乗って靴屋に向かう。
「これじゃ、スニーカー浮いちゃいますね」
「まあ車からドアトゥドアだから我慢しなさい。それに一応、そのスニーカーだってファンからもらった大事なものなんでしょ?」
雪名さんの言葉に、私は大きく頷いた。
「そうなんです。これくれたの、私達がデビューしたばっかりの頃からのファンで、トモさんって言うんですけど、いっつも封筒が立つくらい分厚いファンレター送ってくれる人なんです。前のあの莉子ちゃんのファンの事件の後も、今は無理しないでっね言ってくれたり、好葉さんはあの時とっても頑張ってて素敵でしたとか、何か私の欲しい言葉をくれるっていうか」
「ふうん」
あ、つい喋りすぎたようだ。雪名さんの声のトーンが低い。
「お気に入りのファンなのね」
「お気に入りっていうか、その、まあ」
「ファンに優劣をつけるのはいかがなものかしら」
「ゆ、優劣つけてるつもりなんか無いです!」
私は慌てて言う。
「今はスニーカーの話題を振られたからトモさんの話をしただけで!皆大事なファンです!」
「分かった分かった」
雪名さんは私を適当にあしらう。そして、ふと顔をそらしてため息をついた。
「これから好葉の靴を取りに行くっていうのに、他の靴をくれた男の話を嬉々としてするなんて……本当に好葉は魔性の女ね」
「私が魔性の女……」
雪名さんに言われたくはない。でも、ちょっとだけ、ちょっとだけだけど、言われ慣れない大人っぽい呼称になんだかニヤリとしてしまう。
「悪くないかも」
「調子乗るんじゃないわよ」
「は、はいっ!すみませんっ」
そうしているうちに、車は靴屋さんの前に到着した。
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