偽装カップル

39.あたしたち、付き合うことになったから!



 偽装カップルをすることになった翌朝、教室の前。

 翔太は緊張から「ふぅぅ~」と大きく息を吐く。


「なぁ、本当にそれで入るのか?」

「当然っ、なんたって最初が肝心だからね! あ、もしかしてしょーちゃんってばビビってる?」

「……そういうんじゃねーよ」

「それともあたしにドキドキしてる?」

「するか、バカ」


 そう言って美桜はニッと揶揄うような笑みを浮かべ、翔太の腕を組み、抱き寄せる。

 いくら仲が良い、幼馴染だといったところで、傍目からどう見ても近過ぎる距離。これなら一目でただならぬ仲だと思うだろう。

 そして必然、密着することになる。美桜の想像以上に柔らかい身体を感じてしまい、悪態とは裏腹にごくりと喉を鳴らす。


「…………」

「っ!」


 背後でその様子を見守っていた英梨花からの冷たい視線を感じ取った翔太は、誤魔化す様にコホンと咳払い。


「行くぞ」

「おうさ!」


 そして意気込みながら朝の挨拶と共に教室へ。


「はよーっす」

「おっはよー!」

「おっはーー」

「おー――」

「――……」


 中に入るなり、いつものように返されるはずの挨拶が止まり、ピシャリと皆の顔が固まると共に、空気が困惑の色へと塗り替えられていく。

 遠巻き気味に見ているクラスメイトたちも、そこかしこであれは何? どういうこと? といった疑問を囁きあう。

 想定外の反応に頬を引き攣らせる翔太と美桜。


「(おい、なんか思ってたのと違うんだが⁉)」

「(あ、あたしも戸惑ってる!)」

「(ど、どうするよ?)」

「(ん~~~~、プランBで!)」

「(B以前にAもないだろ!)」

「(てへっ!)」


 顔を寄せ、ああだこうだといい合っていると、一人「んんっ」と喉を鳴らしやって来る者がいる。和真だった。和真はなんとも訝しむ表情で、恐る恐る訊ねる。


「なぁ、翔太に五條。それ、何かの遊び? それとも罰ゲームか何かか?」

「……ぷふっ」

「長龍くん⁉ って、しょーちゃんも笑うな!」

「いでっ⁉ ……いやだってさ、俺も和真の立場だったらそう思――い゛ぃい゛っ⁉ おい、それマジで痛いから!」

「ぐぎぎ……っ」


 そんないつも通りなやり取りに和真も肩を竦め、周囲からも笑い声が上がる。

 幾分か緩んだ空気の中、和真が再度、問い直す。


「で、それどういうつもりなんだ?」

「あー……これは、だな」

「あたしたち、付き合うことになったから!」

「…………へ?」


 なんだかんだ気恥ずかしさから口籠った翔太とは裏腹に、美桜はあっけらかんと応える。まるで昨日夜更かししてお菓子食べちゃったとか、登校途中に猫を見かけたという風に、さらりと事も無げに。

 その言葉の意味がよく呑み込めず、ぽかんと口を開けて目をぱちくりさせる和真。周囲にも唖然とした空気が流れている。

 気持ちはわかる。翔太ももう少し情緒というか雰囲気というか、言い方があるだろうと痛む額に手を当て、まぁしかしこれはこれで美桜らしいと、観念したような声色で言う。


「そうだよ。美桜と付き合うことになったんだ」

「付き合うって、五條とその、いわゆる彼氏彼女の関係ってやつに?」

「あぁ」

「……マジか」

「そうそう! だからこうしてラブラブアピールしてる……はず?」

「おい、そこで疑問形になるなよ!」

「ふひひっ!」


 そんな風に翔太と美桜がじゃれ合っていると、皆も事態を把握したのか、それぞれどよめきだし様々な言葉が飛び交う。「だよなー」「え、本当に?」「まぁ五條と葛城、昔から仲良かったし」「むしろやっと?」「五條、狙ってたのに」「むしろ、美桜の方が狙ってやってた⁉」「え、それすごく萌えるんだけど!」「…………うそだ」などなど。

 その内容は同じ中学だった人たちを中心に、さもありなんとばかりに言われ、しかしスルリと受け入れられていく。

 身構えていた特に大きな反発もなく、ホッとしていると和真と目が合った。


「……そういうことだから」

「ま、お似合いだよ」

「……ははっ」


 祝福の言葉を掛けてくれる昔からの友人にウソをついていることからチクリと胸が痛み、乾いた笑みと共に目を逸らす。


「…………」


 するとその先には釈然としないとばかりに言いたげな、表情の読みづらい英梨花の顔。

 翔太は気まずい苦笑いを浮かべた。


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