38.うぐっ、…………わかった



 突然の、告白というにはムードも雰囲気もへったくれもなく、まるで今日の夕飯を尋ねるかのような物言いの提案に、思わず間抜けた声が漏れる。

 呆気に取られる空気が流れる中、英梨花は目を信じられないとばかりに大きくし、美桜に訊ねる。


「……みーちゃん、兄さんのこと、好き?」

「好っ⁉」


 その言葉で美桜は自分の発した言葉の意味を認識したのか、顔を真っ赤に染め上げあたふたと手を振り言い訳を紡ぐ。


「いやほら、カレシといってもフリだよ、フリ! ほら、あたしにカレシができたってわかったら、こういうめんどいことも起きなくなるんじゃないかなーって」

「あぁ、なるほど。いやでも……」


 美桜の言い分には一理あることだった。偽装カップルによる男避け。それはわかる。

 しかし、その時かつての失敗・・・・・・が脳裏を過ぎった。

 苦々しい気持ちが胸に湧き起こる。ありていに言えば、自信が無い。

 翔太がまごついていると、ふいに美桜が傍にやってきて、耳元に口を寄せて囁く。


「(『バッカヤロウ、実の兄妹だからいいんじゃねーか……』)」

「っ⁉」


 ビクリと肩を跳ねさせる翔太。

 それは先日、和真に押し付けられたエロ同人誌の台詞。美桜はにんまりといやらしい笑みを浮かべ、視線を美桜に映し、三日月に歪ませた口を開く。


「(しょーちゃんが妹モノのエロ同人誌を持ってるの、えりちゃんが知ったらどう思うかなー?)」

「てめ、美桜……ッ」

「引き受けてくれるよね、しょーちゃん?」

「うぐっ、…………わかった」


 その弱みを出されると、翔太は断れようはずがない。こちらに向けて、きょとんとした目を向けている英梨花を見れば、なおさら。

 不承不承に頷く翔太に、美桜は満足そうな笑顔を咲かせ、意気揚々と拳を掲げた。


「よーし、じゃあ今日はお祝いにカレーにハンバーグもつけちゃおっかー!」

「……おー」


 翔太の気の抜けた声が、校舎裏に虚しく響くのだった。



 その日の夜。

 リビングでテレビを付けながらスマホを弄っていた翔太は、キッチンで食器を洗い終えた英梨花がお風呂へ向かうのを確認した後、ソファーで寝転びながら漫画を読んでいる美桜に話を切り出した。


「なぁ美桜、良かったのか?」

「ん、何がー?」

「偽装カップルのこと。仮にも俺と付き合うってのを周囲に知らせたらさ、何ていうかその、他に好きな人が出来た時とかに困るんじゃ?」


 その質問は、気になっていることというよりも、確認するという意味合いが大きかった。

 翔太は何故美桜が家事を積極的するようになったのかを知っている。また、両親の再婚のこともあり、男女の交際について思うことがあることも。傍でずっと見てきたのだ。

 だから、たとえ相手が気心知れた自分とはいえ、カップルを演じることに思うところがあるかもしれない――そう思って聞いてみたのだが、予想に反し明るい声が返ってくる。


「あっはっは、そんなことあるわけないじゃん。恋愛とかちょっと考えられないかなぁ」

「そっか、ならいいけど」

「てか今さらだけどさ、しょーちゃんの方こそよかったの? 彼女作れなくない? まぁ他に好きな人が出来たって言ってくれればすぐ別れるよ。あたし、理解ある女だから!」

「言ってろ。それに俺も当分、そういうのはいいかなぁ」

「ま、あんなことあったしね。だからこそ遠慮なくしょーちゃんに頼んだわけだし」

「確信犯かよ」

「てへっ☆」


 美桜の言葉に、くしゃりと顔を顰める翔太。

 翔太が美桜の事情を知っているように、美桜もまた翔太の苦い失敗を知っている。

 ――これだから幼馴染ってやつは。


「てわけで改めてよろしくね、しょーちゃん」

「おぅ、任せとけ」


 そう言って互いに苦笑いを浮かべた翔太と美桜は、どちらからともなく握り拳を作ってコツンとぶつけ合った。

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