32.既に厄介になっているかも
今朝は寝惚けた英梨花とひと悶着あったものの、新生活にも随分慣れてきた。
それは高校生活にも言え、そして他の皆も同じなのだろう。
休み時間の教室を見渡せば、もはやそこに初々しくも余所余所しい空気はない。
そこかしこで新しく出来た友人同士のグループで、昨日うちで飼っている猫が云々、話題になっている配信者を見てみたら嵌ってしまってどうこう、駅前の春限定新作スイーツを食べに行かなきゃ等々。そうした他愛のない話で盛り上がっている。
また交流の輪を広げようとして、そのストラップのキャラ好きだとか、そのライブ配信自分も見たよだとか、共通の話題を見つけるなり積極的に話しかける人も多い。
そうした日常を眺めていると、美桜から「うげっ」という声が上がった。
「どうした、美桜?」
「そのですね、鞄の中でヘアピンがひっくり返しちゃって……ほら」
「うわ、これはひどい。美桜って雑なところあるからなぁ」
「あ~、たまにやっちゃうよね、それ」
「オレもこないだ、筆箱閉め忘れて鞄の中がえらいことになっちゃったよ」
「コンビニで買ってきたパンとかぺしゃんこにしたことあるぜ」
「五條って、そういうところ抜けてるよな」
「うぅぅ~、片付けるのめんどくさいから、いっそこのままでもいいかなと思う自分がいる……」
「はは、ウケる」
「何なら手伝ってやろうか?」
美桜はノリがよく竹を割ったようなサバサバとした性格で話しかけやすいらしく、今も話題を提供すればあっという間に人が集まり、弄られる。翔太もわざわざその中へと戻っていくのが躊躇われるほどの盛況ぶり。肩を竦め、一歩下がってその様子を見やる。
ここのところすっかりお馴染みの光景だった。
それだけなら、中学時代もよくあることだった。
しかし今の美桜は幼馴染の欲目を抜きにしても、ふわふわと可愛らしい美少女だ。
そんな見た目であけすけな物言いと近い距離感で接せられれば、色々と
「…………」
だけど最近やけに胸がざわつき、イヤな予感がした。
問題はそれだけじゃない。英梨花の方へと視線を向けてみる。
今も自分の席で一人、スマホをいじりながら誰も寄せ付けないオーラを発している。 美桜とは対照的だった。
厳密に言えば一応、先ほど英梨花に話しかける人はいた。スマホの画面が見えたのか、「葛城さんもそのゲームやってるんだ?」と話しかけられていたのだが、すぐさまスマホを手繰り寄せ英梨花から冷たい瞳でジッと見つめられれば、彼もたじろぎ「か、勝手に見て悪かった……っ」と言って退散するしかないだろう。
翔太にはただ恥ずかしがっているだけというのがわかるのだが、それを付き合いの浅いクラスメイトに分かれというのは酷というもの。
最近の英梨花は、家ではよく話すようになってくれたものの、学校では相変わらず孤高の人というか、ぼっちになってしまっていた。先ほどの様な事も多い。今後の学校生活を思えば、何かと頭が痛い。英梨花自身はあまり気にしていないのが幸いか。
翔太が渋面を作っていると、ポンと肩を叩かれた。
「よっ、何変な顔をしてんだ、翔太?」
「和真。あーいや、特に何も……」
「五條が取られて面白くねー、って顔に書いてあるぞ」
「うるせーって」
「にひひっ」
微妙に図星を突かれる形になった翔太がジロりと睨みつければ、和真は怖い怖いとばかりに両手を軽く上げる。
美桜の方へと目を戻してみれば、笑顔を振りまきながら弄ってきた男子にツッコミをいれるかのようにボディタッチ。翔太はそれを見て「はぁ」、とあからさまな大きなため息を1つ。
話のついでとばかりにこの古くからの友人に、懸念を吐き出すことにした。
「何ていうかさ、美桜のやつって女子としての慎みが欠けているというか、隙が多いんだよ。そのうちそれを変に受け取られて、厄介なことにならなきゃいいんだが」
「あー…………それ、なぁ…………」
「……和真?」
すると、なんとも歯切れの悪い言葉を返される。何か含みがある困ったような表情になる和真。
翔太が訝しむ顔を向けるも、ぽりぽりと人差し指で頬を掻くのみ。ジト目を向けていると、やがて和真は観念したとばかりにふぅ、と息を吐き出し、重々しく口を開く。
「既に厄介になっているかもだな」
「どういうことだ?」
「ガチで狙ってるっていう話はよく聞く」
「…………は?」
あり得そうな話だった。だけど、心は咄嗟にそれを認めないとばかりに拒否をした。
和真はそんな翔太の心境など慮らず、言葉を続ける。
「オレ以外の同じ中学のやつとか、頻繁に五條のこと聞かれてるし」
「マジかよ。俺、聞かれたことないぞ」
「そりゃ、翔太は五條に一番近いところにいる男子だからな。いつも一緒に登校しているし、さっきだって話しかけられていた。ライバル視、嫉妬っていうの? 直接聞かれることはないだろうよ」
「……なんだよ、それ」
今まで美桜はこうした色恋沙汰とは無縁のところに居たのだ。
だから和真からそう告げられても今一つ実感がわかず、胡散臭い顔になるのだった。
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