30.ここにいる。どこにも行かないよ
寝る、という言葉で一瞬あらぬことを考えてしまったものの、続く美桜の言葉で思い直し、すぐさま率先して準備に乗り出す。
座卓を隅に追いやり3人の布団を敷き詰めれば、六畳間はたちまち一面布団の海に早変わり。それを見てうずうずしていた美桜は、「とぅっ!」と言って飛び込みゴロゴロと転がった。
「ったく、何やってんだよ美桜」
「いっやー、童心に返るね、これ! しょーちゃんにえりちゃんもおいでよ!」
「んっ!」
「英梨花まで!?」
美桜に続いて飛び込み転がる英梨花。
普段は見せない子供っぽい行動に、思わず皆の口から笑いも転がりおち、翔太も2人に倣う。
ひとしきり遊んだ後、そのまま雑魚寝状態で誰からともなく灯りを消す。
「いっやーたまにはこういうのもいいもんだね」
「昔も、こうだった」
「そうだな」
「このまま寝ちゃうのももったいないし、お喋りしようよ。猥談しようぜ猥談! 雄っぱいっていいよねー」
「雄……?」
「美桜、お前はいきなり何を言って……」
「雄っぱいは雄っぱいだよ。ほら、筋肉を鍛え上げられキャラの、分厚い胸板! 男臭さの中にあるほのかな色気っていうのかなー? わっかんないかなー?」
「わかる。案外ぷにっとして弾力ありそうだし、押してみたい。硬いのも突いてみたい」
「英梨花さん!?」
「お、わかってくれるかい、えりちゃんや! 俗に二の腕と同じ感触っていうけど、雄っぱいはどうなんだろうね?」
「非常に気になる」
「てわけで、しょーちゃんちょっと!」
「うわ、おい、くすぐったいやめろ!」
翔太がいきなりの突拍子もない言葉に困惑していると、どうしたわけか意気投合し出す美桜と英梨花。
一方的なスキンシップの憂き目に合わされた後も、オネショタでショタに主導権を渡すんじゃねぇ! とか、百合の間に挟まっても許される男がいるだとか、そんなディープな話題で盛り上がる。意外なことに英梨花もそうしたことに造詣が深く、いつもより饒舌に話していた。どうやらすっかり壁も取り払われたようだった。
やがて話す言葉も途切れ途切れになったかと思うと、ぐぅすぴ、くぅくぅと規則正しい吐息が聞こえてくる。どうやらはしゃぎ疲れて電池が切れ、寝落ちしてしまったらしい。
翔太も苦笑しつつ、2人と同じく夢の世界に旅立――とうとするものの、上手くいかなかった。
それはそうだろう。翔太だって若くて健康なのだ。心とは裏腹に、そうしたことに興味が向くのも当然のこと。
いかに妹や幼馴染と言えど、見目麗しく魅力的になった年頃の少女2人がすぐ間近で無防備な姿を晒していれば、気にならないわけがない。
(……くっそ)
なんだか妙に寝付けないことが、自分だけ意識しているのが悔しくて、彼女たちから距離を取るようにして背中を向ける。
強引に目を瞑り、何も考えないようするものの、鋭敏になってる感覚が様々なものを捉える。
時折聞こえてくる寝返りを打つ衣擦れの音や、悩まし気にも聞こえる口から洩れる寝息。普段は決して見せない姿が、胸が騒めかす。心なしか、どこか部屋にも彼女たちの甘ったるい匂いが漂っている気もする。
悶々としたものが蓄積される中、「はぁ」とため息を吐き、水でも飲もうと思い身を起こそうと思った瞬間、コテンと背中に何かが押し付けられた。
「……にぃに」
英梨花だ。首を回して見てみると、英梨花が背中に甘えるようにおでこをぶつけ、縋りつくかのようにキュッとシャツを掴んでいる。まるで、どこにも行くかの様に。
ふいに先ほど、美桜と楽しくはしゃいでた姿を思い返す。
あぁ、英梨花と離れ離れになってしまったが、自分には美桜がいた。美桜が居たから、この髪の色で色々言われることがあっても、寂しい思うことはなかった。運が、巡り合わせが良かったのだ。翻って英梨花はどうだったのだろうか?
そのことを思い想像してみると、キュッと胸が締め付けられる。
すると途端に、不埒な情欲に滲んでいたこの胸の内に恥ずかしさを覚えると共に、慈しむ心が生まれていく。
「ここにいる。どこにも行かないよ」
そう言ってくしゃりと妹の頭を撫でる。
英梨花は「ん」と小さく、しかし嬉しそうな声を零し、翔太も釣られて笑顔になるのだった。
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