第49話 クロの友人と呼び名

 店の中に入ると高級感のある店内は昼過ぎにもかかわらずガラガラだった。

 オレオルはそんなお客のほとんどいない店内を見て、『祭りの影響なのだろうか』とぼんやり思う。


 優待券を見るとこのエレッセリアはこの国では各地にある高級レストラン様だった。

 だから、『今はせっかく祭りで普段食べれない珍しいものが食べれるのに、わざわざ高いお金を出していつでもどこでも食べられるものを食べる人は少ないだろう。だからガラガラなのかもしれない 』と考えたためだ。


「いらっしゃいませ」


「4人ですが個室はありますか?  」


 オレオルが券を渡しながらそう尋ねると店員の女性の顔がみるみるうちに青ざめていった。


 そして、突然頭を下げてきたその女性。


「優待券をお持ちの方とは知らず失礼いたしましたっ…!!  」


 深深と頭をさげる女性にオレオルはうろたえた。


「え!? 何もされてないのでそんなに謝らなくていいですよ!? 」


「いえ! その券をお持ちの方はオーナーのご子息様の被害者の方だけですので…」


「オーナーのご子息の被害者…? 」


「左様でございます…」


 そ、そうだったんだ…という事は、あの人…酔って絡むの常習犯だったりしたのか?

 でもまあ…あの人の言葉には俺もわかる所が無いわけじゃなかったしな…


「本日はお詫びも込めて精一杯おもてなしさせていただきます…」


「あ、ありがとうございます…? 」


「それでは個室へご案内いたします…」


 こうしてオレオル達はものすごく恐縮している女性に案内されて、ガラガラの店内を横目にこの建物の離れにある個室まで向かうことになった。


 その途中──


「なぁ、お前らこの店のやつに何かされたのか〜? 」


 優待券を貰った経緯を知らない、クロの知り合いらしい白髪の男がクロに小声で話しかけた。


「あぁ、そこの雛鳥がな」


「雛鳥…ふーん…なるほどなぁ〜」


 男はそう言いつつオレオルを見るとクロにだけ聞こる様に【通話】の魔法でクロに話しかけた。


『お〜いニクス、こいつなんかワケありか〜? 』


 話しかけられたクロの眉が僅かに動いた。


『あぁ、少々厄介な事になっている』


『おいおい…お前がそう言うって大概じゃねえか…』


『そりゃ、しくじると最悪世界が滅ぶかもしれねえんだ…さすがの俺も慎重になる』


 クロがそう言ったタイミングで今回オレオル達が食事する個室に着いた。


「こちらのお部屋でございます…御用の際はそちらのベルをお使いください」


 そう言って部屋を出ていく店員。


 おそらく水とおしぼりを取りに行ったのだろう。 高級店では水とおしぼりが無料で出されると前にじいちゃんから聞いた事がある。


『……ニクス、席に着いたからこれ以上は後から聞く事にするけどさ〜…とりあえず今ここでやっちゃまずい事だけ簡単に教えろ』


 男が席に座りながらそういった。


『特に無いな。お前の好きにすればいいと思うが…あぁ、一つだけある。雛鳥に俺とお前の正体を絶対に悟らせるな』


『……はぁ? お前まさか何も教えてやってねえのかぁ!? 』


『……今伝えてもろくなことにならなそうだからな』


『にしたってさぁ〜…まぁ…お前の事だし? 何か意味があってやってんだろうから協力はするがよ〜…でもさぁ、こいつ、スピカの血筋なんだろ〜?  下手な事言ったら即バレじゃねえのか?  』


『あぁ、だから嘘はつくなよ。雛鳥はたしかにあいつの力を受け継いでるからな。だが、あいつの力と雛鳥の力は少し違う様だぞ』


『少し違う〜? どういう事だ』


『嘘はすぐバレるが、あいつと違って嘘さえつかなかければ誤魔化せはする。力の詳細はまだ雛鳥すぎて確定してないからか、俺でもわからねえがな』


『…………なるほどなぁ〜。そういう事なら始めは様子見で大人しめにしとくわ〜、言いくるめるのはお前の方が得意だしな〜…』


 それだけ言った所で男からの通話が切れた。


「失礼いたします、お冷をお持ちいたしました」


 店員がそれぞれに水を配っているのを眺めているとクロが自分を見ている事に気がついたオレオル。


「あ、クロ、注文どうしようか? 」


 オレオルはクロとその友人達がどうしたいのかわからなかった。それにこんなに高そうなお店来たことないから、どうしたらいいかもわからず戸惑っていた。


「俺は今はとにかく量が欲しい」


 クロはオレオルの言葉にそう返事するとちょうど自分の水を注いでいた店員を呼び止めた。


「ここは"獣"を出しても大丈夫か」


 獣とは従魔や使い魔、契約獣、ペット、そういったものをひっくるめて呼ぶ時の総称だ。通称なので獣でなくても全部"獣"と呼ばれている。


「はい、当店はペット等の食事も提供しておりますので問題ございません」


「そうか…わかった。小鳥型魔獣用の水飲み皿をくれ」


「かしこまりました」


 店員はそう言うと一礼して出ていった。


「…おい、フィー出て来ていいぞ」


 クロがそう声をかけるとクロの上着のポケットからフィーが頭を出した。


「ピ? ピ、ピィ! (ほんと? あ、とうさまのともだち! )」


「お〜、いないと思ったらそんな所にいたのか〜! 久しぶりだな〜フィー! 60年ぶりくらいか〜? 」


(ろ!? 60年!?  )


「ピ、ピィ! (うん、ひさしぶり! )」


(フィーって何歳!? )


 オレオルはびっくりしてフィーを見た。

 フィーは今、クロの友人の白髪の男性の前まで行って『ピィピィ』と鳴いて挨拶している。 かわいい。


「ピピィ! ピ! (フィーおとうとできたよ! ちっちゃいこ! )」


 そういうとフィーが今度はオレオルの頭にポフンと飛び乗った。


「お〜、何言ってるかわからねえけど仲良くやってるようだなぁ〜! 」


 どうやらこの男の人にはフィーの声は聞こえていないらしい。


(それにしても…弟…ちっちゃい子…俺の頭に乗って来たって事は俺の事…だよな? まぁ…60年以上も生きてるならそう見られるのも無理ない…のか? )


(いや、でもなぁ…弟はいいけど、ちっちゃい子って言われるのはちょっと嫌かも…)


「ねぇ、フィー…君今何歳…? 」


 オレオルは何となく気になってフィーにそう聞いた。


「ピィ? ピ! (とし? しらないよ! )」


「え…し、知らないの? 」


「ピ! (うん! )」


 フィーの自信満々な鳴き声が室内に響いた。


(そぅかぁ…知らないのかぁ…まあ、可愛いからいいか)


 オレオルがふわふわなフィーに癒されてそんな事を考えているとクロがメニューを手渡してきた。


「雛鳥、そんな事より注文するぞ。フィーもメニューは見せてやるから自分で選べ」


「ピ! (わかった! )」


「ごめんクロ! お前お腹減ってたんだったな! 」


 オレオルがそう言った時、その言葉を聞いたクロの友人だという男はオレオルじっと視ていた。


「メニュー受け取ったのはいいけど、俺こんな高級な店に入った事ないからメニュー見てもよくわからない…注文どうしよう…」


(クロはなんかやけに堂々としてるけど慣れてたりするのか…? )


 オレオルがそう思って値段の書いてないメニューを見ていると、クロがテーブルに置いてあったベルを鳴らした。


「ご注文がお決まりでしょうか? 」


 フィーの為の水のみ皿と共に店員が部屋に入ってきた。


「とりあえず人間用の飲み物以外の全メニューを持ってこい、こいつ用の注文は料理持ってきた時にまたする」


 クロがメニューとにらめっこしているフィーを撫でてそう言った。


「ぜ、全っ!? かしこまりましたっ…! 」


 クロの注文内容にびっくりしつつもそう答えた店員はそのまま部屋を出て行く。


「クロ…そんなにお腹減ってたの…? 」


 オレオルが思わずクロにそう尋ねると、それまで黙って見ていた白髪の男が吹き出した。


「ぶふっ…やっぱり無理だわ〜!! アハハハッ! 」


 かつて『魔神ニクス』と呼ばれ、人々から恐れられていた事すらあった友人。

 そんなやつがペットの犬みたいな名前をつけられ、ペットの犬にかけるような言葉をかけられている。

 それが、男にはおかしくておかしくてしょうがなかった。


 しかもよりにもよって、かつてスピカがふざけている時にだけ呼んでいたあだ名とよく似た『クロ』という…見た目の色そのまんまな名前で。


「あ、あの…クロとはどういったご関係なんですか? 」


 女の人の方は緊張してるみたいでずっと黙ったままだから何もわからないが、男の人の方はクロと親しそうなので気になった。


「女の方は俺も知らねえが、男の方は俺の友人だ」


 クロが自分からそう言って男の事を紹介した事をオレオルは意外に思った。


 何となく…そういう事をしなさそうだと思っていたからだ。


(クロが自分から紹介するって事はそれだけ仲がいいのかな…)


「オ、オレオルです…数日前にクロと一緒に旅する事になった素材屋の元専属職人の…薬師です」


「お〜、オレオルな…覚えたぜ〜。よろしくなぁ〜! オレは──」


 男は自分も名乗ろうとしてふと止まった。


 クロが『正体を悟らせるな』と言っていた事を思い出したからだ。


 男の名前は結構有名。

 そのため、もしかしたら名前だけでもバレてしまうかもしれないと男は思った。


「(あ〜…どうしたもんか…なんかてきと〜に別の名前を…いや、嘘はバレるんだったな…めんどくせぇなぁ…) あー…お前がクロって呼んでるこいつにも名前つけたんだよなぁ〜? 」


「え? はい。名乗ってくれなかったので…」


「じゃ、オレにもなんかかっこいいのを頼むわ〜! 」


 え…?


「そ、それでいいんですか…? 」


 クロの事は名前で散々笑ってたのに、クロに『クロ』って名前付けた張本人である俺に自分の名前も頼むの??? なんで??


「おぅ! いいぜ〜」


 戸惑うオレオルをよそにそのいい顔をよくわかっていそうな青空のような笑顔で笑う男。


(ええぇ…わけわかんない…この人)


「そ、そうですか…」


 さすがクロが自分から友人だと紹介するほどクロと仲良くできる人…第一印象以上に実際は変な人なのかもしれない。


 うーん…名前、名前なぁ…


 クロの時は変なのをわかっててあえてクロにしたけど… 今回は違う。

 違うけど…そもそも、会ったばかりの俺にわざわざ名前つけさせる意味ってなんだ…?

 それにかっこいい名前と言われても、俺、この人の事知らない。


 うん!

 第一印象でパッと思いついたやつで行こうっと!


 えっと…青い目に…白い髪の毛にも青いメッシュ入ってて…服も青がメイン…差し色に白も少し入ってはいるけど…

 名前と言われたら、この人から感じる心の内的にも…コレしか出てこない…


 クロがクロなせいだな…俺悪くない !


「アオ、さんで…」


「アオ…? 」


「ダ、ダメでしたか? 」


 さすがに安直すぎたか?


 この人…さっきからずっと心の内は全く変化無いから、怒ってるのかどうかさっぱりわからない。


 なんだか、だんだん怖くなってきた。


 名付けた理由を説明したら、少しでも相手の怒りを和らげられないかな。


「えっと…正直俺は、まだあなたの事よく知らないので…先程からずっと心の内が雲ひとつ無い青空みたいに澄んでて動じないのと…パッと見た時に目がいくその綺麗な青色だけで…名付けた…んですけど…」


 最初、クロに『全裸で飛ばす』と言われた時はさすがにちょっと動じてた。

 というか、なんか嬉しそうにしてた。

 けど、それ以外はびっくりするぐらいずっと『澄んでいる空』って感じで何も動きがない。


 だから、この人はたぶん…クロとは別の意味で心の内の感情がわかってもあまり役に立たない人だと思う。


 いや、この人に限れば心の内はわからない方がいいまであるかもしれない。


 クロの場合は実際の言動と心の内がちぐはぐすぎて混乱するって感じだけど、この人はクロと違って一見取っ付きやすそうな人には見えるのだ。


 でも、にこやかに笑ってても心はずっと変わってない。


 だから…俺には何を考えているのかわからなくて少し怖く感じる。


(これは俺が他人の心の内がわかるからこそなんだろうな…)


「オレの心はお前には空みたいにすんでて動じない…様に感じるのか? 」


男がぽかんとした顔でそういった。


「は、はい…あなたの心を表す言葉は『雲ひとつない青空』がぴったりだな…と、お、俺は思いました! 」


 そう言ったオレオルはビクビクしながら男の様子を伺った。

 すると、男はなぜかキラキラした顔でオレオルを見ていた。


「おぉ〜!! そんな殺し文句初めて言われたわ〜! 『だらけないで』とか『真面目にしなさい』とかそんな事しか普段言われないからなぁ〜! 気に入ったぜ〜! 」


(え…き、気に入ったの? 『アオ』、を? 俺が言うのもアレだけどこの人大丈夫か? )


「それと呼び方だが、"さん"はいらねえ〜、アオだけで頼むわ〜! こいつが『クロ』なのに俺がアオ"さん"だと距離を感じるからな〜」


 表情は綺麗な笑顔だが、有無を言わせない圧のようなものをアオから感じたオレオル。


「え、あ、はい。わかりました! じゃあ改めて…よろしく、アオ! 」


「おぅ〜! こっちこそよろしく〜! 」


 アオはそう言って先程とは違い心から嬉しそうな顔で笑った。


 そして…アオのそんな様子を見たアオの連れの女性は『正体を知らないからだとしても、顔も良くて身に纏う魔力も凄まじいにこのお方にその名前をつけられのはさすがすぎます…さすが未来の──様ですね』とこっそり思っていた。


(あれ、アオの連れの女の人…この名前に感心してる…? )


 感情のみなので中途半端にしかわからなかったオレオル。

 女の人から感じる感情をビシバシ感じながら、アオの部下らしき女性もこっそり心の中で変な人認定した。


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 お読み下さりありがとうございます!


 クロの友人達は黒と同じ色シリーズでいこうと思います

 オレオル君のネーミングセンスは…お察しです

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