第48話 ギルドへの報告と遭遇


 あれから、冒険者ギルドに戻ったオレオル達。

 やはりと言うべきか、依頼の報告の為に受け付けのギルド職員に話しかけると、また別室に案内されギルドマスターに直接報告する事となった。


「今度はなんだ」


 ギルドマスターのいる部屋へ案内されてすぐ、クロがギルドマスターを睨みつけた。


「魔神殿がこれまで数組受けて誰も解決できなかったあのスライムの依頼を受けてくださったと聞き、 おかえりをお待ちしておりました!  」


 クロの睨みをものともしないテンションハイなギルドマスターの期待の眼差しが2人に注がれる。


「何を勘違いしてんのか知らねえが、今回スライムの依頼を受けたのは俺じゃなくこいつだ」


 クロはそう言うとオレオルをギルドマスターの前に押した。


「うわ!?  ちょ、クロ!?  」


「雛鳥、めんどうだからお前が説明しとけ」


「はぁ!?  ……って寝た!!?  」


 まじかよ、こいつ!?


 いや、まあ…こいつがこんな所で本当に気を抜くとも思えないし…

 事実、寝たフリしてるだけっぽいけど。


 にしても…なぁ。


「えっと…見ての通りなので俺が報告しますね」


「おぉ、あなたは確かあの薬神様のお弟子様だという!  」


 や、薬神…? 

 ドロシーばあちゃんそんな呼び名あるの…??


 それにクロの事も魔神様って…もしかしてクロの二つ名って『魔神』なのかな…?


 じいちゃんが言ってた。有名になって2つ名がついた冒険者は名前ではなく2つ名で呼ばれるらしい。


「あの、依頼の事なんですけど…」


「えぇ、お伺いしましょう」


 そう言ってギルドマスターは先ほどとは別人のような真剣な表情になった。


「結論から言うと、森のスライムの数は一時的に減らせました。ですがクロいわく、原因は精霊が増えた事による空気中の魔素の急激な増加が原因だそうなので…それをどうにかしないとまた元に戻るそうです」


 オレオルがひと息にそう言うと、ギルドマスターの顔が険しくなった。


「そうですか…やはり…」


「やはりと言うとわかってたんですか?  」


「帝国から精霊達が逃げ出していると聞いた時に、もしかしたら…と」


「そうですか…」


 まあ、そうだよな…ギルドマスターになるほどの人が気づかないわけはないか。

 なにか異常事態が起こらないとあんな数のスライムがいるわけないんだしな。


「えぇ…相手は弱い魔獣と言われるスライムですが、なんせあの数ですので…多少腕に覚えがあってもどうにもならない有様だったのですよ」


「なるほど…たしかにあの数で来られたらひとたまりもないですよね…」


 オレオルは先ほどのスライムがスライムを呼び、一気に周囲を囲まれてしまった事を思い出した。


(あのスライム達が俺を取り囲んだ理由が『餌が欲しい』ってだけでほんとに良かったよ…)


「正直、この街には現在最高でもCランク冒険者までしかいない上、1番強い冒険者パーティにも『自分達にはどうしょうもない』と言われてしまっていて…打つ手がなかったのです…」


「よその街に対処出来る冒険者の募集はできなかったんですか? 」


「する事にはしたんですが、『帝国との国境付近にある街はここだけじゃない、緊急性の高い街からだ』と言われてしまいまして…」


「なるほど…そうだったんですね…」


「えぇ…だから今回は本当に助かりました…」


(あー…だからこの人はクロが来た時あんなにテンションが高かったのか…ESランクならスライム程度どれだけいても問題ないと思ったんだろう…実際、クロならスライム程度楽勝だろうしな)


 オレオルは喜色満面のギルドマスターを見てそう思った。


「ちなみに今後の参考までにお聞きしたいのですが、どうやってあの数のスライムを…?  」


 こ、今後の参考…

 俺のあのやり方に参考にできる所とかあるか?

 いや、ないな。


「あー…期待してくださっている所申し訳ないんですが、倒して減らしたわけではないんです…」


「……倒したわけではない?  どういう事ですかな?  」


 オレオルの言葉にギルドマスターの表情が曇った。


「ちょうどスライムが欲しかったので、倒さずに手懐けた上で、専用の道具を使って今も隔離してます」


 ……嘘はついてないよな。嘘は。

 あのスライム達は今もリュックの中で心ゆくまでゴミを食べてるだろう。


「て、手懐けた…?  あそこのスライム共は生まれたばかりのはずですが…その上、この短時間であの数全てを手懐けた、と? いったいどうやって…」


 信じられないといった目でオレオルを見るギルドマスター。


「俺、なぜか魔獣には好かれる体質のようで…襲われた事って一度も無いんです」


 オレオルがそう言うとギルドマスターがびっくりして目を見開いた。


「お、襲われた事がない…?? 」


 ギルドマスターの声は動揺で裏返っている。


「はい」


「い、一度も…??? 」


「はい、一度も無いですね」


 オレオルがそう返事をすると、ギルドマスターはぽかんとした顔で数秒固まった。


 そして──


「ぶわっはっはっは!  魔神殿と共にいらっしゃる方がただ者のはずがないと思ってはいましたが、それでも薬師としての腕だけかと思っておりました…どうやら過小評価だった様ですな!!  」


 ギルドマスターが豪快に笑った。


「あ、ありがとうございます。ところであの…クロの事を魔神様って呼んでるのって…2つ名ですか? 」


「えぇ、そうです。この方は3000年くらい前から冒険者をされていて、とある国では英雄どころか神と呼ばれる事もあるほどらしいですよ」


 え!? か…神…!?


「そ、そうだったんですか…実は俺、こいつとあってまだ数日とかなので…知らない事の方がはるかに多いんです」


「なるほど…そうでしたか…」


 ギルドマスターはそうつぶやくとクロの方をちらりと見やった。


「まぁ、かくいう私もまだ70年程しか生きておりませんので、当時を知っている訳ではないんです。ギルドの記録にあるので情報としては知っていますがね」


「そうなんですか…」


「えぇ…」


 沈黙。


「「………」」


(き、気まずいんだけど…こういう時どうすればいいんだろう…)


 そう思ったオレオルは、『これまで本当にじいちゃんとかにあれこれ任せっぱなしになってたんだな』と実感する。


 そして困ったオレオルはクロを起こそうと体を揺すってみた。だがクロは全く起きる気配がない。


(お、起きない…)


「え、えーっと! クロに関する記録って何か残ってるんですか? 」


 オレオルは場を繋ぐ為に何となく気になっていた事を尋ねてみた。


「魔神殿の記録ですか? 」


「はい。あ…守秘義務がありますかね…変な事を言ってすみません…! 」


「いえいえ、当時一般に公開された情報で良ければお教えできますよ。ギルド2階で公開している資料室の資料にもある事ですから」


 ギルドマスターは笑顔でそう言った。


「そうなんですか? 」


「えぇ…私もこの街にESランク冒険者が来たと知らせを受けた時に調べましたから間違いないです。なんでも『魔神』という2つ名ははるか昔に起こった戦いで、"魔"とつくあらゆるものを支配し、全てを圧倒したその姿からつけられた名らしいですな…」


「魔とつくあらゆるものを…支配? 」


「はい。魔素、魔力、魔法、魔術、魔導具…その全てが魔神殿によって支配、無効化され、敵対していた者は誰1人として手も足も出なかった、とか」


「す、すごいですね…」


「全くです。私なんかにはどうやってそんな事を可能にしたのか見当もつきませんよ…あはははは! 」


 笑っているギルドマスターにオレオルは『大物だな』と思った。


「そう言って笑えるギルドマスターも俺はじゅうぶんすごいと思います…」


「そうですかな!? オレオル殿はお上手ですな! わはははは! 」


(結構マジなんだけどな…)


 オレオルは自分の思っている以上にクロが凄すぎる存在だと知り、いろいろな意味で震えが止まらない。


 そんな、クロを畏れるあまり震えが止まらないオレオルと、ここ最近ずっと頭を悩ませていた問題が片付きニコニコのギルドマスターとの間にはかなりの温度差があった。

 そして、その温度差によって周囲を沈黙が支配した。


(ほ、他に話題…えっと…)


 クロが起きるまでどうにか話をして、場をつなごうと思っていたオレオル。

 だが、今の自分には無理だったと諦めてクロを起こす事にした。


「なぁクロ…報告はとっくに終わってるんだけど、まだ起きないのか?  」


 オレオルがそう言って、腕を組んで座ったまま目を閉じているクロの腕に触れた──その瞬間。


 この街から遠く離れた場所でクロのものらしき魔力の大きな反応を感知した。


「……クロ?  お前──今、何してた…?  」


 オレオルはクロが何をしていたのかが気になり、何か手がかりになればと思い、クロの心の内に意識を集中してみた。


(クロの今の気持ちは…愉悦と少しの苛立ち…それに空腹…? )


「あ?  話は終わったのか」


「え、うん…」


「そうか」


 オレオルの返事を聞いたクロはギルドマスターには聞こえないくらいの小さな声で『ちょっと遊びすぎたな…』と呟いた。


(『遊びすぎた』…? )


 疑問に思うオレオルだが、クロはそれを放置して、ギルドマスターの方を見た。


「森の精霊が増えすぎた問題に関しては俺が知り合いに対処できねえか話をつけておいてやる」


「魔神様のお知り合いの方、ですか?  」


「あぁ、エレメンタルマスターと呼ばれているエンシェントエルフの娘だと言えばわかるか…?  」


 エンシェントエルフって言うと…エルダードワーフと同じ様に3000年を生きるっていう…あの?


「それは本当ですか!?  」


「あぁ、さすがの俺でもこの状況をほっとく事はできねえからな」


「か、感謝いたしますっ!  」



 *



 その後、スライムの間引きと増加理由調査の依頼の報告も終わったという事で冒険者ギルドを後にしたオレオル達。


 ちょうどお昼頃という事もあり、お腹が減っているらしいクロのため、先にご飯を食べる事にした。


「ここが特別優待券を貰ったお店?  」


 オレオルは昨日の夕方、予想外すぎる臨時収入があった。

 だから今日くらいはいいだろうと思い、券を貰っていたこともあり高級店だというレストランテ──エレッセリアの前にいた。


「そうだろう。ほら、上の看板。」


「あ、ほんとだ! エレッセリアってある…じゃあ中に入ろう、クロ! 」


 オレオルがそう言って店の中へ入ろうとした時、ドアの横で話していた男女の内の1人。


 男の方がこちらに気づいた後にクロを見て話しかけてきた。


「おぉ〜?  久しぶりじゃないか〜?  お前、こんなとこに子ども連れて何してんだニク──「その先の名をここで言ったら全裸にしてあいつの前にとばす」」


 白髪に青いメッシュが入った短髪の気だるげな目をしたイケメン。その男が言いかけた言葉をクロが強引に遮った。


「あ゛ぁ? そんな事してみろ…死ぬ事になるぜ? 」


 ドスの効いた声でそう言う男とクロとの間に火花が散る。 


「オレがなぁ…」


 急に別人の様な情けない声になった男が、ほのかに喜びの感情をにじませながら言った。


「え…死ぬことになるのそっち? …というか、自分が死ぬかもしれないって話しなはずなのになぜ嬉しそうなんだ…」


 もしかしてあれか?


 痛めつけられることに喜びを感じる変な趣味の人がいるってじいちゃんが言ってたやつ。それってこういう人の事か?


 あぁ、きっとあれだな…クロが変な人だから、その知り合いをやれる人もおのずと変な人になるっていう…


 なんだっけ。類は友を呼ぶ…だったっけ。


 ……いや、待てよ。


 その理屈だとこれからずっとクロのそばにいる事になる俺まで変な人って事にならないか…?


 ……ウン。この考えは危ないからなかった事にしよう。


 そんな事をつらつらと考えている間にクロと顔見知りらしい男が俺の顔を覗き込んでいた。


「ん〜?  誰だお前知らない顔だなぁ〜。それと、オレは別にマゾってわけじゃないからなぁ〜? 」


 え、あ。俺…さっき声に出てたのか。


「は、初めまして…数日前からクロと一緒にいる者です」


 オレオルは目の前の見た目だけならクロと同レベルの大人なイケメンにそう言って、ぺこりと頭を下げた。


 すると目の前の男は青い瞳でじっとオレオルの事を見て両目を見開いた。


「……?  お、お前…まさか…スピカの──って、んん?  クロぉ〜?  」


 男はクロとオレオルを交互に見て驚愕の顔を浮かべている。


「お前に1つ聞きたいんだけどよぉ…クロってのはまさかこいつの事か〜?  」


 男はクロを指さしてそう尋ねた。


「人を指さしてんじゃねえ…その指へし折るぞ」


 男に指さされたのが気に食わなかったクロが男にそう言う。

 だが、クロから感じる感情的に本気でへし折るつもりは無い様子。


(なんかすごく気安い関係みたいだ…)


「やれるもんならやってみ?  させねぇからよぉ〜…」


 クロの言葉にクロの知り合いらしきこの男がそう返した事で、一触即発かと思われた。だが、男の隣にいた女性が二人の間に立ち塞がる様にして間に入った。


「主様…これ以上は店の迷惑になると思いますのでとりあえず中へ入られては?  」


「あ? お〜、それもそうだなぁ〜 」


 女性の声にふと我に返った男がオレオルの方を向いた。


「お前らも一緒にどうだ〜?  久しぶりに会った事だし、いろいろ近況報告といこうぜ〜! ついでにお前のそのクロとかいう愉快な呼び名についても聞きたいしなぁ〜…ぶふっ…」


 男は腹を抱えて笑っている。


「チッ…おい雛鳥、お前のその券は人数制限なかったな?  」


「うん」


 人数によってサービス内容は変わるって書いてあるけど、何人までとかは書いてないから問題ないだろう。


「予定とは少し違うが…元々こいつには今夜あたり連絡しようと思ってたとこだ…(手間が省けたと思う事にするか…)」


 クロがそう呟いた。


「その反応はいいって事だな〜。ありがとよ〜! じゃ、さっそく入ろうぜぇ〜!  」


 こうしてオレオルは店の前であったクロの知り合いらしき謎のイケメンとその部下らしき女の人も一緒に遅めのランチをとることとなった。



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 お読み下さりありがとうございます!


 誤字脱字や違和感のある箇所の修正などを後でこっそりしてるかもしれません。

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