第29話 偉そうな男と魔力暴走

 穢れと呪いに侵食され人かどうかすらもわからないような状態で洞窟の壁にもたれかかっていた男。その男の全身に[聖命復活の火種]からの火が燃え広がった。


『シュワァー…』という音と共に男から黒いモヤが消えていき、少しすると男は静かに目を開けた。


「……カ…? 」


 目を開けたその男が何かを呟いてオレオルの腕を掴んだ。

 数秒前まで死にかけていたとは思えないほどその男の掴む力は強く、掴まれたオレオルは思わず痛みに顔を歪めたが、その男のすがる様な目と相手はつい先程まで死にかけていたという事もあり、『痛いから離せ』とは言えなかった。


「大丈夫ですか? もう大丈夫ですよ! 」


 オレオルがそういうと目の前の男はそれが聞こえていないかのような態度で辺りを見渡し始めた。そしてすぐに自分の上でちょこちょこと忙しなく動きながら鳴いている小さくて青いふわふわの生き物の存在に気づきため息をついた。


「ピィピィピィ! 」

「はぁ…フィーてめえか」

「ピィ〜! 」


 フィーと呼ばれたブルーテイルの子どもは嬉しそうに男に擦り寄って鳴いた。


「逃げろって言ったの忘れてんじゃねえ」

「ビィー!!!」

「あーはいはい…俺が悪かったな」


 男はブルーテイルの子どもに『今回はお手柄だった』と言って優しく撫でる。

 こうして少しの間オレオルの腕を掴んだまま、男とブルーテイルは2人だけの世界を作っていたが、ブルーテイルの子どもが男の左手の中で落ち着くとそこで撫でるのを止めオレオルの方を見た。


「おい、この火を作ったのは誰だ」


 今もなお燃え続けている[聖命復活の炎]とオレオル達を順番に見やり、オレオルを見た途端睨みつけるような目になった男がそう尋ねた。


 …なんか助けられた癖に態度がでかくないか?


「俺…ですけど…何か不都合でも? 」


 オレオルがモヤモヤした気持ちになりつつも事実なのでそう答えると、男は何も言わずに再びオレオルをその金色の瞳でじっと見つめる。

 そしてそのまま数秒間、無言の時が流れた。


 その間、オレオルは男の切れ長の目から金色の輝きが放たれたような錯覚を覚え、身がすくんで固まってしまい動く事が出来なかった。


 これまで鑑定された事がなかったオレオルは後に初めて知ったが、この覗かれているような身のすくむ感覚は鑑定されている側が感じる事のあるもので、他者からの鑑定を防ぐ何らかのスキルを持っている者が鑑定された時に感じる事のある感覚らしい。


「よしガキ、俺と契約するぞ」


 オレオルを視るのをやめた男が唐突にそう言って「ありがたく思えよ」と尊大な態度で笑った。


 まるで契約するのが当然だと言わんばかりだ。


 だが当然ながらオレオルはその男がなぜそんな事を言っているのか理解が出来なかった。


 そしてそのまま数秒が経過し、やっぱり意味がわからなかったオレオル。


「はぁ…契約ですか… 」


 意味不明すぎてそんな言葉しか出てこなかった。


 普通にいやだが?

 というか第一声がそれ?


「はぁじゃねえ、契約するのは決定事項だ。感謝しろよ」


 戸惑うオレオルをよそになぜかご機嫌な様子の男は掴んだままのオレオルの腕を持ち上げた。


 あれこの男…もしかしなくても…


「この俺が契約してやるって言ってるんだからお前の返事は『はい』か『喜んで』しかねえよ。いいよな?ありがとよ」


 オレオルの返事を聞く気が無い男はオレオルの言葉を聞かずにそう言った。


 ……や、やっぱり…やばいやつだ。


 話が通じないたぐいのアレな人だよ。

 に、逃げないと…変な契約される。


「いいえ! 結構です! 離してください! 」


 契約というのはおそらく【魔法契約】のことだろう。

 いろいろ種類があるがだいたい差し出す対価が大きいほど絶大な効果を発揮するものがほとんどらしい。

 そんなの嫌な予感しかしない。


 かけられる側の了承がなければ、かけられる側が何かを差し出さなければならない条件のものは拒否できるらしいが、たとえ拒否していてもかける側にしか代償を要求しないものだと完全に拒否する事は難しいらしい。


「心配すんな、俺が一方的にかけるだけだ」


「それのどこが安心なんだ!! ふざけんな離せ! 」


 オレオルが男に掴まれている方の腕をブンブンと振り回した影響で反対の手の中にいたブルーテイルの子どもがバサバサと翼を動かして飛び立つと男の肩へと移動した。


 起こしてごめんとは思うけど、文句ならワケわからない事言ってきてるそこの男に言ってくれ。


 オレオルは気持ちよさそうに寝ていた所を起こされた様子のブルーテイルの子どもを見てそう思った。


「お前隙だらけだし見た所生産職だろ、助けてくれたお礼に護衛してやろうって話だろうが、喜べよ」


 男は男の首筋をつんつんとつつきはじめたブルーテイルの子どもを人差し指で撫でてからオレオルを見てそう言った。


「俺の隣が世界で1番安全な場所だ。大舟に乗ったつもりでいろよ。」


 男が自身満々にそう言ってニヒルに笑ったのを見てオレオルは若干の恐怖を覚えた。


 こいつの真意はわからないけど、嘘にしたってすごい自信だ。

 というか、お礼がしたいなら契約どうのとか言い出す前にお礼がしたいって言えよ!?


 なんでこいつ命の恩人に対してこんなに偉そうなんだ!?


 俺こいつの命助けてるよな?

 俺の勘違いじゃないよな?

 そりゃあ泣いて感謝しろとか崇めろとかそんな事を言う気は無い。

 ないけど、最低限のお礼くらいあってもいいんじゃなかろうかと…俺としてはそう思ってしまうわけで。


 俺が今思ってる事は単純明快だ。

『こいつさっきまで死にかけてたくせにめちゃくちゃ偉そう! 』

『ここまで来るのに削った睡眠時間返せ! 』

『こっちは危険な真夜中に無理して来てんだぞ!? 』

 以上3つである。


「そもそもブルーテイルの親だから親鳥であるブルーテイルの成獣がいるのかと思ってたのになんで人なんだ! 」


 助けた男のあまりの態度に考えているうちになんだかイライラしてきたオレオルが口に出たのは1周回ってそんなどうでもいい事だった。


「ブルーテイルの成獣がこんな小さい洞窟に入れるわけねえだろ…頭、大丈夫か? 」


 残念な者を見るような目で俺を見てくる男。


 こ、こいつ…

 張り倒してやりたい…


「そもそもブルーテイルは大きな木の上に止まるとこはあるが基本渡り鳥だ、仮にこの洞窟の中の道幅が広くて入れる大きさだったとしても洞窟なんか来ねえよ」


 男はそう言葉を続けた上でオレオルを『常識だろうが何言ってんだこいつ』と言うようなムカつく表情で見てきた。


「まさかブルーテイルが人に変化してるとでも言う気じゃねえだろうな…先に言っておくが鳥は人になれねえぞ? 」


 男のあまりの態度にオレオルが何も言えずにいると、今度は幼児に言い聞かせるような優しい目でそういってきた。


 それらの全ては完全にオレオルを小馬鹿にするためのものだ。その態度にさすがにカチンと来たオレオルは『だからあんたが怪しいって話になるんだろうが!』と怒鳴りそうになった。


 だがこの男に何を言ってもそれ以上の言葉で言い負かされそうな気しかしなかったので、どうにかそれを我慢してにっこり笑うと「お礼をしてくれるのは嬉しいですが、契約までしてもらう必要はありません」と丁寧にお断りを入れた。


「そうか」


 オレオルの言葉にどうでも良さそうにそう返した男は掴んでいるオレオルの腕に爪で傷をつけるとじわりと出て来た血を舐めとってから足元に魔術陣の様なものを出現させた。


「待て待て待て!! なんで普通に魔法契約しようとしてんだ!? 離せよ!!? 」


「うるせえな…俺がやるって決めたらそれは決定事項だって言っただろうが。雛鳥みたいにピーピーわめいてないで黙ってろ。」


 そう言って男はオレオルの意見をまるっと無視して勝手に契約のための準備を進める。

 是が非でも契約したい様で必死に抵抗しているオレオルをよそに男は「そもそもお前に拒否権なんか最初からねえんだよ」と言い、今度は自分の手を自分で傷つけて血を出した。


 はぁ!?

 まずいまずいまずいまずい!!

 契約者2人の血が必要な契約とか絶対ろくなもんじゃない!!


 オレオルはさらに暴れて腕を振りほどこうとするが男の力は強くビクともしない。

 というかなぜか徐々に体に力が入らなくなってる気がする。

 アレクさん達もなぜかさっきから黙って見守るだけで助けようとしてくれないしちょっとやばいかもしれないとオレオルが本気で焦り始めた頃。


 男が衝撃の事実を告げてきた。


「そもそも後1ヶ月で魔力枯渇して死ぬお前を助けてやるためにわざわざこの俺がこんな面倒な契約までしてやろうって話だろうが。お前に拒否権なんざはなからねえよ。」


 男はそういうと、これまでのふざけて茶化すような雰囲気とは真逆の真剣な目でオレオルをみた。


「お前が選べるのは契約してこの俺に助けてもらうか、そのまま死ぬか。そのどっちかだ。」


「え、1ヶ月で死ぬ…? 」


 誰が?


「俺の鑑定スキルは鑑定した生き物が何らかの要因で死に向かっていた時、その生命の残りの時間を知る事ができる…それによるとお前の残り時間は約1ヶ月だ」


 え…嘘…この人嘘、言ってない…


 俺、死ぬの?


 しぬ…


 死ぬ!?


「なんで!? 」


 オレオルは寝耳に水な事を唐突に言われ心の底からびっくりした。


「は? もしかしてお前……魔力を暴走させてる事に気づいてすらない…とか言わねえだろうな…? 」


 魔力を…暴走… ?


 誰が?


 俺が?


 魔力暴走…


 ………。


 魔力暴走!?


「魔力暴走って何だそれ!!? 」


 オレオルは『なんで自分は魔力暴走なんてしてるんだ』という意味で叫んだが、男はその叫びを言葉通りにとった風を装い、魔力暴走とは何かについて話し始めた。

 2人の名誉のために言っておくが、当然オレオルが魔力暴走について知らないはずがない事は男も知っている。


 この世界に住む人にとって子どもでも知っている一般常識だからだ。

 なので男のこの一連の言動は完全にオレオルをおちょくっているだけなのだが、魔力暴走を落ち着けるために男の魔力を現在進行形で大量に流されているオレオルは思考がふわふわしてきており、良いか悪いか遠回しにバカにされている事には気づかなかった。


「…魔力とは本来、様々な要因によってその性質を常に変え続けているモノだ。だから誰であれその属性は例外無く常に変化しつづけている。個人差でその振り幅が大きい小さいはあるが全く変化のない魔素や魔力は存在しない。そしてその変わり続ける性質による影響で、その魔力の持ち主が強い精神的ショックを受けると、稀にその者が持つ魔力がその強い感情の揺れに着いていけずに暴走し、持ち主による制御が不可能な状態へと陥る。それが一般的に魔力暴走と呼ばれているものだ。大半の場合はそうなると数時間ほどで体内の魔力が枯渇し、死に至る。」


 男はオレオルが過去に学校で習ったことよりも詳しい事を語っている。

 だって帝国では学校で魔力の属性は持って生まれるもので個人の才能によるとそう習うからだ。

 だからオレオルは男が言っている事があまりにも違うので戸惑った。


「え…魔力属性は…生まれつき持って産まれるもので…基本変えられないって…」


 聖属性は教会で訓練すれば元々持ってない人でも使えるようになるけど…例外はそれくらいだって学校の先生が…


「んなわけねえだろ…帝国はまだそんな事教育させてんのか…というかお前は魔力暴走してるくせになんでそんなに平気そうなんだ」


 その言葉を受けてオレオルはちゃんと自分の魔力に意識を集中した。


 あれ?


「………………俺、本当に魔力暴走してる」


「だからさっきからそう言ってるだろうが。後ろにいる4人のおかげで無事なんだろ…せいぜい感謝しておくんだな」


 男はそう言ってオレオルの後ろにいるアレク達を見やった。


 なんでもオレオルに魔力暴走の事を自覚させないようにしつつも、体内の魔力が枯渇しないように魔素が豊富なものをさりげなく取らせたりしていた。


 だからオレオルが今無事なんだとか。


 そうでも無いと穢れた地に近づいた時に動けなくなっていた可能性が高いらしい。


 そう説明しながら男はちょくちょく俺をじっと見たまま動きを止めていた。

 さっき感じた身のすくむ様な感覚もしたから、もしかしたら俺を鑑定していたのかもしれない。

 この人…ヒルダばあちゃんでもできなかった俺の鑑定を本当に出来るみたい。


 変なやつだしムカつくけど、すごいやつでもあるんだろう。


 ふわふわした気持ちのままオレオルは素直に感心した。

 そしてその気持ちのまま何となくアントンの方を見てみるとなんだかほっとした様な表情をしていた。


「私達は魔力量で誰一人オレオル君を越えられないので魔力暴走を止めてあげる事はできませんでした…ですが護衛を頼まれましたので、大変ではありましたが引き受けた以上は責任をもって護衛させていただきましたよ」


 アントンがそう言って微笑んだ。


「…その護衛は誰に頼まれた? 」


 男がそう尋ねてアントン達を睨みつけた。


「それはあなたが1番わかってるんじゃないですか? 」


「…なるほど、理解した」


 オレオルにはサッパリだが、男は1人納得した様子だ。


「道中は何度かヒヤヒヤすることもありましたが、暴走状態である事を自覚させるとパニックになってさらに状況が悪化する事が想定されましたから…」


 アントンが苦笑いしつつ「知られないようにしつつも、それとなくフォローするのはとても大変でした」と語るのを見てオレオルは申し訳なく思うと同時にすごく感謝した。


 だってあの時にもしも自分の魔力が暴走している事を指摘されていたら、俺の事だ…まあまず確実にパニックになっていたとそう思うから。


「初めて会った時に魔力の圧がすごくてびっくりしたよ〜」


「そうそう、それなのに本人はケロりとしているんだもの」


「信じられない光景だったよね〜」


 女性2人が苦笑いしつつ何かを話しているがオレオルは少し前くらいから魔力暴走の治療のために流されてくる男の魔力の量が急に増えてきた影響で、その膨大な魔力に酔ってしまい猛烈な眠気に襲われていた。


 も、むり…ねむ…ぃ──


 オレオルはぐるぐるとする身体に耐えきれずに意識を失った。



^─^─^─^─^─^─^─^─^─^─^─^─^─^─^─^─

 お読み下さりありがとうございます!


 幻獣人にはなれません


 この話はものすごく難産でした…

 後々いろいろわかった後にここを読んで『ああなるほど』と思って貰えるように書いたつもりですが、初読の方々が置いてけぼりになっていないか…


 …とまあ、私の気持ちはさておきまして

 いったいオレオルの護衛をアレク達に依頼したのは誰なんでしょうね〜(すっとぼけ)

 ここしかかけるところがなさそうなので今出しましたが、このペースでいくとその答えがお話内で出てくるのはかなり先になりそうです…

 けっこうわかりやすい(と思って私は書いてるつもりだ)から察してる方いるかな


 そして次はブルーテイルのフィーにとうさまと呼ばれていた、黒い服の男視点でお送りいたします!

 よろしくお願いします!


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[☆☆☆]とレビューをくれたりなんかするととんで喜びますのでどうかよろしくお願いいたします!!

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