気が付けば世紀末
ちくわぶ太郎
第1話 起きたら棺桶の中にいた
若干の息苦しさで目が覚める。部屋はまだ暗い。こんな夜中に起きるなんて珍しいと思いながら、水を飲むため手探りで起き上がろうとする。
「ん?」
天井に手が付いた。ベッドから天井はとても手を伸ばした程度では届かないはずだ。それだけではない。左右の壁も腕を伸ばしきる前にぶつかった。まるで箱の中のような空間に寝ぼけていた思考が一気に目覚める。出られる所がないかと周りを見渡すと、天井の隅から光が漏れていることに気づく。
「重っ、思ったより重たいっ……よっと」
なんとか天井をどかしてようやく体を起こす。そして周りの光景とともに自分が何に入っていたのかに気づく。
「……棺桶?」
ビルの廃墟のような部屋に10つ並べられ、蓋のしまった棺桶。その左端に
ありえない。昨日はちゃんと自宅のベッドで寝たところまでの記憶がある。アルコールは飲んでないし飲める年齢ではない。17歳高校2年生だ。
「出来の悪い夢かたちの悪いドッキリか、どちらにせよこんなところに長くは留まりたくないな」
部屋には棺桶しかなく、窓は高い位置にあり、外の様子はわからない。入り口は廊下に出られるものが1つあり、ドアはない。廊下に出ると、出てきた部屋とは別に3部屋あり、奥には下の階に降りる階段が見える。
「こんなようわからんところ早く出よ。腹減ってきた」
窓のない薄暗い階段に気味悪さを感じつつ降りていく。風景の変わらない階段を2階ほど降りたところで、突然上の階から足音が聞こえてきた。元々いた階の辺りからだ。
突然の出来事に焦り、急いで階段を駆け下りる。さらに3階ほど進んだところで下へ続く階段が途切れる。足音はいつの間にか聞こえなくなっていた。深呼吸をして荒れた息を整える。
「なんなんだ一体」
――階段を曲がった先、目の前にそれは現れた。
前屈みのような態勢にもかかわらず3メートルほどある天井に頭が届きそうな巨体。全身を覆う暗く灰がかった黒い毛。狩りをするためとしか思えない鋭い爪と牙。そして何より一番印象的なのは、こちらを標的にして確実に仕留めるという殺意のこもった大きな目。その目に睨まれたとき、死を悟った脳が活動を放棄し、体から力が抜ける。ただ立ち尽くし、ゆっくりと目の前へ迫る爪を受け入れる。最後は全くあっけなく。
「狼男みたい」
暗転した世界へ落とされた。
*
若干の息苦しさで目が覚める。世界はまだ暗い。手探りで起き上がろうとする。
「ん?」
デジャヴを感じて腕を天井へ上げるとすぐに天井にぶつかった。重いがやはり動かせる。
「どうなってんだよ……」
そこは、先ほど目覚めた棺桶の部屋だった。
「あれは夢だったのか?……いや、この状況でそれは考えられないか。じゃあ一体何がどうなってるんだ」
突如目の前に現れた怪物。まるで別の世界に引きずり込まれたような、現実味のない光景。何の抵抗もできずに殺された恐怖が今になって襲ってくる。そう、確かに殺されたはずだ。
「お、おいおい、こういう初見殺しってゲーム限定だろ。現実じゃ許されねぇよ」
気を紛らわせるため軽口を言いつつ棺桶から立ち上がり、ふと違和感を覚える。周りを見渡すとその正体がすぐにわかった。
「棺桶の位置が変わってる……?」
今出てきた棺桶、その左側に蓋の開いた棺桶が置いてあった。瞬間、ある可能性を考えてしまった。人として、生物としてあり得ない可能性。
「まさか、生き返った?この棺桶の中、全部俺、なのか?」
震える手を閉じた棺桶の1つに伸ばす。しかし、蓋は開かない。隙間もなく、ぴったりと閉まっている。
「くそっ」
あきらめて棺桶部屋から出る。意味が分からない。早くこんなところから出ていきたい。しかし、入り口にはあの怪物がいる。
「仕方ない。何か使えるものがないか探索しよう」
ふと、足音が聞こえていたことを思い出した。
「あの足音の人も探してみるか。……怪物じゃないことを祈ろう」
棺桶部屋の向かいの部屋から探索していく。部屋の内装は荒れていた。何年も前に使われなくなった研究室といった雰囲気で、めぼしいものは見つからない。
とうとう2階まで来てしまった。真下にあれがいると思うと足がすくむ。
「頼むぞ、何か武器になるものあってくれよ」
最初に入った3部屋は変わらず身を守れそうなものはなかった。一番奥、最後に入った右側の部屋に入った。
「うっ、なんだこのにおい」
部屋に入った瞬間、強い血の臭いが襲ってきた。中を見渡すと、人が倒れているのが見えた。近づいてみるが、反応はない。においの元はこの死体からのようだが、暗くてどんな怪我かわからない。
「これは……何があったんだ。まさか下のあれにやられたのか?もう少し探索したいけど今すぐ出たい……ん?」
死体のすぐそばに、気になるものが落ちていた。よく知っているものだが、実際に見たのは初めてだ。
「銃じゃねぇか」
あまり詳しくないが、ショットガンのような見た目の銃だった。なんとか近づいて手に取る。引き金の後ろの部分に輪があるが、何のためにあるのかわからずパカパカと動かしてみる。
「このひとのものか?まったく、職場にエアガンなんて持ってきちゃダメでしょうが」
何の気なしに構えて引き金を引いた。出た。轟音とともに弾が飛ぶ。思いがけない事態に硬直する。壁に痕を残し静寂が辺りを支配する。少しして、下の階から耳が痛くなるほどの叫び声が聞こえてきた。怪物に気づかれた。
「おいおいおいおい、本物かよこれ!」
希望が見えてきた。階段の方から音が近づいてくる。使い方を確認する。この階まで辿り着いたようだ。引き金の後ろの輪を下げることで次弾が撃てるようになるようだ。部屋の入口で足音が止まった。
「俺ぁ祭り行くたびに射的で景品漁りまくってんだ。さっきみたく簡単に殺されると思うなよ!」
振り向き、銃口を怪物の頭に向け、引き金を引く。
「……なっ」
弾かれた。怪物の目の前まで差し掛かった弾はその長い爪によって跳ね返された。だめだ。そう感じた瞬間。
「う、ぉおおお!」
銃を投げつけた。銃はくるくると宙を舞い、怪物の横を通り過ぎて部屋の入口で落ちた。怪物は一瞬驚き、意識が銃へ向いたが、当たらないとわかるとすぐにこちらに向き直った。勝利を確信したかのように、四足でゆったりと近づいてくる。何も言わなくなった巳嗣へ、1度目と同じように手を伸ばし、命を刈り取った。
――この息苦しさは何度味わっても慣れることがないし、左に棺桶が増える度に焦りが募る。が、今はそれを気にしている場合ではない。急いで蓋をどかして階段を下りる。音を立てないよう慎重に、ゆっくりと。ようやく2階にたどり着き、入り口に落ちている銃を取る。視界の端に怪物の足が現れる。部屋の奥には元あった死体に加えて食い荒らされた人の死体が増えていた。
「くそ!もっと味わって食いやがれ!」
銃を階段の方へ思い切り投げ、今回の生は役目を終える。
繰り返し、繰り返し。少しでも階段の上へ投げる。繰り返し、繰り返し。殺されては食われていく。
最後の棺桶から出たとき、銃は隣の部屋まで来ていた。怪物は隣の部屋の中で死体を食べている。2階で食われた時より近く、まだ食べている途中なようだ。静かに銃を取り、照準を頭へ。
「腹は満たされたか?よかったなぁ」
小さくつぶやき、撃つ。弾は怪物の頭を貫いて壁へぶつかる。怪物が倒れたのを確認すると、生き返ったばかりであるはずのない疲れがどっと襲ってきて床に倒れる。
意識が、遠のく。
*
何時間たっただろうか。体が重い。なんとか起き上がる。少しでも早く外に出たい。ずるずると、壁に手をついて階段を降りていく。1階に降り、入り口を確認する。道を阻むものは何もない。ようやく外に出られる。しかし、気分の高揚と比例するように体は重くなっていく。入り口に辿り着く。
「なんだよ、これ」
外の世界は、廃墟になったビルが立ち並んでいた。街の端々に蔦が生えていて、とても整備されているとは言えない。走っている車も、人すらも見当たらない。世界の終末とも思える光景が広がっていた。
「おや?君、面白い力を貰ってるみたいだね。ついさっきまで死んでたと思ったんだが」
突如、背後から聞こえてきた男の声。振り返ろうとした瞬間、体に力が入らなくなった。地面を転がるように視界が傾く。訳が分からず目を動かして辺りを見回す。そして、見てしまった。首のなくなった自分の体、その背中にのしかかっている怪物の腕。
「あ、ぐ」
首を刎ねられたとわかり、痛みが襲ってくる。息ができない。意識が飛んでくれない。死ねない。
「おっとすまない。背中のものを取り除いてあげようと思っただけなのだが、少し距離を見誤ってしまったらしい。しかし、私のミスだ。君が痛い思いをして死んでいくのは少々心苦しい。すぐに楽にしてあげよう」
そう言って男は近づいてくる。宣言通り、最後は何も痛みを感じなかった。
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