Near my heart-処刑された忌み子だけど、何故か生きてたので呪いも悪習もこの手で断ち切る-

@Cat7_cat7

#1「おれの名前は、彼女からもらった。」

 祝い子と呪い子。それが、その小さな小さな国に伝わる言い伝えだ。


 巨大な怪物が厄災をもたらし、民を滅ぼすとされてきたその国で、祝い子は救世主であった。美しい容姿と溢れんばかりの才能を持って生まれ、聖なる術を学び、代々怪物の封印を保ち続けて平和をもたらしてきた。


 呪い子は忌み子であった。特徴的なアザを持って生まれる子供が呪い子とされ、生まれたばかりの頃から牢獄で責め苦を受ける。そして体についた傷には怪物に由来する呪いと邪気が宿るとされ、その子供を処刑することで、代々怪物の邪気を浄化して復活を阻止してきた。


 そして──その少年も、呪い子の一人だった。


 黒い髪に赤い瞳。そして顔の火傷のような生まれつきの傷。もっとも、彼はそんな自分の容姿を知らない。洞窟を削って作られたその狭い牢獄には、鏡が無かったのだ。


 容姿だけではない。言葉を知らない。自分に家族がいることも知らない。牢獄の外の世界も知らない。いつか自分が処刑されることも知らない。


「…………ッ」


 代わりに、体を傷つけられる痛みと悲しみだけを知っていた。火傷、切り傷、刺し傷、割れた爪。全身の傷に痛みが走って、少年は思わず声を漏らしかける。死なない程度の責め苦にされている分、軽傷が無数に重ねられていった。


 痛みを堪えながら、近くの岩に座り込み、ぼうっとして時を過ごす。他に出来ることも、やりたいこともないから。


 そうして、7歳になった時。


「いた!」


「……?」


 今まで聞いたことの無かった、やけに高い声。少年は驚いて、鉄格子の向こう側に目を向ける。


「あなたが呪い子? ごめんね、探すのに1年もかかっちゃった。私が来られないように隠してるんだもの」


 黄金色の長い髪をなびかせて、その少女はてくてくと歩み寄って来る。真っ白で装飾の多いその煌びやかな服は、ボロボロの布切れしか与えられていない少年とは真反対だった。


「私はアーニャ。祝い子で……ううん、それはどうでもいいね。とにかく、アーニャだよ。よろしくね」


「………………?」


 反対に、少年は一歩後ずさっていた。彼に取って人間は全て、自分を傷つける存在。彼女に抱いた思いも、疑念や好奇心ではなく恐怖心であった。


「……そうだよね。いっぱい酷いことされてきたもんね」


 祝い子アーニャは、それを知っていた。だから鉄格子の前に座り込んで、微笑みかけながら待った。私は敵じゃないよ、と呼びかけながら待った。日が暮れるまで待って、日が登ったらまた待って。拷問官や見張り番が来たら隠れて、そしてまた待って。


「……ぁ、や」


 3日目に、少年の方から彼女に歩み寄った。鎖で奥の壁に縛られ、足枷を付けられたその足を必死に引きずって、彼女の元へ向かった。アーニャときちんと言えていない少年は、しかし見知らぬ彼女を受け入れ、牢獄の外へ手を伸ばそうとした。


「うん。はじめまして」


 そう言って、アーニャはその手を取った。傷をいたわり、冷えて錆びついた心を癒やすその温もり。生まれて初めて、自分に与えられた存在肯定と優しさ。


 痛くないのに涙が出るのは、初めてだった。


「君、お名前はある?」


「な、ぇ……?」


 言葉の鳴り損ないが、少年の口から紡がれる。なにせ言語を習ったことも無いのだ。


「無いかな? 良かったら、私が付けても良い?」


 語尾の上がるその話し方は、自分に何か聞いている。何か求めている。言語は分からないが、ここへ来る大人たちの会話を聞いて、それはなんとなく理解していた。


 そして、彼女の頼み事なら聞いてやりたいと思った。


「ほんと!? ありがとう! じゃあ、私はアーニャだから……」


 アーニャは地面に指を当てて、砂に文字を書き始めた。"Arniar"。


「それじゃあ……Niaニア! 君はニア。私の名前、半分あげる」


「……に、ゃ……り、あ……に、あ。に、あ?」


「そう。どう、かな?」


「にあ。ニア!」


 ニアは何度も繰り返して、そしてアーニャの手を強く握り返した。生まれて初めての笑顔といっしょに。


 そうして、ニアはこの世界に






 来る日も来る日も、アーニャは大人たちの目を盗んで、勉強の合間にニアに会いに行った。


「はい、どうぞ! ニア、チキン好きだもんね」


 まともに食べ物が与えられないニアに、アーニャの食事を分けていっしょに食べた。


「pは左に棒を書くの。qはこっち。そう……そう! ニア上手だね!」


 何度も名を呼んで、何度も褒めて、頭を撫でてくれた。ニアはそんな彼女が大好きになった。アーニャに憧れて、もっと彼女を知りたくなった。二人の間の鉄格子が煩わしくて、取り壊そうと一晩中殴って蹴った日もあった。翌朝、アーニャは苦笑いしながら、アザだらけになったニアの手に薬を塗ることになるのだが。


「…………力を合わせた3匹のこぶたは、オオカミをやっつけました。お母さんの仇を取れたのです」


 言葉を学ぶのが一番好きで、上達も早かった。アーニャが読み聞かせる本を、いつしか二人一緒に読めるようになった。そして、本の中に描かれた外の世界も知っていった。


 アーニャが救世主祝い子であることをニアが知った頃、彼女は祝い子として国中を周る公務が始まって、毎日は会えなくなった。


 途端に寂しくなって、ニアはずっとアーニャのことを考えていた。忙しい中自分といっしょにいてくれたアーニャに、何か返してあげたかった。


 だから、物語を考えた。今まで見てきた本を参考にして、アーニャが活躍して幸せになる物語を。


「……そ、そっかー……ニアから見たら、私そんな感じなんだ……」


「うん。アーニャはおれみたいな人をいっぱい助けて、それで……アーニャ?」


 随分と誇張された拙話を聞いて、アーニャは小恥ずかしそうに顔を赤くしていた。それでも、最後にはありがとう、とまた頭を撫でてくれて。


「ねえ、ニア」


 そして、彼に呼びかけた。


「今はまだ、私に力が無くて無理だけど……いつか必ず、君を外へ出してあげるから。必ず、自由に生きていける場所を見つけるから。そうしたら、そんな風に幸せに暮らそうね。いっしょに」


「……うん、ありがとう。おれは幸せ者だ」


 それが、彼女と二人きりで話せた最後の時間。






 14歳になったばかりの頃だった。


「きゃ……やめて! ニアを離して!」


「アーニャ……」


 二人の密会が、ついに大人たちに暴かれた。見張り番の衛兵に腕を引かれ、アーニャは涙をこぼしながら叫ぶ。牢獄の中のニアも、衛兵たちに押さえ込まれて地に伏している。だけど、振り払ってニアを助けに行くには腕力の差がありすぎた。あまりにも無力だった。


「何がアーニャだ! 気安く祝い子様の名を呼びやがって! それに言葉なぞどこで……怪物の入れ知恵か、このッ!!」


「ぐっ……!」


 頭を何度も強く踏まれ、意識が飛びそうになる。痛みはもう慣れっこだが、気絶するわけにはいかない。ニアは歯を食いしばって堪えていた。


「やめて!! ニアは私の友達なの!!」


「あぁ……おいたわしや祝い子様。呪い子の瘴気に当てられ、錯乱していらっしゃるのか。だから皆あなたに教えてきたのです、ここに近寄ってはいけないと」


「そんな……そんなのおかしいよ!! ニアは、ただ──うわっ!?」


 下半身から力が抜けて、膝が折れた。衛兵の護身術で倒されたらしい。ニアと同様に、地面に押さえ込まれて息が苦しくなる。


「まだ暴れる気でしたら、少々乱暴な手を使わせて頂きます。お父上の許可が出ておりますので」


「処刑を予定よりも早め、今日執り行うことになった。祝い子様を篭絡したかったようだが遅かったな、呪い子め」


「やめて……ニアは……ニアは……」


「アーニャ」


 自分が否定されたこと。アーニャが傷つけられたこと。自分が今日、殺されるらしいこと。


「……おれは大丈夫。ありがとう」


 全てを知って、それでも伝えるべきことは。伝えないといけないことは。伝えたいことは、それだった。


 自分はもともとそういう運命なのだと、ニアはもう分かっていた。だから誰も恨まなかった。恨むということを知らなかった。代わりに、アーニャへの数えきれないほどの恩を、たった一つでも返したかったから、そう言った。


「…………ニアぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 洞窟の奥で隠し戸が開く。その先へ連れて行かれたニアがどうなるのか、アーニャには分からない。ただ、そう叫ぶことしか出来なかった。


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