不老長寿
村崎愁
第1話 親心
立花舞は持病の心不全が再発し、三度目の入院をしていた。
もうこれ以上は心臓が持たず一年未満だと余命宣告も受けている。
「舞、家に帰りたくないか?」毎日見舞いに来る父の康弘は舞の手を握った。
「うん、帰りたい。帰れるの?」舞の手に少しの力が入る。
「後で先生と相談してみるから。多分大丈夫だ」いつも康弘は見舞いに来ては笑顔で接し、病室のドアが閉まった後に涙を流していた。舞はまだ二十歳だ。余りにも不憫ではないか。
「じゃあ行ってくるな」と告げ、早速担当医の元へ向かい相談した。
「立花さんの場合は、家で看取るという方法も悪くはありませんが、延命措置はできません」担当医は舞のカルテを見ながら冷たく言い放つ。
「では、退院させます」と退院日を決め再び舞の病室に行った。
「舞、家に帰れるぞ。三日後だ」
「わーやったぁ。じゃあ私もう治ったんだね」舞の笑顔に康弘はふいに泣きそうになった。余命宣告のことは伝えていない。心臓が少し弱いだけでそのうちに治るものと思い込んでいる。
その件も妻と話し合い決めた事だが、最期に好きなことをして欲しいという気持ちもあり、いつも思いが揺らぐ。
毎晩家に帰れば必死で完治する方法を調べていた。
古い文献に「マーメイドの心臓を一部摂取すれば病気は完治し、不老長寿になれる」という書物を見つける。マーメイドとは女の人魚だ。古くから伝説は聞いてはいるが、存在はしないだろう。しかし藁にも縋るという気持ちはある。
もし存在しているとしたらどこにいるのだろうか。半信半疑でマーメイドについて調べだした。以前死体が発見されたのはオーストラリアだそうだ。
「行ってみる価値はあるのか…?」余命幾ばくかの舞の傍には居たいが、本当に治るものならと真剣に思案する。
「母さん、俺ちょっとオーストラリア行ってみるわ」妻はギョッとした表情で「舞の傍から離れるなんて…何をしに行くの」調べ上げた事柄を全て説明したが、妻は納得していない。当たり前だ。しかし必死に説得し、強い意志を示す。
「そんなに思うなら行ってくればいいわ。無駄足だと思うけれど」と怒りを背中で表現した。
その頃舞は退院に向けて心を躍らせていた。あと少しで退院だ。何をしよう。友人に逢いたいし、恋もしてみたい。舞はそれまで何故か恋心というものが無かった。
見舞いに来てくれた友人の話を聞いていたら羨ましくあり、病気が治ったのなら自分もいつかそんな体験ができるかもと胸が高鳴る。まさか自分の余命が長くて一年だとは思いもしていない。
翌日康弘がいつも通りに病室に顔を出した。
「舞、父さんちょっと出張でな。明後日の退院は母さんが手続きとか荷物の整理とかしてくれるから」
「えーどこ行くのー?」舞は少々ファーザー・コンプレックスの気があり、昔から今も変わらずに康弘を頼りにし、甘えている。
「いや、大分県だよ。遠すぎて帰れなくてな」嘘をつくのは心苦しいが、仕方がない。言っても妻同様に理解はしてくれないだろう。
「お土産買ってきてね!」と舞はむくれた表情のまま言った。
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