痴漢から助けたクラスメイトの地味子、どういうわけか会うたびに可愛くなっていく
Ab
第1話 痴漢と地味子
電車の窓から差し込む朝日が春の暖かさを伝えてくる四月の半ば。
「ぐぇ……」
しかし、そんな暖かさなどどうでも良くなるくらいに人の温もりを押し付けられる朝の満員電車は、今月の初めに高校デビューと電車デビューを果たしたばかりの俺には中々キツイものがあった。
しかししかし、そんなことを愚痴ってても電車の本数が急に倍になったりはしないので、俺は毎朝、呻き声ひとつでこの世の不条理を悟った大人へと進化することにしているのである。
うん、えらい。
進化と退化を繰り返す毎日だ。
「……」
がたんごとん、がたんごとん。
こうやって意味不明な思考を巡らせている間にも電車はどんどん前へと進んでいく。
せっかく大人モードに入ったんだから、もうちょっと生産性のある話題について考えようか。
例えばそう……入学してからまだ日も浅いし、学校で役に立ちそうな、クラスメイトの面々の特徴でも思い出してみることにしよう。
えっと、まずは俺だろう?
華々しい『高校デビュー』には自己紹介で見事に失敗し、クラス全員から乾いた拍手が送られてきたどこにでもいる普通の男子高校生。失敗の理由はおそらく『趣味は読書です、よろしくお願いします』とかいう「だから何?」なセルフイントロダクションの言葉達。
灰色確定。
クラスに可愛い子何人かいたのに、全員が陽キャ男子どもに奪われて行ったし。まあ、自業自得だけど。
とはいえ決してぼっちというわけではなく、中学からの親友が一人いるので、「高校で一番長い時間を過ごした場所はトイレです」なんてことにはならないはずだ。
「……ぁ」
そして、まあ、俺から薔薇色を奪っていった陽キャ連中のことは思い出す義理もないのでスキップさせていただくとして。
一人だけ、強烈な人がいた。
言っておくがここでの過去形は別に「人」に掛かっているわけじゃなく、その前の「強烈な」が今では見る影もなくなっているという意味で。
『あ、その……趣味は特にありません。よ、よろしくお願いします……っ』
つまるところ、その人は俺以上に『高校デビュー』に大失敗していた。
性別は女。
目にかかるほど伸びた前髪、怪しく光る黒縁メガネ、滅多に喋らず猫背がデフォルト、そのせいでスタイルの良し悪しもわかりづらい、典型的な地味子。
自己紹介で唯一趣味の欄を空白にし、誰にも何の情報も与えないという強烈な無印象を残した現在進行形ぼっち。
幸か不幸かそんな地味子を揶揄いに行くような人間は誰もおらず、マジでいるのかいないのか分からない……いや、誰の気も煩わせないアルティメット孤独少女が俺のクラスに一人いる。
名前は確か……えーっと…………
「……」
おい、思い出せ。
貴重な高校生活最初のクラスメイトだぞ。
「……」
…………
………………
……………………あ。
佐藤だ。
ステルス性能の高そうな苗字に、どういうわけか普通に可愛い名前の組み合わせ。
そうだそうだ、思い出した。
……いや、どういうわけかって何だよ失礼だな。
何なら前半も普通に失礼だろ。
「……はぁ」
始まったばかりだが、もうこのテーマは終わりにしよう。
そう決めて小さくため息を吐いた俺は、学校の最寄駅に着くまでの間、体を全く動かさない不動の王となるゲームを密かに楽しむことにした。
それから数分が経ち。
「……あれ?」
一人だるまさんが転んだに熱中していた俺だったが、次の駅で人の波に揉みくちゃにされ不可能だと悟った今は体の向きを180度回転させ、なんなら隅っこ近くにまで追いやられてたりもして……
そこで、見知った人影を捉えて声が漏れた。
生え放題伸び放題の黒い髪。
目にはトレードマークの黒縁メガネ。全身を俺と同じ高校の、女子用の制服で包んだ美……とはいえない女子高生。
ついさっきまで頭の中で話題にしていた地味子こと佐藤彩音が、電車の隅に立っていた。
同じ方面だったのかとか、この人混みで単語帳開いてるのは無理があるのでは? とか、意外と真面目なんだなとか、言いたいことはたくさんあったけど……
「……っ」
175センチ越えの身長に産んでくれた母に感謝。
だってある程度の身長がなかったら、人の壁に囲まれた佐藤の姿を捉えることができなかった。
満員電車とはいえ、佐藤に背中からピッタリと密着している男の存在に気づけなかった。
────痴漢だ。
そう直感する。
人と人の隙間から、不自然に捲れ上がったスカートが見える。
これは……完全にリアルタイムで進行中だ。
男が下方に伸ばしてる手の終着点は、佐藤のスカートの中の臀部だろう。
その証拠に、俺が佐藤を見つけてからずっと、彼女は1ページも単語帳を読み進めていない。さらに言えば、おかしいくらい佐藤の背筋が伸びている。彼女のデフォルトは猫背なのに。
今すぐ助けに入らないと。
……でも、もし男がキレて襲ってきたらどうしよう。
生憎と格闘技なんて未経験だ。
いや、でも──知ったことかそんなこと。
佐藤は今、本気で怖い思いをしてるんだ。
気づいてる人が俺しかいないのなら、俺が助けに行くんだよ。
その方がきっと気弱な佐藤もありがたいだろうから。
「おはよう佐藤さん」
「……っ!?」
人混みになんとか割って入り、男の手をスカートの中から引っ張り出して、佐藤に平然と声をかける。
びくぅっ、と肩を跳ねさせた佐藤が俺の方を見る。
ああ……泣いちゃいそうな顔してる。
「ひ、日向、くん……っ!」
「お。覚えててくれたんだ。そうだよ、
言いながら、暴れる男の手を押さえつけ……
「ちっ……」
「うわ、マジで最悪」
俺の手から無理やり逃れた男は、最後に大きな舌打ちを残して別の車両へと逃げて行った。
「あぁ……っ」
「おっと」
緊張から解放された様子の佐藤が膝から崩れ落ちそうになるので支えてやると、本当に力が入らないのか俺の胸に顔を寄せてくる。
色々と声をかけてやりたいが、あんまり大声で話すのもな……。
「ちょっと貸してくれるか?」
「……?」
キョトンとした様子の佐藤から単語帳を拝借。
趣味: 読書 の実力を遺憾なく発揮して、俺は目当ての単語を見つけると、その日本語訳を指差してみせる。
『変質者?』
「……っ(こくこく)」
どうやら俺の意図を察してくれたようだ。
短く頷いた佐藤が俺から離れて壁に寄りかかる。
……ってか、やっぱりあの男は痴漢だったわけだ。
まったく、物好きというか何というか……まあ、女子高生というだけで一定以上の価値は生まれるということだろう。
……いや、さすがに失礼すぎるな。反省。
『平気そうか?』
「……(……こくり)」
それからも単語帳とジェスチャーでどうにかコミュニケーションを取っていくが、彼女の右手は俺の制服を掴んで離さない。
本人は大丈夫だと言ってくれたものの、全身の強張りが明らかに大丈夫ではなさそうで苦笑してしまう。
「安心して。今は俺がそばにいる」
「……っ、は、はいっ」
仕方がないので耳元に近づいて最小限のボリュームで呟くと、それで佐藤はぎこちなくも笑って、そっと手を離してくれた。
我ながら超カッコつけ台詞みたいで恥ずかしくなってくるが、少しでも佐藤が安心してくれたのなら儲け物だろう。
まさか学校に着くまで制服を握らせておくわけにも行かないし。
それから学校の最寄駅に着くまで、俺はずっと佐藤のそばにいた。
会話もなく、一緒に電車に乗るほど親しいわけでももちろんなかったが、まあ、移動する場所もタイミングもなかったということで。
キィィィィィ、というブレーキ音。
プシューーー、とドアが開き、人の波が一斉に溢れ出る。
「じゃあ、また学校で」
「ぁ……」
当然のことながら行き先は同じだったが、痴漢された後にもずっと男と一緒にいるのは佐藤も抵抗があるだろうと思い、俺は別れを告げて歩き出す。
ドアを出て、黄色いパネルを踏んで改札へ──
「あ、あのっ!」
「……ん?」
向かおうとしたところで、後ろからさっきぶりの声が聞こえてきて足を止める。
「どうした?」
「あ、えっと、その……」
振り返って見た彼女は、自分の大声に自分で驚いていたようだった。
もじもじと……降りた電車が発車してしまうくらいには時間が経って、ほとんど佐藤と俺だけがホームに取り残されてしまった時。
「あ、あの……ありがとう、ございました」
唇を噛み、目を大きく開いて俺を見つめた佐藤は、震えた声で緊張を体現しながらも……
「じゃ、じゃあ……また、学校で……っ!」
深く深く頭を下げてお礼を言ってくれた後、ものすごいスピードで階段を駆け下りて行った。
「……なんか忙しないな」
華奢な背中を見送った俺は小さくそう呟きつつも、ゆっくりと彼女の後を追うのだった。
「……っ!?」
「……」
そして二分後、俺と佐藤はバスで再会した。
【あとがき】
「面白かった!」
「続きが気になる!」
と感じてくださった方は、目次ページや最新話下のレビュー欄☆☆☆+の「+」ボタンから、作品を応援してくださると嬉しいです!
面白かったら★3、つまらなかったら★1と、もちろん正直な気持ちで大丈夫です!
フォロー、コメントも大大感謝です(*´꒳`*)
何卒よろしくお願いしますヽ(´▽`)/
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます