21章 俺、後輩ができる
第114話 俺、初出勤の朝を迎える
初出勤、それは社会人が一番緊張すると言って良い日……ではないだろうか。
「おはよう、英介くん」
「おはよ」
俺よりも早く起きていた音奏はエプロンを外すとドヤ顔で胸を張った。すっぴん、スウェットで前髪をちょんと結んだ可愛い彼女。ダイニングテーブルには美味しそうな朝食。
ソーセージに目玉焼き、たっぷりのケチャップ。
「お、起きたかねぼすけめ」
「シバ、おはよう。メシは?」
「音奏にもらった。英介、仕事か?」
用意しておいたスーツを眺める。前の会社にいた時のものよりもいいスーツだ。オーダーメイドで作った結構お高めのやつ。
「英介くん、先に着替えたらシャツ汚れちゃうよ。顔洗って食べたらね〜」
「なんか久々すぎて流れ忘れてるわ」
顔を洗い、着替えずに食卓に着く。そうそう、食う前に着替えるとソースやらケチャップやらがシャツに飛んで大惨事になるのだ。こんな基礎の基礎を忘れてしまうとは。
「なんか、旦那様〜って感じで嬉しいなぁ〜」
「そうか? いただきます」
手を合わせて挨拶をしてからソーセージをパリッと一口。胡椒がきいていてうまい。目玉焼きは黄身だけとろとろで、ケチャップがいい感じだ。
「でもちょっとだけ寂しいかも? 今日から平日の昼間はいないんでしょ? リモート勤務もしばらくはないって」
「あ〜、流石に仕事を覚えるまではフル出勤だけど数ヶ月で週3リモートとかできると思う。多分」
「それまで寂しいんですけど?」
「まぁ、寂しいかもしれないけどこれで少し社会的な信用がもらえるからさ。その……家とか考えてもいいかなって思って」
「じゃあ、私も花嫁修行? 的な?」
「それはまぁそうかもな」
ニヘヘと音奏が嬉しそうに笑うので俺まで嬉しくなって口元が緩んだ。その拍子米粒がポロッと口からパジャマに着地する。
「ほら〜、いわんこっちゃない」
音奏は手を伸ばして俺がこぼした米粒を摘むとぱくっと食べてしまう。まるで新妻みたいに俺たちはラブラブで、出勤するのが億劫になってしまうな。けれど、働くのは男の勤め。少なくともローンが組めるまでは続けるつもりである。
「ねぇ、英介くん。一つ約束してほしいんだけどさ」
「約束?」
「うん。相田さんはいい人だし待遇が最高だってこともわかってる。けどさ、働いてる時にもしも、もしもだよ……? 英介くんが辛いって思うこととか嫌だなって思うこととかがあったらすぐに私に教えて? 絶対に1人で抱え込んだり、我慢したりしないって約束して」
音奏は心配しているような、不安そうななんとも言えない表情で俺をみつめて小指を突き出した。
俺は、大好きな人のためならいくらだって我慢できるしあの会社でかなり根性がついたと思っている。だから、音奏がおばあちゃんになっても笑って裕福に過ごせるように必死に働くつもりだった。
でも、音奏はそうじゃないのかもしれない。
俺が彼女を思うのと同じように、彼女も俺のことを……?
「わかった。約束するよ」
俺なんかよりよっぽど彼女の方が大人なのかもしれない。俺はまた1人で無理をしようとしていたことを反省した。
彼女が幸せになるために……じゃなくて、彼女と俺が幸せになるために働くんだ。
***
「よく似合ってんじゃーん」
俺のネクタイをきゅっと閉めて、可愛い柴犬のネクタイピンを留めると音奏はパシパシと俺の両肩を叩いた。
「確かにピッタリだ」
姿見に写った俺は我ながらスマートなスーツ姿。音奏が選んだちょっと派手な青いネクタイもいい感じだ。
「さすがは、日本一の男〜!」
一緒に姿見を覗き込んで、彼女が自慢げに鏡を指差した。
「そろそろ時間だ。行ってくるよ」
「行ってらっしゃい。あ、チューする?」
「え?」
「だから、いってらっしゃいのチュー」
「帰ってきてからじゃダメか?」
「ダメ、帰ってきてからもするの」
「わかった」
音奏が背伸びして、触れるだけのキスをそっとする。まさか、俺にこんな日がくるとは。
「じゃあ、早く帰ってきてね」
「わかった、飲み会とか誘われたら連絡するわ」
「おっけい。あっ、お弁当! はいこれ。中身は秘密〜! いってらっしゃい!」
俺は幸せな見送りをしてもらって、エレベーターに乗ったのだった。
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