第112話 俺、企業ウケがいい


 キャンプでの配信を終えて、家に戻ってきた俺たちは怒涛の編集作業に追われていた。

 というのも、案件動画はいつものようにアーカイブをそのまま載せれば良いと言うわけではないのだ。

 クライアントに配慮をしてテロップでアピールポイントを強調したり、俺の場合はテロップだけでなく料理シーンのアフレコをしたり……。


「お疲れ様、コーヒーとココアどっちがいい?」


 ちょうど、目が凝ってきた頃に音奏が声をかけてくれる。なんというかこのタイミングの良さはさすが彼女といったところだろう。


「ココア飲もうかな、ありがとう」

「はいよ〜、じゃあしょっぱいお菓子だ」

「さすがわかってるな、音奏は」

「へへへ、英介くんの彼女になってもう数ヶ月だよ? わかってますよ〜」


 ゲーミングチェアから離れて、音奏の待つリビングに戻るとシバがくるっと丸くなって眠っていた。朝から編集を始めてもう夕方。気がつけば1日が過ぎている。

 社会人をやめてから曜日や時間の感覚がなくなっている。昔はあんなに規則正しく生きていたのになぁ。


「そうだ、有紗ちゃんがこの後、うちに寄るんだって。飲んだらシャワー入ってきたら?」

「高橋さんが?」

「うん、なんかグルチャにメッセージ来てたよ」

「まじか、見逃してたわ」


 コトンと置かれたココアの甘い香り、そしてお馴染みのノリ塩味のポテトチップス。甘いにしょっぱいにの最高の組み合わせだ。

「そうだ。音奏も案件くるといいな」

「えへへ、ニンニクマシマシ? 野郎系?」

「まだトレンド載ってるもんよ。最近、野郎系のラーメンはインフルエンサーとのコラボも多いし、あるんじゃないか?」

「今度また食べに行こうねぇ。目黒にある店舗に行きたいんだ!」

「だな。俺も想像してたら食べたくなったわ」

 甘くて暖かいココアを流し込み、その後にポテトチップスを頬張る。もしも野郎系ラーメンの案件がきたら俺はカメラマンに徹しよう。

 なぜなら、必死でラーメンを啜る音奏は最高に可愛いからだ。そんな彼女を見せびらかしたいという俺のちょっとした承認欲求もある。

「たくさん稼いで、家を買うか」

「まじ?」

「まじ、それにちょっと考えていることがあってさ、見通しが立ったら話すよ。ちょっとシャワー行ってくるわ」

 俺はココアを飲み干すと立ち上がってシャワーへと向かった。


***


「いや〜! すごいわ! ほんとすごいの!」


 家にやってきた高橋さんはシバを膝の上に乗せて大興奮だった。というのも、昨日の案件配信が大成功だったらしい。クライアントの商品がバカ売れ、すぐにスポンサー契約の話が舞い込んだらしい。

「へぇ、最近はすぐに効果測定ができるんですね……」

「えぇ。ネットでの予約数はすぐに反映するらしいわ。タンブラーに関してはとんでもないことになってサーバーがダウンしちゃったって」

「まじっすか」

「それでね、今朝会社に行ってびっくりよ。案件の相談メールが止まらないの。営業かける時にできるだけNG事項なしでお願いしてたの。それでもいいって。これからジャンジャンお仕事振るわよ〜! もちろん、音奏もシバちゃんもね!」

 そして高橋さんはノートPCを開くとクライアントからのメールを読み上げた。


「岡本英介様の丁寧な商品レビューがとても好評で、切り抜き動画を各店頭映像として使用したくお見積りをお送りします。また、新しい商品レビューのお願いが……」

 包丁だけでなくスキレットもタンブラーも耳栓も全てが一時ネット上で売り切れになったらしい。

「それと音奏、あなたの考えたシバちゃんデザインのタンブラーも商品化したいって」

「やったぁ!」

「やっぱり、岡本君の誠実さはすごく企業ウケがいいみたい。だから少し単価を上げようかと思って」

 単価というのは案件を受ける時の契約料金だ。今までも随分高くて1本100万〜200万だったが……。

「お任せします。明日の昼までには全てのアーカイブ編集動画お渡しできると思うんで」

「了解。じゃあ、私はこの後も営業があるから失礼するわね。シバちゃん、またねぇ」

 高橋さんはシバをぎゅっとしてからそっと床に下ろして立ち上がると足速に玄関へと向かった。どうやら、これからまた外回りに行くらしい。

 高橋さんはマネージャーのはずだが、営業さん並みに動いているようで大変ありがたい。

「じゃあ、またね有紗ちゃん」

「どうも」

 高橋さんを送り出し、玄関のドアを閉めると音奏はこちらに振り返って嬉しそうに微笑む。

「お家、早く買えちゃうかもね?」

「そう、そのことなんだけどさ。やっぱり、家を建てるからには土地、家、各家電めっちゃお金かかるだろ? その上、来年の税金を考えるとやっぱりローンを組んで家を買うべきだと思うんだよ」

「そ、そうだね? 確かに」

「けど、ここのタワマンを借りた時にすげー苦労したじゃん? 覚えてる?」

「うん、どこも貸してくれなかった」

「だからさ、俺、相田さんの話を受けてDLSに入ろうと思う。国家公務員の肩書きがあればローンもきっと組めるし、音奏たちを養っていくのに安定してお金を稼げるって思うからさ」






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る