第110話 俺、多忙になる
「よし、これで3本目……。シバ、頼むぞ」
「あいよ」
シバは広告物の新作ジャーキーを口に咥えてぱちっとウインクで一枚。次に鼻の上にジャーキーを乗せて可愛く待てのポーズで一枚。最後にもぐもぐするショート動画を……。
「よし、完璧だ」
「英介、これ食っていい?」
「いいぞ。あとは、夜の散歩でのキラキラだな」
シバの案件4本目は夜の散歩でも安心! ワンちゃんの光るキラキラチャームの動画撮影である。ちなみに、俺よりも動画一本の単価が高いのでもしかすると俺は今後シバに食わせてもらうのかもしれない……。
「英介くーん、お疲れ〜、息抜きする?」
「する……バキバキだわ」
腕を回し、肩をほぐす。ゴキゴキ、バキバキと骨がなって冷え固まった筋肉がビリリと痛んだ。あぁ、湿布とかの案件が来たらいいんだけど。
「音奏ちゃん特製のほうじ茶ラテとクッキーどうぞ〜」
キッチンの方からいい香りがすると思ったらクッキーだったとは。香ばしいほうじ茶ラテ、シンプルなバタークッキーは可愛らしい犬型で作られている。
「これも、案件ですよ〜」
「えっ、なんの案件?」
パシャパシャと何枚も撮ってから俺に「食べていいよ」と許可を出してくれる。シバがキラキラと目を輝かせているので一枚お裾分け。
シャクシャクといい音たてて食いやがる。
「カンタンクッキーキットっていう製菓会社が出す新作だよ。私の動画は『彼氏と過ごすカンタン美味しい3時のおやつ〜』って感じかな?」
よく見れば、彼女はばっちり化粧をしていた。俺の隣に座るとパシャリ、ツーショットを撮影。
「おいおい、勘弁してくれよ」
「これはみんなに見せないもん」
「え?」
「だから、こういうプライベートな英介くんは私だけの特別だから、視聴者さんには見せてあげないの。私だけの思い出〜。はい、ってことで英介くん。手と首下だけの撮影協力お願いしまーす」
「着替えてきます……」
流石に毛玉だらけのスウェットではよくないのでいそいそと綺麗めのフーディーに着替えることにした。
「シバちゃん美味しい?」
「ん、うまい。音奏のクッキー好き」
「きゃ〜、シバちゃんありがとぉ」
「お待たせ、着替えたぜ」
「じゃあ、撮影始めるね〜」
ピン、と撮影開始の通知音が鳴ってから俺はクッキーを齧った。薄めのバタークッキーは歯応えはいいのに口溶けがよくバターの香りとほのかな甘味がどこか懐かしい。音奏が淹れてくれたほろ苦くて甘いほうじ茶ラテとの相性は抜群。
「美味しいな」
「ほんと? よかったぁ〜」
「疲れは取れそうですか? 英介くん」
「取れそう、甘さ控えめなのがありがたいな」
「作ったかいがありますなぁ、けどこれめっちゃカンタンなんだよ! 混ぜるだけだし、計量カップがなくても箱の蓋が代わりにできるし」
もう一枚、クッキーを食べてみるとやっぱり懐かしくて美味しい味。日本に古くからあるメーカーだからか食べ慣れた味だ。これが家で再現できるとは……。
「うまかった。ありがとう」
「えへへ、ありがとういただきました〜!」
音奏はスマホをタップして録画を終了する。それから彼女もクッキーを一口。
「ん、うまっ。私天才⁈」
「ほうじ茶ラテも美味いぞ」
ずずーっとあったかいほうじ茶ラテを飲んで、彼女はぐでんと俺に寄りかかった。
「疲れたぁ」
「お疲れさん、そっちは今日何本目?」
「うぅ〜、朝はゲームの撮影してたから……えっと2本目? でもこの後クッキーの動画のアフレコとテロップ編集もあるしぃ。英介くんは?」
「さっきシバの案件4本目終わったとこ。っても俺はもう編集も済んでるけど……、なんか手伝おうか」
「でもでも、お疲れでしょう?」
「大丈夫、体力だけはあるんでね。夜、シバの5本目の案件やるからそれまでなら……だけどさ」
「じゃあ、テロップ入れやってもらってもいい?」
「了解」
丸一日、こんなに忙しいのは久々である。けれど、以前の仕事とは違ってやりがいもあるし楽しい。その上、時給にすればとんでもない高額なのでモチベーションも常に高く保てるのだ。
「今日はピザでも食べるか……料理も洗い物もサボりたいしな」
「チーズもりもり! 頑張れます! 英介くん、私頑張るよ!」
「まぁ無理せずやろうぜ。お、高橋さんからメールだ」
【案件リストのご共有】というなんだか恐ろしいメールの件名に戦々恐々としながら開いてみるとずらっと並べられた、俺(とシバ)にお願いしたいという案件を抱えるクライアントのリストだった。
報酬欄の横に検討用チェックボックスがあり、チェックをつけると競合がグレーアウトされる超便利なシステムになっている。
ざっとみてもリストには20近くの案件があり、大体がフォロワー数×2円〜なので俺の場合200万円以上の単価である。
「わぁ……すごいね。英介くん大人気だ、あっ。これみて、イヤホンも来てるじゃん! いいなぁ、私もがんばろっと」
さりげなく俺の頬にキスをするとほうじ茶ラテを持って部屋に戻っていく音奏。これなら後1ヶ月頑張れば外車も夢じゃないかも……。
「英介〜、オレちょっと休んでいい? 疲れた」
シバがぐでんと伏せたので俺は「すまんすまん」と彼に謝りつつ抱っこしてソファーの上へ乗せた。
「シバもありがとうな」
「英介、次のキャンプはデカイ美味いでおなじみのキングバッファローのところがいい」
「あいよ、じゃあそこで耳栓の案件とるか……」
ご機嫌に揺れる尻尾をふわふわと撫でながら、俺は次の動画の構成を練ることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます