第105話 俺、ちょっと悩む


 柔らかい肉を鉄板で焼きながら、同時並行で準備してきていたスパイスカレーを温める。ハリセンシープの肉はラム肉とよく似ているが、霜降りで非常に脂分が多い。なので焼いていると油が染み出してジュウジュウと良い音を奏でていた。

 その油の上にカットして持ってきたナスのスライスをそっとおくとふわっと爽やかな香りが広がった。


「そういえば、英介君。飯系の動画で結構案件あるんだっけ?」

 プシュッとビールを先にあけて一口飲んだ音奏がいう。

「うーん、確かにあるぜ。例えば、この商品をSNSで映り込ませてくれ〜とか調味料で使用してくれ〜とかから一緒に新商品の開発してくれってやつまで」

「へぇ〜、すごいねぇ。はい、ビール」

「あざす」

 缶ビールを受け取ってごくりと飲む。よく冷えていて、疲れた体を癒すのには最高だった。というのも、料理をする前に結構な量のハリセンシープの毛(硬化したもの)をかき集めるのに時間がかかったのだ。

「新商品の開発かぁ〜、あとレシピ本とか? いいなぁいいなぁ」

「音奏もゲーム方で結構頑張れそうなんだろ?」

「うん、まぁねぇ。けど、英介君の方が羨ましいかも?」

「隣の芝生は青く見えるだけだって。よし、できたぞ〜。音奏インサートよろしく」

「了解っ」


 炊き立ての雑穀米に温めたスパイスカレー、その上にはナスやじゃがいも、にんじんのスライスをカリカリに焼いた彩良い野菜と、霜降り骨つきのラム肉がどんと乗っかっている。

「ハリセンシープの野菜スパイスカレー! 的な」

 インサートとSNS用の写真を撮って、味付けなしのラム肉をシバの皿に乗っけた。ちなみに、俺たちが食い終わった後残った骨も彼のものである。

「今回は、霜降り肉でコッテリしてるからチーズはなしだな」

「え〜」

 こってり大好きな彼女はブーイングをしたものの、チーズまで行くとマジでギトギトになるので我慢してもらおう。

 一応俺も音奏も実写で動画を撮るのでぷくぷく太るわけにはいかないのだ。

「いただきまーす」

「いただきます」


 家で仕込んできたスパイスカレーはもちろんのこと、焼きたてのラム肉は臭みも少なくとろって口の中でとろけスパイシーなカレーとの相性も抜群だ。そんな肉の油で揚げ焼きにした野菜スライスは旨味をうまく吸い込み、カリカリとした食感が飽きさせない。

 雑穀米にしたことでご飯感が出過ぎず、酒にもよく合う。我ながら最高ではないかと思う。


「英介くんのレシピ集でたら買っちゃうよ、これ超美味しいし!」

「おいおい、けどL5のダンジョン入って、特殊な倒し方しないと手に入らない肉だぞ。しかも、日持ちもしないし?」

「あ〜たしかに。英介くんが強すぎて忘れがちだけど……ここL級のダンジョンだったんだ」

 俺は食い終わった肉の骨をシバに渡すとビールをぐっと流し込んだ。追加で持ってきたピリ辛チョリソーを鉄板に乗せ、ビールも2本目を開ける。


「けど、案件でずっと一生食っていけるわけじゃないからな。最近は少し悩むこともある」

「なんで?」

「いや、普通に一生たべていくためにはたくさんお金が必要だろ? その上たくさん稼げば稼ぐほど税金もかかるし生活レベルも落とすのが難しくなるだろ?」

「えーん、難しい話しないでよ〜」

「だからさ、俺たちの人気がずっと続くものかどうかってことだよ」

「確かに、そういわれるとそうだよね」

 焼き上がったチョリソーを1本彼女に渡して、自分もかぶりつく。パリッとした皮からジューシーな肉汁が溢れ出して口の中を火傷しそうになる。それを誤魔化すように冷たいビールで流し込む。

「まぁ、だから男にはいろいろあるわけよ」

「冒険者として色々売るのは? 英介くんなら余裕っしょ!」

 いつでも楽観的で前向きな音奏といると自分も明るくなれるな。と安心する。けれど、彼女の笑顔を守っていくためにはやっぱり俺が頑張って稼いで、安定させること。

「まぁ冒険者としてやっていくのも考えたけども、老いが怖いよな」

「老い?」

「そう、だからずーっと現場で採取とか狩りをし続けるのはリスクがあるってこと。あとは怪我とか病気した時に無収入になるし」

 ちなみに、怪我はしないかもしれないが前回盲腸になった時に割と死ぬかと思ったので俺も生活習慣病なんかには気をつけなくては。

「そっかぁ……」

「最近さ、相田さんから話が来てて悩んでんだよね」

「相田さんって日本冒険者協会の?」

「そうそう、あのおっさん」

「え? L級のダンジョン動画は協力してるよね? 話って?」


「あ〜DLSに入らないかって。国家公務員で特別に副業ありの許可付き。現役時代はDLSの前線でダンジョンの調査任務を行って、身体的に不安になってきたり後輩が育ってきたら育成や事務方に移ってもいいってさ」


 そう、実は俺。

 国家公務員にならないか、と誘いを受けていたのだ。

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