第79話 俺、許す
「大丈夫?」
「あ〜、向き合えるかどうかってのはアイツ次第だな」
音奏と俺は書斎の扉に注意しつつ、夕食の準備をする。今日は煮込みハンバーグに炊飯器エビピラフ。それから冷凍のフライドポテトとコールスローサラダだ。
なんともまぁ、若い男の子が好きそうなメニューだ。
「こねるの任せてもいいか?」
「うん、じゃあ英介くんはポテト担当ね」
「跳ねて危ないからな」
「よくわかってるね〜」
なんて、イチャイチャしつつ料理をしながら蓮が出てくるのを待つ。念の為、書斎の中には自殺できるようなものは置いてなかったし……多分、あの素直さならきっと大丈夫だ。
「ってか、放火はあいつじゃなかったらしい」
「え? じゃあ、誰が……」
「わかんねぇ。犯人見つかったと思ったんだが……夢のマイホームはまだ先になりそうだなぁ」
「え〜、ショックかも〜」
「ま、放火犯も探すあてはちょっとつけているというか」
音奏がちょっと悪い顔をする。
「なになに〜? お代官様?」
「それやめろ、俺悪者みたいじゃねぇか」
「へへへ、真面目に料理しま〜す」
***
ちょうど料理が出来上がる頃、書斎の扉が開いて川崎蓮が姿を現した。がっくりと肩を下げ、真っ赤に泣き腫らした目でかなり落ち込んでいるようだった。それもそうだ、自分の親父の本当の姿と向き合い蓮は怒りの矛先を完全に失ったのだから。
(まるで怒られた大型犬みたいだな……)
「あの、岡本……さん」
「ん?」
カウンターキッチンの前に来ると彼はドンと結構大きな音を立てて膝を突き土下座の格好になる。
「お、おい」
「すみませんでした……」
うわ〜……ここまでさせるつもりはなかったんだが。なんか若い子のこれはちょっと胸糞悪い。ケントとかだったら踏みつけてもいいけど……。
「もういいから、ほら座れ」
俺は慌てて蓮を立ち上がらせるとダイニングテーブルに連れて行く。椅子に座らせてこっちを向かせる。
「その謝罪は、俺を刺したことにだよな?」
「それもそうっすけど……その親父がしてたこと」
「親父のことはお前に関係ないだろ」
ぐっと拳を握りしめた彼は血が出るほど唇を噛んでから、少しずつ話してくれた。彼が幼い頃「PCヲタク」だと虐められて引きこもっていたこと。その時に武藤がいじめするのは格好悪いことだと教えてくれたこと。武藤はヲタクである彼を誉めつつも強くなるために体を鍛えて高校生からは学校に通えるようになったこと。彼を否定せず正しい道に導いてくれた武藤は彼にとって正義のヒーローのような存在だったこと。
そんな武藤が突然編集されたような動画で告発され、ネットで特定が進んで有る事無い事が流布され蓮をふくめて嫌がらせをうけたこと、学校も退学になったこと。それから俺がどんどん有名になっていって恨みを募らせていったこと……。
「けど……親父は俺を虐めてた奴らなんかよりひどくて幼稚なことアンタにずっとしてた……だから俺、そのただずっとアンタがきっとうらやましてくそれでもうよくわかんなくて……」
「もういい、ほら飯食うぞ」
「えっ?」
突然のことに戸惑う彼の前にどーんと料理を並べていく。きのこたっぷりデミグラスソースで煮込んだデカめのハンバーグ、ほかほかポテトにコールスローサラダ。スープはインスタントのコーンスープ。ピラフはちょっとおしゃれに盛り付けてある。
「でも俺……」
「モザイクをしたとはいえ、動画をネットに流す選択肢を取ったのは俺だ。関係ない家族まで巻き込むことに配慮がなかったのも俺だ。すまなかった」
社畜ぶりに頭を下げた。パフォーマンスでも何でもない、俺自身が彼を見て本気でそう思ったから……。
「なんで、アンタが謝るんだよ。なんで……なんで」
ぶわっと溢れた出したように蓮が泣き出すもんでこっちまでなんかもらい泣きしそうになる。クソ野郎……なんの責任も取らずに死にやがって……。
「ほら〜、冷めちゃうわよ? 食べよ」
音奏が見かねて俺らにティッシュを握らせ優しく声をかけてくれた。
「ほら、食おうぜ」
「は、はいっ。でもなんでご飯……」
「あ〜、お前は何気に貴重な人材だからな〜」
「え?」
「俺を刺した贖罪として、お前には社畜を体験してもらおうと思って」
蓮が目を丸くしたので彼が何か言う前に俺が畳み掛ける。
「住み込み手取り14万、休みは不定期? んで多分サービス残業300時間とか……らしい」
スマホを見ながら条件を読み上げる。
送り主は
「まぁ、探偵見習いってところなんだけど。前歴付きの住所不定無職、中卒坊主にはちょうどいいだろうと思ってな。
「あ、ありがとうございます! 俺、もう一度人生やりなおします! いただきます!」
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