第78話 俺、事実を見せる
「英介くんっ!」
ドアを開けた瞬間、飛びついてきたのは音奏だった。すっかり卵は買い忘れたし、警察署で色々聞かれていたので遅くなってしまった。
「大丈夫なの?」
「大丈夫。ただ、ちょっとな」
心配そうな彼女にスマホを財布を渡して手を洗面所に向かう。シバの方は俺が無事なのを確認すると眠かったのか自室に戻っていった。
「お風呂入る? ちょうど入れといたけど」
「入ろうかなぁ……あんまジョギングしてないけど」
「はいろっか」
軽く体を流してから湯船に浸かると、音奏も同じように湯船に入ってくる。2人で並んで足を伸ばしても余裕なほどでかいので十分にリラックスできた。
「何か、あったの? また、私のストーカー?」
「ううん、違う」
「じゃあ、お金目当てとか?」
「違う……。アイツの、武藤の息子だった」
というと彼女は全てを察したのか、黙ってそっと俺の肩に頭を乗せた。完全に逆恨みであるが、俺も俺でネットに流す必要のない動画を流したわけだし、何よりあの時点では家族に非はなかったんだし。
まあ、刺されたのでその辺はチャラにしてやるけど。
「犯人、捕まったんでしょ?」
「捕まったっていうか、俺が捕まえた……上に何度かゲンコツした」
正当防衛である。
「英介くんのゲンコツいたそ〜!」
「たんこぶできるだろうなぁ……けどさ、ちょっとあいつとはちゃんと話さないとダメかな〜って思ってさ。悩んでた」
「話すって? 何を?」
「あいつが俺を刺したのってさ、逆恨みだろ? このまんま何も解決せずに刑務所送りにしたら……何の意味もない気がして」
あの目……。まだ子供の彼には全ての事実を話さないまま結果だけが彼を追い詰めたんだろう。武藤が家族に嘘をついてたのかもしれんが……。
「でも、英介くんが気にする必要なくない?」
「ないけど、本当なら怒りの矛先になるはずの武藤が死んで、何にも悪いことしてなかったのに地獄に突き落とされた少年みて……あいつの家族だからってざまぁみろって言えるほど俺は鬼じゃないよ。まぁ、刺されたんですけど」
彼女が俺と向き合うように俺の上に乗っかると首に腕を回して、近距離でじっと見つめてくる。ふざけているときとは違って真剣な顔、シチュエーションは死ぬほどえっちだが、真剣な顔……。
「何か考えがあるの?」
「まぁ、あるっちゃあるよ」
「英介くんが危ない目に遭わないならいいけど……心配させないでね?」
「俺は心配するほど弱いですかね?」
「あ〜、またそうやって〜!」
ばしゃばしゃと顔にお湯をかけられ、ぎゅっと目を瞑る。ちょっと癪なので音奏のほっぺをつねってやる。ふにふにで柔らかい、ちょっと伸びる。
「ふばっ」
「ちょっと、いいところ見せちゃおうかな〜? なんて思ったりして」
***
留置場に足を運んだ俺は困惑した表情の青年に手を振った。
「お前……」
「岡本さん、だろ?」
俺は軽くこぶしを見せると青年・
「お、岡本……さん。アンタ、何のつもりだよ。被害届も取り下げて俺の保釈金、払ったって」
「別に、警察の厄介にしたところでお前にお仕置きできないと思ってな。初犯の傷害未遂、高校中退で父親を自殺で失い母親には新しい男ができて捨てられた可哀想な青年なんか執行猶予ついて終わりだろうし。お前、住所不定無職だろ? そんなやつから金も絞れないし」
「また刺すぞ」
「お前、俺のこと殺せないってわかってるだろ。さ、乗った乗った」
無理やり彼を助手席に押し込んでエンジンをかける。不服そうだったが、彼はシートベルトを締めた。素直か。
「俺がお前の親父殺したって?」
「そうだろうが。金のために動画に変な編集して文夏に流したんだろ……俺の親父はそんなことする人間じゃない!」
「なんで俺だと思ったんだ?」
「あの動画の靴や鞄が、お前の前の家の動画に映ってたろ。そんで、足立区ってところとあとは……その」
「なんだよ」
「親父のノートPCハッキングして、会社員名簿から照合して……あぁもう! わかってるよ犯罪だろ!」
「だな」
「でも、親父の無罪を晴らすために俺は……俺は……」
やっぱり。
武藤はあの動画が流れた後、そんなふうに家族に説明してそれでもネット中からの誹謗中傷に耐えられなくなって離婚、その後の裁判については蓮は知らずに進んだ。
事実かどうかわからないまま彼の中で別の事実が出来上がり、俺が完全なヒールになったわけだ。
「んなことだろうと思ったよ。だから、お前を迎えにきたんだ」
「はぁ? 謝ったって遅いぞ」
「違う、あれは編集された動画じゃない。今から俺の家に行って編集前の動画とアイツのパワハラのすべての証拠を見せてやるよ。そんで……」
「なんだよ……」
「もう一発、殴らせろ」
「ひぃっ」
「ちなみに、俺はL級のドラゴンに噛まれても死なないから覚悟しろよ〜」
マンションの駐車場に着く頃には俺の武勇伝を聞かされて完全に意気消沈した蓮は従順な犬と化していた。なんというか、素直なところはこう、まだ子供なんだな。
「ついたぞ〜」
「もう煮るなり焼くなり好きにしてください」
コンシェルジュに挨拶をしてエレベーターに乗り、部屋に着くとそのまま彼を編集部屋と化している書斎の方へと連れていった。シバと音奏も心配そうに見ていたが、これは俺の問題なので一旦は黙ってもらっておくことにしている。
「すげぇ……最新スペックじゃん」
「お前のせいで燃えたからな」
「燃えた? は? なんで俺のせいなわけ?」
「お前だろ? 放火も」
「違うけど……あの火事放火だったのかよ?」
「あぁ。お前じゃないの?」
「放火してお前殺しても親父の恨み晴らせないじゃん。やっぱ自分でやらねぇと。って俺、1週間前まで関西にいたし。濡れ衣やめろ」
「おい、偉そうな口聞くなよ。これ、見とけ」
高いゲーミングチェアに座らせて、それから俺は「証拠」ファイルを開いた。編集前の動画は数時間。それが数本あり、そのほかにも写真やメールのスクリーンショット、音声。
「じゃ、聞き終わったら出てこいよ」
ぽふっとヘッドフォンを被せて、俺は部屋を出ようとする。
「なぁ、なんでこんなにしてくれるんだよ」
震えている声に俺はちょっとだけ心が痛くなる。けど、刺されてるしなぁ。
「俺もさ、最近やっと自分の親父に死に向きあったんだよ。お前は良くないことをしたけど……でも真実を知ってほしいと思ってる。多分、刑務所よりもお前がこれから知る真実の方が辛いってそう思うぜ」
「そうかよ……」
俺はそっと扉を閉めた。
ってか、じゃあ放火犯は誰だ……?
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