第72話 俺、高橋さんに会いに行く



「ありさちゃーん!」


「お久しぶりっす」


 高橋さんは退院をしたばかりだそうで、集合場所は足立区のファミレスだった。スウェットでもナース服でもない彼女はすごく新鮮でなんか別人と話しているみたいだ。



「お久しぶり〜」


 元気そうで何よりです。なんて世間話をしつつ、運ばれてきたコーヒーに口をつけた。


「そういえば、怪我の方は?」


「大丈夫。火傷のあとがちょっと残ったけど気にならない程度よ」


 彼女はちらっと腕を見せてくれたが、火傷痕が痛々しかった。


「有紗ちゃん、今どこに住んでるの?」


 音奏はそっと高橋さんの袖を直すと、火傷から話を逸らしたかったのか別の話題を振ってくれた。


「今はね、シェアハウスに住んでるの。友達が住んでてね〜、ほら酔うと外で寝ちゃうからシェアハウスなら安心かな〜って」


 それはその通りだな。高橋さんの酒癖の悪さはなかなかだもんよ。女の子で外で寝るのは本当に危険だし……。まぁ、A級のタンク+怖い看護師なんで襲ったが最後、精神的にも肉体的にも死ぬまで痛ぶられるんだろうけども。


「そうなんすね。お仕事はまだお休みです?」


 高橋さんはちょっと俯いてそれから小さく息を吐いた。何か、含みのある感じで「あのね」と話を始める。


「あのね……、実はあの病院やめたんだ」


「そうなんですね」


「有紗ちゃん、どうしたの?」


 音奏も心配そうに聞くが、高橋さんはいたって冷静でかつもうスッキリしたような表情だった。


「実はさ〜、体を起こせるくらい回復した頃にね。ERの部署の人たちが『事務作業ならできるだろうから勤務してくれ』って言ってきてさ。流石に堪忍袋の緒が切れちゃったっていうか」


 それはひどい……。

 確かに、高橋さんが入院していたのはたまたま彼女が務めている病院だったが……ブラックにも程があるだろうが。怪我をして、しかも入院が必要な状態なのにそんな……。


「それはやめて正解っすね」


「うん。実はね、ずっと心の中ではわかってたんだよね。あの病院がブラックで私はとんでもなく低い価値で見積もられてるんだって。けどさ、環境を変えるのってこの年になると怖いんだよねぇ」


 俺は激しく共感したが、音奏の方はぽかーんとしていた。そりゃそうだ。まだ20歳の彼女にはわかるまい。10年早い。


「わかります。俺もついこの前までそうでしたから」


「けど、怪我して家も無くなって……なんか岡本くんがどんどん変わっていくの見てたら私にもできるんじゃないかな〜なんて思っちゃったりして」


 高橋さんは運ばれてきたチョコケーキを頬張ると柔らかく微笑んだ。なんというか、彼女が自分自身を「仲間を失った」という楔から解き放ったようにも見えた。


「しばらくゆっくりするの? 飲みいこーよ! ってか、ウチおいでよ!」


「え〜、例の<愛の巣>? でもシバちゃんにも会いたいし行っちゃおうかなぁ〜?  しばらくはおやすみしてゆっくりするんだ。貯金もあるし、看護師はひくて数多だしね」


 確かに、あのERで長く働いていたならどこでも働けそうだ。


「是非、きてくださいよ。また三人で飲みましょう、俺おつまみ作るんで」


「よっしゃ! じゃ〜決まりね。私はいつでも大丈夫から召喚して? あっ、でもあんまりイチャイチャしないでよ〜? 私も寂しくなっちゃうし」


「有紗ちゃんはいい人いないの?」


「それがからっきし。仕事一筋だったからさ〜」


 なんか女同士たのしそうだなぁ。でも、なんだか俺にも日常が戻ってきた気がしてちょっと安心する。何よりも高橋さんが無事で、その上環境まで良くなってよかったなぁ。シバも喜ぶぞ。


「そうそう、英介くん。今度有紗ちゃんと一緒にまたキャンプ行こうよ。有紗ちゃん仕事お休みならいいでしょ?」


「いいな、それ。行きましょう」


「まじ? またビキニアーマーでバチバチに目立っちゃおうかなぁ〜?」


 ありがたや……実は高橋さんは結構うちのチャンネルでもファンが多いのだ。それもそのはず、この世の中には「たわわ派」の男は多い。そして、高橋さんのこのなんともいえないSっぽい感じは、ある一定層の男子には人気なのである。


「もう高橋さんも配信者やったらいいのに」


「え〜、岡本くんったらも〜上手なんだから〜」


「ははは、割とマジっすよ」


「え〜、じゃあしっかりお二人のチャンネルに貢献するのでいい男紹介してくださ〜い! 気分もいいし、ファミレスだけどビール言っちゃう?」


 悪戯に笑って見せた高橋さんに乗っかったのは音奏だった。


「英介くん、ドライブじゃんけんだよ!」


「はいはい、じゃんけん……ぽんっ!」


 まぁ、俺はしっかりと負けて女子2人のお酒にソフドリで付き合うことになったのだった。

 

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