第69話 俺、やっぱり余裕でシバく



「みなさん、白狼を発見しました! 俺に変身しているようです!」


 とわざとらしく言いつつコメント欄を確認すると


<岡本くんが2人>

<え? なんか偽物やぼったくない?>

<これは初期の岡本>

<童貞だな>

<白狼は童貞>

<岡本くんもまだ童貞だもん☆>

<岡本くんは魔法使い>


 オマエら〜! 言い過ぎだぞ。

 でも、配信越しでも見えているということは幻覚ではない。つまりここにいない人たちや機械にも認識できていると言うことはやつの姿が物理的に変わっているということだ。俺の脳に作用しているわけじゃない。



「無駄なんだよっ!」


 俺は、偽物の俺の額に向かって通常矢を放った。矢が通った後ぽっかりと額に穴を開けてすっ飛んだ。

 しかし、それは死んだ瞬間にただのゾンビ熊に姿を変えていた。


 なるほど。じゃあ、ほとんど俺の仮説通り白狼の進化系モンスターの能力は「自分自身、または対象物を変身させる」だな。


「シバはもっと強いぞ!」


 次に俺が倒したのはちょっと可愛すぎるシバに変身した大角猪だった。こうなると、早く本体を探さないと。


「えい……すけ」


 今度は俺の母親。だが……ん? なんかちょっとした違和感を感じて俺は考える。目の前にいる母ちゃんはちょっと若い。多分、俺が大学入ったくらいの感じだ。

 というかそもそも、なんでダンジョンの中にいる白狼が俺の母親やシバを知っている?



「まさか、俺の記憶に」


「ご名答」


 澄んだ男の声がして俺が振り返ると、そこには倒したはずの「冴えない俺」がいた。よく見ればまだ社畜していた頃だ。


「答えに辿り着き、勇敢にも1人でやってきた岡本青年に教えてあげようと思ってね」


「そうかよ、ありがとさん」


「冒険者たちの記憶に入り込み、変身させ相討ちをさせる。そうして死肉を食らうのが我の……生き方だというのにお前と言うやつは」


「なるほど、通りで母ちゃんは若いしシバは可愛すぎるし俺の記憶ってこんなに曖昧だったんだな。ついでに記憶を覗けるから言葉も話せる……と。発動条件は……触れることだろう?」


「ご名答。記憶は読めても触れなければ変身させることはできない」


「随分素直にはなしてくれるんだなぁ?」


 偽物の俺はニヤリと笑った。

 ところで、自尊心の低い俺はいまだに社畜時代の冴えない俺を俺と認識しているらしい。客観的にみると……よくもまぁこんなんで営業に行っていたなぁ。


「ククク、岡本青年。我と手を組もう。ここのところ、冒険者たちがここへ訪れず腹を空かせているんだ。お前はここに冒険者を連れて来れば良い。そうすれば……良い夢を見させてやるぞ」


 パチンと偽物の俺が指を鳴らすと周りにいたモンスターたちがありとあらゆる女に姿を変えた。

 音奏、高橋さんにナースのお姉さん、白鳥環奈にテレビや雑誌でよくみる女芸能人、それからセクシーDVDのお気に入りのあの子……。


「いや、俺彼女いるんで」


 パチン、また指を鳴らす偽物の俺。

 すると女どもは全員音奏の姿になった。大量のギャル。圧巻……!


「なぁ? 我の能力でまさに酒池肉林。良い契約だろう? 我に獲物を寄越せば我はお前に快楽を与える。岡本青年よ……さぁその手——」


 俺の偽物の額に、胸に、腹に風穴が開いた。多分、騙し討ち専門で戦闘力の低いヤツには見えなかっただろう。一瞬のうちに俺が矢を放ったので、まだ生きているつもりでぱくぱくと口を動かしている。


「くっ……なぜ」


 偽物の俺がどんどん狼の姿に戻りながらドシンと倒れた。


「獣クセェ女になんか興味ねぇわ」


 俺は風間装備店マークのついた小瓶を取り出すと鼻をつまんで一気にぶちまけた。すると女たちはみるみるうちに発狂し、獣の叫び声を上げる。


「風間装備店特製の対獣用唐辛子エキス」


 そんな雑な宣伝をしていたら白狼の進化系は力尽き、周りのモンスターたちも元の姿に戻ってしまっていた。唐辛子エキスに耐えられず皆逃げ出していく。


 偽物の俺だった白狼の進化系はとにかく大きな狼だった。俺はその死骸をしっかり録画に残す。しばらくすれば獣たちがきて食ってしまうだろうし。いや、派遣隊がくるのだろうか?


 ま、どっちでもいいか。


「みなさん、ということでL10の白狼ダンジョンをクリアしました! 記憶を読んで変身させる能力……やばかったですね! 次回はシバと音奏をつれてキャンプ配信です! お楽しみに〜!」


 配信をしっかりと切ったのを確認して、俺はさっさとダンジョンを出ることにした。


 さっき倒したアイツは親父を殺した個体ではないけど……でも俺の心は少しだけスッキリしていた。親父ができなかったことを……親父が越えられなかった壁を越えてこれでやっと冒険者を続けていく決意がついた気がする。

 まぁ、当時の親父に家族や子供がいて守るものがあって……と全然今の俺じゃ足元にも及ばないけど。



 


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