第59話 俺、タワマンに引っ越す



「またワンちゃんに会える?」

「またワンちゃんに会える?』


 双子のシンクロとはよく言ったもので本当によくハモる。リナちゃんとルナちゃんは寂しそうにもう一度シバを抱っこした。シバはクーンクーンと鼻を鳴らしている。


「あぁ、またシバと遊んでくれると嬉しいな。雪平さん、ありがとうございました。それから案件もなんとか納品できたようで」


「クライアントも納得の出来だったからまたすぐに案件を回すよ。こっちも娘たちの面倒を見てくれてありがとう。じゃあまた事務所でね」


 雪平さんと双子に別れを告げて、俺と音奏はシバを車に乗っけた。これからタワマンに引っ越すってのにこんな安そうな車でちょっとだけ恥ずかしい。



「で、音奏さん?」


「なぁに?」


「なぁにって俺よりもなんで音奏の方が大荷物なんですかね???」


「決まってるじゃん! 同棲するまでだよ」


「はい?」


「やっぱり一緒にいたいし。前のアパートみたいに出入りするのにも時間かかるし? ね? いいでしょ」


 といいつつ俺も不動産屋に「恋人が出入りするのでその旨も伝えてほしい」と言ったっけ。その辺「金を払えば自由にしていい」とのことだったが、念の為後で音奏のことを話しておこう。


「まさか、あのマンション引き払ったのか?」


「うん、家具家電も全部! 岡本くんがうだうだするから押しかけ女房しちゃうもんね〜!」


 ここのところ忘れていたが、この女……結構押しが強いギャルだった。そうだった。親に挨拶してからなんて俺の言い分を「恋人」という立場の彼女が聞くはずがないだろう。俺としたことが……。


「あぁ、まぁ勢いも大事だよな!」



***



「ここがオレの部屋?!」


 と目を輝かせたのはシバだった。俺と音奏2人で住んだとしても部屋が余る……。というか寝室が一緒だから余る。


「そう。ここがシバの部屋だぞ」


 冷暖房完備の10畳の部屋。シバのベッドやお気に入りのおもちゃ、それから暇つぶしのおやつまでしっかり揃えた。ちなみにシバが自分でも開けられるように彼の部屋は引き戸タイプの部屋にしてある。流石に賃貸だからドッグドアはつけられないしな。


「おぉ〜、英介。オレずっとここがいい!」


「まぁ、考えておくよ」


「ちぇっ〜」


 お犬様にお詫びをして、俺は部屋の中を見回した。配信者になってから半年もたってないのに……

 本当にいろんなことがあったなぁ。

 一時的とはいえ、こんなにいい場所に住めるなんて。パワハラで鬱々としていた日々が嘘のようだ。


「ねぇねぇ〜、家賃私はいくら払えばいい? 半分?」


「え……?」


「だって、同棲するんだし。半々っしょ? こういうのはフツー」


「まぁ、そうだけど俺の都合で引っ越したんだし?」


「私の都合で勝手に押しかけたんだし?」


 音奏がここぞとばかりに抱きついてくる。


「ちょ……まだカーテンつけてないから」


「50階だよ? 見えっこないよ……」


 抵抗せずに数秒だけ受け入れて、そっと離す。


「さ、片づけしますよ。音奏さん」


「え〜、もうちょっといいじゃん」


「夜になってあれがないこれがないになるぞ」


「ベッドはあるもん」


「わがまま言わずにやるぞ〜」


「で、家賃は?」


「一旦、俺が払うよ。その後のことは相談する。ほら、もっといい場所が見つかったり、その……」


 一軒家を建てたいだなんてここで言ったら流石にキモいかな? 重い男だと思われるだろうか?


「一軒家とかも視野に入れようかなって」


 言ってしまった。ついつい言ってしまった。


「一軒家……めっちゃいいじゃんっ! ねぇ、一緒に頑張ろうよ。お金貯めて〜、結婚に向けて? ふふふ、私の衣装部屋とかちょーかわいい化粧室とか! やったね〜!」


 すごく軽いトーンで彼女は俺を受け入れてケラケラと笑って見せた。そうだそうだ、音奏は最初っからこういうやつだったな。


「さ、片づけするぞ〜」


「は〜い」







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